第六回数学の演奏会in広島に参加してきた250118
インターネットラジオ配信「生命ラジオ」で、毎週お話を聞いている独立研究者 森田真生さんの「数学の演奏会」がコロナ禍を経て、広島で久々に開催されるということで参加してきました。
森田さんのお話は、毎週聴いているので、当然ダブる話も多いのですけど、違った視点からの話になったり、あらためて整理できるし、何より、直接聴くのはやはり違ったものがあります。
最後のほうで印象に残ったことを1つだけ書くと、例えばおいしい料理というとき、本当は普通の食事にも無限のおいしさがあるけどもなかなか気づけない。それで、高い料理とか有名な料理人が作った料理とかお金でおいしさを追求しようとするけど、それは有限のものを積み重ねるだけなので無限に至ることがなかなか難しい。道元の精進料理は、手順を細かく決めることによって結果としてよく観察することになり、そうすることによってよくわからない領域が広がると同時に、無限のおいしさに気づきやすくなるという面があるのではないかといった意味の内容。
現在はいろいろな器具や科学的な事実を知ることによって自分の感覚を拡張したりするけど、昔は昔で、アナログな方法で感覚を研ぎ澄ます方法を編み出していたのかなと思ったり。

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森田さんのお話は、毎週聴いているので、当然ダブる話も多いのですけど、違った視点からの話になったり、あらためて整理できるし、何より、直接聴くのはやはり違ったものがあります。
最後のほうで印象に残ったことを1つだけ書くと、例えばおいしい料理というとき、本当は普通の食事にも無限のおいしさがあるけどもなかなか気づけない。それで、高い料理とか有名な料理人が作った料理とかお金でおいしさを追求しようとするけど、それは有限のものを積み重ねるだけなので無限に至ることがなかなか難しい。道元の精進料理は、手順を細かく決めることによって結果としてよく観察することになり、そうすることによってよくわからない領域が広がると同時に、無限のおいしさに気づきやすくなるという面があるのではないかといった意味の内容。
現在はいろいろな器具や科学的な事実を知ることによって自分の感覚を拡張したりするけど、昔は昔で、アナログな方法で感覚を研ぎ澄ます方法を編み出していたのかなと思ったり。
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