焚き火の遊び場がお互いに依存しあっていることを実感できる場にしていきたい
毎年、冬季の4か月ほど月1回ペースで知り合いの山を借りて、地元の小学生をメインに声をかけて行っている焚き火遊びに関して、ちょっと大げさかもしれない話を(しかも当然ながら、そういうことばかり考えているわけではありません)。
その場は主に、焚き火で焼き芋(+月によって竹で作る炊き込みご飯など)をする以外は、参加者の自由に任せています。かつては、活動に関しても、竹とんぼづくりとか決めてた時もあるのですが、多少危険なことも含めて、自分たちで思い思いの時間を過ごすことが大切だと思って、場を提供することに重きを置くようにしています。
そんな中、面白いなあと思う気づきがあります。おやつも特には制限していないので、いろいろ持ってきています。で、子どもたちがおやつを食べているとき、「おじさんにもちょうだい」とおねだりを時々します。すると、子どもによって、一瞬躊躇したりと微妙に反応がちがうものの、たいがいは快く分けてくれます。そして、「ありがとう」といって受け取って食べると、ちょっと、うれしそうなのです。
大人が、子どもにおねだりするなんて、と思う人もいるかもしれません。実は多くの子どももそう思っているような気もします。大人が子どもにものをあげたり世話をしてあげるものなのだと。でも、案外ちょっとしたことは、誰であれお互いにしたりされたりするのは、楽しいものだと思うのです。
実際、山で遊んでいるとき、ちょっとした道具が手元にないとき、「誰かペンチどっかにもっていっている?」とか「誰かペンチ持ってない?」と大きめの声で聞くようにしていて、誰かが反応してくれて何とかなることが結構あります。
よく子どもが、「ノコギリ貸して?」とか大人の私に聞いてくるのですが、誰かが持ってい行って道具箱にないことのほうが多いので、「近くにいる子に聞いてみて」と言うようにいています。
焚き火の遊び場が、誰かが一手に請け負って何とかするのではなく、お互いに助け合って何とかなる、という体験をする場になって、それが、日常の場でもある程度普通になるといいなと思ったりしているのです。

にほんブログ村

にほんブログ村
その場は主に、焚き火で焼き芋(+月によって竹で作る炊き込みご飯など)をする以外は、参加者の自由に任せています。かつては、活動に関しても、竹とんぼづくりとか決めてた時もあるのですが、多少危険なことも含めて、自分たちで思い思いの時間を過ごすことが大切だと思って、場を提供することに重きを置くようにしています。
そんな中、面白いなあと思う気づきがあります。おやつも特には制限していないので、いろいろ持ってきています。で、子どもたちがおやつを食べているとき、「おじさんにもちょうだい」とおねだりを時々します。すると、子どもによって、一瞬躊躇したりと微妙に反応がちがうものの、たいがいは快く分けてくれます。そして、「ありがとう」といって受け取って食べると、ちょっと、うれしそうなのです。
大人が、子どもにおねだりするなんて、と思う人もいるかもしれません。実は多くの子どももそう思っているような気もします。大人が子どもにものをあげたり世話をしてあげるものなのだと。でも、案外ちょっとしたことは、誰であれお互いにしたりされたりするのは、楽しいものだと思うのです。
実際、山で遊んでいるとき、ちょっとした道具が手元にないとき、「誰かペンチどっかにもっていっている?」とか「誰かペンチ持ってない?」と大きめの声で聞くようにしていて、誰かが反応してくれて何とかなることが結構あります。
よく子どもが、「ノコギリ貸して?」とか大人の私に聞いてくるのですが、誰かが持ってい行って道具箱にないことのほうが多いので、「近くにいる子に聞いてみて」と言うようにいています。
焚き火の遊び場が、誰かが一手に請け負って何とかするのではなく、お互いに助け合って何とかなる、という体験をする場になって、それが、日常の場でもある程度普通になるといいなと思ったりしているのです。
にほんブログ村
にほんブログ村







