『なぜ私は私であるのか 神経科学が解き明かした意識の謎』
『なぜ私は私であるのか 神経科学が解き明かした意識の謎』
(アニル・セス著、2022年(原著は2021年)、青土社)
意識について探求し続けている神経科学者による「意識」についての最新の研究を紹介する本で、なかなか興味深い。
意識とは何かという問題は古くからありながら、難問で、でも最近また注目を浴びているらしい。
著者は、科学者らしく慎重にわからないことはわからないという立場を取りながら、そして明快な結論はないながらも、さまざまなアプローチで意識に迫っていく。
まず最初に驚くのは、意識レベル(昏睡状態から目覚めの様々な状態、気づきのある状態との差など)がかなりの精度で測定できるようになっているということ。
そして、意識の内容を考えるにあたって、意識的知覚というものが、ただ外の世界をセンサーによって知覚するというより、常に予測をして現実とすり合わせをしているという意味で、「制御された幻覚」であるということや、自己というもの自体が一つの知覚であり、もう一つの「制御された幻覚」であること、生き続けるという生命学的欲動によって形作られているという、いろいろ切り離すことができない状態であるということについて、具体的な実験なども交えて解説してくれて、謎が謎を呼ぶ刺激に満ちた本です。
人工知能や動物などの意識についての言及もあり興味が尽きない。

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(アニル・セス著、2022年(原著は2021年)、青土社)
意識について探求し続けている神経科学者による「意識」についての最新の研究を紹介する本で、なかなか興味深い。
意識とは何かという問題は古くからありながら、難問で、でも最近また注目を浴びているらしい。
著者は、科学者らしく慎重にわからないことはわからないという立場を取りながら、そして明快な結論はないながらも、さまざまなアプローチで意識に迫っていく。
まず最初に驚くのは、意識レベル(昏睡状態から目覚めの様々な状態、気づきのある状態との差など)がかなりの精度で測定できるようになっているということ。
そして、意識の内容を考えるにあたって、意識的知覚というものが、ただ外の世界をセンサーによって知覚するというより、常に予測をして現実とすり合わせをしているという意味で、「制御された幻覚」であるということや、自己というもの自体が一つの知覚であり、もう一つの「制御された幻覚」であること、生き続けるという生命学的欲動によって形作られているという、いろいろ切り離すことができない状態であるということについて、具体的な実験なども交えて解説してくれて、謎が謎を呼ぶ刺激に満ちた本です。
人工知能や動物などの意識についての言及もあり興味が尽きない。

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