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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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<『iPad』はUIをどう変えるか:アラン・ケイが夢見たビジョン>という記事

[2010年02月09日(Tue)]
もう一つ、グーグルニュースのピックアップに載っていて、気になった記事。

『iPad』はUIをどう変えるか:アラン・ケイが夢見たビジョン

アップル社の「ナレッジ・ナビゲーター」という構想?に基づく、「ニュートン」(アップル・ニュートンで検索すれば、ウィキペディアで概略がわかります)という電子手帳のようなものを一時的に持っていたものとしては、最近発表されたアップルのiPadの動きに注目しているからです。

しかし、以前のこのブログの記事に書いたのですけど、今のUI(=ユーザー・インターフェイス=コンピュータと人間をつなぐ入力方法)には、人間の思考についての基本的な考え方が抜け落ちていると思ってしまうのは私だけではないと思います。

最近のiPhoneなどに見られるUIは、できるだけ、調べ物などが心地よく短時間に済ませられるようにとデザインされていますが、人があることを思いついて、そのことを調べるために辞書をめくったり、書類をコピーしたりしている時間と言うのは、実は大切だと思うからです(時には、結論にたどりつけないことも大切だったりして)。

たどりつくまでに、費やしている間に、実は、脳の中でいろいろな考えが進んでいて、これまでの経験や学んだこととそれらが結びついて、自分では考えていなかったような考えに進化していたりするわけですが、あの心地よいUIによって、(その心地よさに引きずられて)、思考がストップしてしまうのではないかと感じるのです。

それが、以前私が書いた、iPhoneを触っている時間が「無駄な時間になってしまう」という意味です。言い換えると「やり過ごさないといけない時間」とか「そこに到達するために過ごさなければならない我慢できないストレスのたまる時間」でしょうか? さらに言い換えると、「指先の心地よさと脳の働きがマッチしていなくて、身体感覚と脳の感覚がずれてしまう」ということではないかと思うのです。

本当の意味で、人間の思考をアシスト(援助)してくれるUIへは、まだまだ道険しいと感じてしまいます。

そのあたりのことを、パーソナルコンピュータに大きな影響を与えるビジョンを示したとされるアラン・ケイは、どれほど見通していたのでしょうか?買って、読もうとしてすぐ挫折してしまった『アラン・ケイ』(鶴岡雄二翻訳、浜野保樹監修、アスキー出版局、1992年)を読み直してみようかなと思ったりしています。


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