『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子著、2018年、東洋経済新報社)
とても大切な指摘をしてくれている本です。
著者は国立情報学研究所教授で、同社会共有知研究センター長であり、2011年より人口知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを勤めている人。
まず、AIの開発に携わっている数学者の立場から、「AIは神になる?」−なりません。「AIが人類を滅ぼす?」−滅ぼしません。「シンギュラリティが到来する?」−到来しません。ときっぱり言い切っていて気持ちいい。
そして、「ロボットは東大に入れるか」プロジェクト(以下、「東ロボくん」と略します)の本当の目的を、(東大に入るという目標に向けて研究を行うことによって)AIにはどこまでのことができるようになって、どうしてもできないことは何かを解明すること、だと説明してくれます。
AIはしょせん計算機であり、意味を理解することはできず(←ここが肝心)、できることと言えば、数学で置き換えることができる、@「論理的に言えること」、A「統計的に言えること」、B「確率的に言えること」の3つだけだからだそうです。
そして、現段階では、人間の脳で行っていることを全て数学で置き換えることなど到底できないとして、
「科学や技術とは「なんだかよくからないけれども複雑なこと」を、数学の言葉を使って言語化し、説明していく営みです。それと同時に、言語化できなかったことを、痛みをもって記憶することでもあります。」
と、研究者としての倫理観のようなものを書いていて、この言葉の後半部分は特に気に入りました。
本の前半部分で、東大の入試問題を解くために、各学科ごとにどういうアプローチを行っているかについて具体的な例が示されているのも興味深い。
AIには限界があることを指摘しているわけですが、だからといって著者は、AIの開発が進む未来を楽観しているわけではありません。それは、後半部分の後で書きます。
後半部分で著者は、「東ロボくん」をはじめた同じ年である2011年に、日本数学会の教育委員長として「大学生数学基本調査」を行い、そこに「深刻な誤答」が見つかり、「どこの大学に入学できるかは、学習量でも知識でも運でもない、理論的な読解と推論の力なのではないか」と確信するにいたり、それを確かめるために全国の中高生を対象に「基礎的読解力」を調査することになったことについて書いてあります。
そこで、「東ロボくん」でわかった、AIは「文章の意味内容を理解するという、ごく当たり前の意味での読解力」が苦手であるという成果を元に基礎的読解力を調べる問題を独自に作りあげ、実際に中高生に回答してもらいました。その調査でわかったのは、中学校を卒業する段階で、約3割が(内容理解を伴わない)表層的な読解もできず、進学率100%の進学校でも、内容理解を要する読解問題の正答率は50%強程度であるという衝撃的な事実でした(問題の分析などの過程は丁寧に進めていて面白い)。
問題の中身以前に、読解力が不足していることが誤答の大きな要因だったと言うわけです。ですから、今の子どもたちの学習にありがちな、問題を読まなくても回答できるドリル問題を解く練習を積み重ねてしまうと、AIと同じようにある程度までの得点はできるので、自分に読解力がないことに気づかないままにある程度まで進学できてしまい、そのあと学力が伸びなくなってしまう、ということが現実に起こってしまっているようです(ただ、基礎的読解力は、いつの時点でも挽回できるとも書いています)。
ここで、AIと今後の社会の問題が結びつきます。つまり、このまま基礎的読解力をないがしろにした教育を続けていると、基礎的読解力がなくてもできる仕事はAIによって代替できてしまうので、大規模な失業が起こるのではないかと。
基礎的読解力を伸ばすための具体的な方策については、安易な答えを出すことに慎重なようで現段階では名言を避けています(ただ、貧困は読解能力値にマイナスの影響を与えていることは確かなようなので、貧困対策というのは大切のよう)。
余談になってしまいますが、これに関しては、私が所属していて、このブログのアーカイブの一つにもしている仮説実験授業では、出てくる問題自体が多くの人が興味を持つ内容であり、さらに、教師は問題を正確に理解してもらうことにかなりの力を注ぐことにしているので、結果として、読解力を高める工夫を地道にしているという意味で、この本の流れでいっても間違っていないなあと改めて思いました。
仕事がAIに奪われてしまうことについて、特に競争が激しい分野についてはAIの導入が進み、失業者が溢れるだろうと悲観的な予測をしています。そして、著者がそれに対して一筋の光明を見出しているのは、新たなニーズを地道に見つけ(時にAIをうまく活用しながら)、需要が供給を上回る分野を開拓している小さな起業をしている人たちのようです。
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とても大切な指摘をしてくれている本です。
著者は国立情報学研究所教授で、同社会共有知研究センター長であり、2011年より人口知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを勤めている人。
まず、AIの開発に携わっている数学者の立場から、「AIは神になる?」−なりません。「AIが人類を滅ぼす?」−滅ぼしません。「シンギュラリティが到来する?」−到来しません。ときっぱり言い切っていて気持ちいい。
そして、「ロボットは東大に入れるか」プロジェクト(以下、「東ロボくん」と略します)の本当の目的を、(東大に入るという目標に向けて研究を行うことによって)AIにはどこまでのことができるようになって、どうしてもできないことは何かを解明すること、だと説明してくれます。
AIはしょせん計算機であり、意味を理解することはできず(←ここが肝心)、できることと言えば、数学で置き換えることができる、@「論理的に言えること」、A「統計的に言えること」、B「確率的に言えること」の3つだけだからだそうです。
そして、現段階では、人間の脳で行っていることを全て数学で置き換えることなど到底できないとして、
「科学や技術とは「なんだかよくからないけれども複雑なこと」を、数学の言葉を使って言語化し、説明していく営みです。それと同時に、言語化できなかったことを、痛みをもって記憶することでもあります。」
と、研究者としての倫理観のようなものを書いていて、この言葉の後半部分は特に気に入りました。
本の前半部分で、東大の入試問題を解くために、各学科ごとにどういうアプローチを行っているかについて具体的な例が示されているのも興味深い。
AIには限界があることを指摘しているわけですが、だからといって著者は、AIの開発が進む未来を楽観しているわけではありません。それは、後半部分の後で書きます。
後半部分で著者は、「東ロボくん」をはじめた同じ年である2011年に、日本数学会の教育委員長として「大学生数学基本調査」を行い、そこに「深刻な誤答」が見つかり、「どこの大学に入学できるかは、学習量でも知識でも運でもない、理論的な読解と推論の力なのではないか」と確信するにいたり、それを確かめるために全国の中高生を対象に「基礎的読解力」を調査することになったことについて書いてあります。
そこで、「東ロボくん」でわかった、AIは「文章の意味内容を理解するという、ごく当たり前の意味での読解力」が苦手であるという成果を元に基礎的読解力を調べる問題を独自に作りあげ、実際に中高生に回答してもらいました。その調査でわかったのは、中学校を卒業する段階で、約3割が(内容理解を伴わない)表層的な読解もできず、進学率100%の進学校でも、内容理解を要する読解問題の正答率は50%強程度であるという衝撃的な事実でした(問題の分析などの過程は丁寧に進めていて面白い)。
問題の中身以前に、読解力が不足していることが誤答の大きな要因だったと言うわけです。ですから、今の子どもたちの学習にありがちな、問題を読まなくても回答できるドリル問題を解く練習を積み重ねてしまうと、AIと同じようにある程度までの得点はできるので、自分に読解力がないことに気づかないままにある程度まで進学できてしまい、そのあと学力が伸びなくなってしまう、ということが現実に起こってしまっているようです(ただ、基礎的読解力は、いつの時点でも挽回できるとも書いています)。
ここで、AIと今後の社会の問題が結びつきます。つまり、このまま基礎的読解力をないがしろにした教育を続けていると、基礎的読解力がなくてもできる仕事はAIによって代替できてしまうので、大規模な失業が起こるのではないかと。
基礎的読解力を伸ばすための具体的な方策については、安易な答えを出すことに慎重なようで現段階では名言を避けています(ただ、貧困は読解能力値にマイナスの影響を与えていることは確かなようなので、貧困対策というのは大切のよう)。
余談になってしまいますが、これに関しては、私が所属していて、このブログのアーカイブの一つにもしている仮説実験授業では、出てくる問題自体が多くの人が興味を持つ内容であり、さらに、教師は問題を正確に理解してもらうことにかなりの力を注ぐことにしているので、結果として、読解力を高める工夫を地道にしているという意味で、この本の流れでいっても間違っていないなあと改めて思いました。
仕事がAIに奪われてしまうことについて、特に競争が激しい分野についてはAIの導入が進み、失業者が溢れるだろうと悲観的な予測をしています。そして、著者がそれに対して一筋の光明を見出しているのは、新たなニーズを地道に見つけ(時にAIをうまく活用しながら)、需要が供給を上回る分野を開拓している小さな起業をしている人たちのようです。
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タグ:基礎的読解力