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3.11大震災と童謡「夕焼け小焼け」 [2011年06月16日(Thu)]
6月12日に開催された農商工連携フォーラムにおける藤田和芳理事(株式会社大地を守る会代表取締役)のお話のさわりを紹介します。

僕は岩手県の生まれです。岩手県の農村に生まれました。そこには農村の暖かな人情、貧しいけれど質素、人々が助け合っていく...そういうものがあったと思います。今回の震災で日本人の多くがかつて持っていた日本人の良さに触れたと思うのです。あまりに大きな災害に直面したときに日本人が持っていたDNAがよみがえったのだと思うのです。

幕末から明治にかけて日本は大きく変わるのですが、日本政府が雇った多くの専門家、医療の専門家、技術の専門家が日本に入ってきました。彼らはあまりにも遠い東洋の野蛮な国に来たという気持ちを持って来るわけですけれど、日本に滞在し再び自分の国、アメリカ、イギリス、ヨーロッパに帰っていったときに、彼らが日本の印象について書いた本があります。最初来たときには本当に野蛮な国に来たと思ったけれど、子供達は裸で走っているし、男と女が混浴しているというのは野蛮だけれど、よくみてみると必ずしもそうではない。貧しいけれど質素だし、体はいつもきれいだし、治安は悪くないし、風景は美しいし、なんとこの国は人々が助け合って生きているのだろう。村に行けば人々は笑って生活している、こんな国はヨーロッパにはどこにもないじゃないか。

ある人は伊豆半島を旅して旅館に泊まったらとても親切にされる、帰りにまたここに泊まりたい、旅館の親父さんに予約金を払いたいと言うのですが親父さんはそんなことは要らない、どうか帰りに寄って下さいというのです。でもどうしても予約金を払いたい、じゃあこの上に置いてくださいとお盆を出してきてその上にチャリンと置いたわけです。自分の経験からいえばそれを金庫の中に入れるだろうと思っていたら入れない。まぁ自分の責任じゃないからいいかと思って旅に出て、半月後に帰ってきたらなんと自分が置いたお金が半月前と全く同じ状態で残っている。この店にはたくさんの人が出入りしているのに誰もそのお金を取ろうとしなかった。なんという国なのだろうか、と日本と日本人の良さ、やさしさや親切をいろいろな本が書いています。私はそれが東北に残っていた、そういうものにどうして私たちは気が付かなかったのかなと思うのです。

最後に時間が来ましたけれど今日、私のタイトルは童謡の夕焼け小焼けについて語ることでありました。夕焼け小焼けは「夕〜焼け小焼けで日が暮れて」という歌ですね。歌詞はおわかりかと思いますけれど、私はこれが日本の農村の風景、それから今申し上げた人々の気持ちを表現していると思うのです。まず「夕焼け小焼けで日が暮れて」というのはどういうことを歌っているか?私は子供の頃、奥羽山脈を見ると、奥羽山脈に夕焼けが真っ赤に出ると必ず明日は晴れるのです。夕焼け小焼けの歌は「明日は晴れる」という明日に対する希望を歌っているのです。

その次に「山のお寺の鐘が鳴る」は農村のコミュニティ、農村の美しい風景を歌っています。そして「おててつないでみな帰ろう」。おててをつなぐというのは人々が手をつないでコミュニティがしっかり生きていて、助け合って生きているということを歌っているわけです。

最後に「からすもいっしょに帰りましょう」と歌います。からすは今でも人間から見ると嫌われ者です。でもその嫌われ者のからすとも仲良くしようということを最後のところで歌っている。コミュニティがみごとに助け合って生物多様性を認めて生きていくという、他人を蹴落としてでも生きていく、自分だけが良い思いをするなんていうことはこの歌の中には無いわけです。そういう風景をこの夕焼け小焼けは歌っている。私たちは世界に誇るべきコミュニティをかつて持っていた。そして世界に誇るべきひとつの文明のかたちを持っていた。でも新時代といって狂おしいまでに効率と生産性を追い求め、そして競争社会をよしとして他人を蹴落としてでも自分が幸せになりたい、物とお金があったらそれだけで幸せになれるんだという社会を狂おしいまでにず〜っと走り続けてきて、かつての文明のかたちを忘れてここまで走り続けてきて、それが3.11だと私は思うのです。

もし私たちが新しい社会を復興しようというのなら、私は学生運動世代ですけれどヨーロッパの海外のイデオロギーと哲学を持ち込んで自分の国を良くしようと思うだけじゃなくて自分たちの足下の、先達がどういう社会を作ってきたか、どういうルールでどういう人間関係を作っていたかというところにもう一度立ち返ることこそが本当の意味での「復興」であり、新しい社会というのはヨーロッパの社会をまねするだけではない、私たちのご先祖さまが築き上げてきた人間関係とかコミュニティの姿をもう一度見つめ直すことから始めることが大事ではないでしょうか。

長くなりました。ありがとうございました。

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コメント
夕焼け小焼けについて調べていて偶然たどり着きました。
実は、この曲自身も震災で忘れられたかもしれない曲だったのです。

楽譜初版が印刷され、製本も完了した、その日、関東大震災が発生。
印刷所が全焼。
当然、完成した製本はもとより、印版も、楽譜原本もすべて火災により焼失。という事態に見舞われました。
当時は再発行は不可能と思われていたようです。
なぜか奇跡的に残っていたゲラ版13部(6部説、7部説もあります)をもとに、復元、再発行されました。


東日本大震災において被災された皆さまに、
心よりお見舞い申し上げますとともに、
1日も早い復興をお祈り申し上げます。
Posted by: 海田宗一  at 2012年03月12日(Mon) 10:34

こんばんわ。藤田理事さんの話は、身近な例を使い、非常に分かり易く、しかも大震災の核心部分を、あぶり出していて、大変感心しました。実は私も6月15日付け弊紙に「一体何が起きているのか?−大混乱と崩壊招く20世紀型から21世紀型へ」と題し、競争社会の米国、反民主化の中東諸国など混乱、環境破壊の石油、原発など公害の20世紀型のものが世界中でドミノ状態で崩壊。個人の意識から企業、地域、国、エネルギーの在り方など考える時ではないかと、コメント記事を書いたばかり。やはり同じ見方の方がいると驚きました。
Posted by: 大山繁春  at 2011年06月20日(Mon) 20:51

逃げるべきか。踏みとどまるべきか。放射能禍の混迷に悩む中で先達諸兄の智慧が暗い道を照らしてくれている。この災苦を前にしてぼくたちは勇気づけられている事に感謝。
Posted by: ノブキソウイチロウ  at 2011年06月16日(Thu) 22:03

総会に参加したかったのですが、どうしてもゆけず、失礼しました。また、私にとってとても残念でした。
藤田さんの文章、とても心に響いてきました。いつの間にか、人間の生存にとっての根源的な条件がすっかり忘れられ、お金と、そのお金で交換できるものだけを求める状況に包まれてしまいました。3.11は、それを象徴しています。私も、藤田さんが示された情景を、人々と地域に取り戻してゆくことのなかに、これからの日本の未来があるのだと思います。そうした価値観を、どのようにしたら今後の「パラダイム」にしてゆけるか。挑戦ですね。
Posted by: 千賀裕太郎  at 2011年06月16日(Thu) 18:19


自分たちのふるさとの素晴らしさ大切さを、そして生活の原点を見つめ直す時期が来たのです。
私も、ふるさとを愛する心や助け合いの精神を忘れかけていたような気がします。
地域災害対策も、自治区会長に働きかけ
ネットワーク作りを始めました。
東北の方たちのためにも、自分のふるさとを大切に、地域コミュニティ広場づくりに力を注ぎたいと思います。
有難うございました。
Posted by: 市村 香  at 2011年06月16日(Thu) 08:44