最悪のことが最善 [2007年11月26日(Mon)]
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「夏に心臓の手術をしました、今は元気です」
そんなfaxに驚いて響子エンライトさんにお電話して、10年ぶりに再会することになりました。 「ジョン・エンライト博士という心理学者が、地球の大変な状況を伝えたいと、来日されているので、名古屋でも何かできませんか?」そんな大和信春先生の問いかけに、直接お目にかからなくては始まらない、とジョンと奥様の響子さんにお目にかかりに東京へ行った10数年前の日が、つい昨日のように思い出されます。 ジョンは日本にカウンセリングを紹介し、自己啓発のライフダイナミクスのプログラム等を開発した心理学者ですが、1990年を目前にした頃、地球環境問題について想いを深くし、このままでは大変なことになると、当時居を構えていたサンフランシスコの高級住宅地の家も手離し、キャンピングカーで暮らしながら心理学についてではなく、“地球環境の今”について話して廻られているとのことでした。 お目にかかったジョンは、人は、これほど穏やかな、存在そのものになれるものかと、感じさせる静けさを湛え、孫ほど年齢の違う奥様の響子さんは可愛らしく、ひたすらジョンの想いを伝えたいというひたむきさにあふれていました。その当時、ジョンは既にMSを発症しており、杖をつきながらも、地球環境について意識を向けて欲しいという気持にあふれておいででした。 少年のように純粋で、シャイで、大好きなお酒を飲みながら「酒飲むなぁ、酒のむなぁの〜ご意見なれどぉコリャ」と上機嫌で歌を歌う可愛げと、どこまでも気づきを求める真摯さ、ギリシャダンスの踊り手でもあったジョンにとり、不自由な身体はさぞ辛いことだったと思いますが、まったくそんな気配もなく、ひたすら地球環境を案じている姿に、当時環境と関る仕事をすることになろうとは夢にも思いませんでしたが、何かジョンのサポートをできることはないものかと思ったものでした。 大好きな日本にもう一度来たいと願いながら、身体の自由がきかなくなりもう来ることはできませんでした。 響子さんは、徐々に機能を失いながらも、常に地球を思い、気づきに意識を向け続けたジョンの手足となり、晩年はリンパの癌も発症したジョンの想像を絶する大変な看護を10年続けられる中、ご自身の心臓病も抱えながら、3年前ジョンを見送られました。 アメリカで、全てを手離し、職もなく、莫大な治療費がかかる中生きてこられたこと自体奇跡的なことです。ジョンの教え子だった沢山の方の基金や、さまざまなサポートのお蔭だそうです。 今年6月久しぶりに帰国された折、心臓病が急速に悪化して、この夏、人工心肺での大手術を受けられ、一命を取り留められたと伺い、驚きました。 その折に、感じられたことを綴ったメールを頂きました。 手術を受け、自分の体験は自分ひとりのものでなく、すべての生きとし生けるものとのつながりを感じられたそうです。 最悪に見えたことが、最善だった! 響子さんのお話に、天の計らいの深さは底知れないものと感じました。 いろんなことが、いつかの良い日のためにある・・・。 山元加津子さんのお話CDと般若心経の心訳をお送りしたら、涙が止まらなかったそうです。 日系二世の人たちも大変な苦労をされておいでの人が多く、さぞ共感されることと思うので、アメリカへ戻ったら、みんなとシェアしたいと喜ばれました。 (続く) |
Posted by
eco-branch
at 22:40



