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天地人――休題の本 [2015年09月20日(Sun)]

コンビニ本は手軽な値段であることもさることながら、24時間手にとって、購入することができる。

本好きとしては、本の棚をもっと増やせばいいのにと思う。

コンビニは流通の網の中にあって世界に、しかも、24時間繋がっている。
この不断のネットワークに、このクニではありとあらゆる人々が出入りするようになった。

かつて、保育園や介護施設を併設すればよいと、コンビニに働き掛けようと思ったくらいだ。
お金も、食も、セキュリティもあるし、何よりも、ひと気が何かとある。。

とまれ、コンビニに行く度に、本棚を見ることにしている。月に1冊くらい、コスパのいい良書がみつかる。

銀の週の休題として、天・地・人の手軽な本を紹介したい。

<人―戦争という人災>

良くも、悪くも、これまで日本では戦史の本は一部マニアのものになっていた。が、世界の中でも初等教育で教える戦史、とりわけ前世紀以降のものについての記載が驚くほど少ないようだ。もっとも、学校で学ばなくとも他で学ぶことができるといえばいえよう。

ただ、学校は学び舎ではあるが、基本的にイバン・イリイチが説いたように、教える場であり、「少国民」の育成装置であることは確かだ。ましてや、世界の中で稀有にも教育の内容にまで政府が規制する体制だと尚更だ。

知らないことが、畏れも恐れを強める場合もあるだろうし、その逆もあり得るといえよう。

安保諸法が成立した一方、学校で世界史と日本史の区別をなくすという。今後どのようになっていくのだろうか。

本書はそうした戦史の中でも安価にして珍しい。

1019年㋂28日の「刀伊の入寇」に始まる日本の最初の戦争から、1945年8月24日の「占守島の戦い」、今のところ、日本の最後の戦争の終焉まで、応仁の乱とか、関ケ原の戦いでなく、日本の対外戦争史をまとめてある。

戦争は人災。人が無情になると人を奪う。

恐れを失ってはならない。所詮、人間だ。



<天地――恵みと災いが紙一重の天、地>

天も地も、多くの恵みを人に授ける。より正確にいえばほとんど全ての恵みだ。

だが、天も地も、非情だ。時にして人を奪う。

恐れと畏れを失ってはならない。

天地あっての人だ。

 

無情と非情を、人の情を、いくばくでも学べるときに学びたいものだ。

<付記>

コンビニはコンビニエンス、コンビニエントの略だ。

convenience。con:together、とvenire:come。「カム・トゥギャザー」だ。
conは繋がりによって、co、comにもなる。

情は、人と人の繋がりがあっての情だ。

それぞれから派生した英語で、日本語のカタカナになっているものも多い。繋がりは広い。付記して、羅列する。

コーディネーター、コープのco。
インカム、カンパニー、コマーシャル、コマンド、コミット、コミュニティ、コメント、コモンズ、コンバイン、コンパチ、コンバット、コンパニオン、コンビ、コンピューター、コンプレックス、コンプレッサー、コンペ、コンポ、コンポスト、マスコミ、レコメン、ドット・コムのcom。
カンフェレンス、コネ、コンクリート、コンコース、コンサート、コンサイス、コンサバ、コンサルタント、コンセンサス、コンシエルジュ、コンシューマー、コンスタント、コンセプト、コンソール、コンダクター、コンタクト、コンディション、コンティネンタル、コンテキスト、コンテスト、コンテナー、コンデンサー、コンデンス・ミルク、コンテンポラリー、コンドミニアム、コントラスト、コントロール、コンバーター、コンフリクト、ボディ・コンのcon。
アドベンチャー、アベニュー、イベント、ベニューのvenire
夏、食を読む本4種5冊――休題の本 [2013年08月20日(Tue)]

こう暑くなってくると、私達の食文化にも変化が訪れるかもしれない。その前に、食の多様性、固有性と簡単な食へのアプローチを知る本、4種5冊。

中国3000年の歴史が、必ずしも、中華料理の全てが3000年前から食されていたのでないということを、1953年生まれで日本に留学した研究者が、この本の初版を1997年「ちくま新書」で書いたものを読んだときは、とても新鮮だった。加筆されたものだが、当然のことが当然に思われないことをあらためて実証的に気づかされる未だ新鮮な好著だ。

「中華料理の文化史」


ある食の関係者の会合で、数少ない日本の「食花」の生産者に「どのような花が食用花になるんですか?」と聞いた。「全てです」「無農薬であるのが原則です。だから難しい」といわれときは新鮮な驚きだった。
全てであっても、食するか、美味しいかどうかは社会や主観の問題。世界の「おいしい花」の本が出た。

「おいしい花―花の野菜・花の薬・花の酒」


食材の味わいを出すには発酵させて、変化させるのが確実だが、簡単ではない。簡単な「調理法」を紹介した本。

太陽の恵みがある限り、簡単な「調理」が、日干しだ。魚の日干しはそれなりの注意が必要だ。それに比べればまあまあ簡単なのが、植物の日干し。虫除けに吊るす網の籠も、結構大きなものが百円ショップで買えるので、後は日当たりと食材があれば済む。各種植物別の干し方に、レシピも。

「干し野菜をはじめよう―太陽の香りがするレシピ100」


火と鍋に水と、ポリ袋さえあれば、ありとあらゆる料理が、しかも同時完成でできる。革命本2冊

「油を使わずヘルシー調理! ポリ袋レシピ」 「同2」
 
夏休み、ヒトがヒトであること確かめる、確かめられるかもしれない3冊――休題の本 [2013年08月07日(Wed)]

夏休み、ヒトがヒトであること確かめる3冊――休題の本

15年以上前、ある凄惨な事件があったこともあって、子供に「なぜ人を殺してはいけないのか」ということをどう説くか、説明するか、納得させるか、理解させるかといったものの、どれをすべきか問いこと自体を含めて、世情を賑わしたことがある。多くの本が、多くの言論人が加わった。

そのまた遥か前には「一人の生命は地球より重い」といった日本の首相の発言を巡って、論争が起きた。これも、多くの立場や見方が表明された。

命という重い問題以前の問題として、この時代、ヒトをヒトとして実感できる機会が少なくなってきたように思う。

夏休み、ヒトがヒトであることを感じることの契機になるかも知れない、ヒトの本を三冊紹介したい。

まずは、ヒト、誰もが経験してきたはずの、この世界での最初の40週間を292ページにわたって、豊富な写真で見せてくれる。少し値の張る本で、幾分不鮮明なものもが少なくないが、一般書籍で、これだけ時系列に沿って、写真を集めたものは少ないと思う。

「こうして生まれる」



ヒトの内側を知ることは中々容易ではないが、ヒトが自分自身の内側を知ることが難しいのは確かだが、おかしなことでもある。少し知る努力が出来るかもしれないと思わせる本だ。

解説には「理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、医師、看護師などはもちろん、スポーツトレーナー、鍼灸師、柔道整復師などが、知っておかなければならない代表的な筋と骨格を取り上げ、それぞれの部位を触診するための手順を丁寧に解説」とあるが、ここまで出来るのだから、自分たちのカラダを、一から十まで、専門家任せでなく、己の身体を自ら知ることをもっと小学校や中学校で教えられないものなのか。

192ページ「「学習」と「現場対応」に役立つ知識。「写真+イラスト」の合成カラー図解で筋の走行と形状がひと目でわかる!正しく触れる」ことができる。

「運動・からだ図解 筋と骨格の触診術の基本」



三冊目。ヒトが「言語をもつ」ことがヒトたらしめているといういい方もある。体以上に己を己自らが確認できることで分かりやすいせいか、発達心理学、発達言語学のような類書は多々あるが、最近、新書判ででた「ちくまプリマー新書」の一冊

「ことばの発達の謎を解く」


夏、海と山そして僕ら、天地人――休題の本 [2013年08月04日(Sun)]

夏休みが始まった。

世界の夏休みを論じた日本語の本に未だ遭遇しない。気候がいいから休むのだろうか、悪いから休むのだろうか。避暑か、避寒か。避湿や避乾とかもあるのだろうか。

都市生活や近代生活から何かが変わったのだろうか。夏祭りも、サマー・フェスティバルも、古くからあるようだ。お盆もあるし、彼岸もある。

海に、山に、といい始めたのはいつ頃からだろうか。海水浴や日光浴の一般化は遂最近のことだし、山登りもそう古くはない。

近代都市生活者が心身の疲れを回復するためだともいうが、近代都市生活の先達、欧州各国の夏休みをみても、1か月以上休むのが当然の社会から、1週間足らずの社会もある。

宗教や主義、由来ともいうが、決定的な系譜はみられない。七曜、六曜、décade 等と同じように、はっきりしないかも知れない。夏休みの本が出現することを期待しつつ、夏休み風の本三冊。

先ずは、山の本。東京新聞出版局の月刊「岳人」のコラム「山の雑学ノート」から301編を集めたもの。それぞれ一家言あるヤマヤ××人によるティップス集だ。他の2冊同様、山に対する思い、仲間内にも、仲間の外の人達にも伝えたいという思いが伝わってくる。

「山の雑学百科」



山の次は、海の本。海象、海の気象の本。実に230編にわたるコラムを集めたようなナミヤによる本だ。ナミヤ高じて気象予報士になった著者の「風と波を知る101のコツ―海辺の気象学入門」等のこれまでの著書をより包括的にバージョン・アップしたものだ。

「海の気象がよくわかる本」<趣味の教科書>



天地人風の並びなってきた。最後に、人を人たらしめている言語、わけてもこのユーラシアの東端で発達した漢字をめぐる本。部首を通じて解読するのは古の漢字典から今日の漢和辞典の習いで、様々な流儀があるが、この本はそうしたものを、俯瞰しつつ、解説してくれる。

「部首ときあかし辞典」



以上
世界が始まったのはいつか、世界の不幸せが始まったのはいつか。世界大戦百周年――休題の本 [2013年07月05日(Fri)]

世界で、無数の国のようなものが犇めいている。犇めくだけでない、軋んでいる。この不幸せを治せるのか。

世界が、この国が、と、頻々に語られる。

いつから世界を語るようになったのか。
いつから世界を語らなければならないようになったのか。
何故世界を語れるようになったのか。
何故世界を語るようになったのか。

そう、世界はいつ始まったのだろうか。

国の威信、国への愛というが、一体、「国」をいつから語りはじめるようになったのか。

世界の国のようなものが、地球大に接続し始めたのは遂、最近だ。半千年紀ばかり前に始まったことだ。

新天地があったり、未開の地があったり、黄金の国もあった。

帝国があり、宗主国が世界大になった。モノが、人が、海を越えて商売されるようになった。

商売人や冒険人に、企業や軍隊にリスク分散、先行、アウトソーシングされていた子会社ならぬ小(こ)国の経営を再編・直営にし始めた。

国名を形容詞化したものを国名につけた、国のような国名のような名前が出始めた。

何のことはない、国への愛、国の威信が、

そして、「ほとんど」世界大のような争いが起きた。個々人の不幸せが、二国間の不幸せが、世界を覆う不幸せとして認識されることが始まった頃だ。「ほとんど」の世界でだ。遂、一世紀程前のことだ。

そして国名形容詞付き国名をなくす機運が出始めた頃だ。

帝国や植民という言葉に罪悪感が出始めたのだ。それでも始まった第一次世界大戦。

国際連盟は第一次世界大戦の後始末として、反省として生まれた。そして、成功しないまま、第二次世界大戦に突入した。といわれる。

しかし、国際聯盟は、突如出来たのでない。無数の各国のNPO、世界大のNPOの動きの結実だ。SNSがない時代、個々人の力が世界大で結実していった。戦争には間に合わなかったが、、、

そして国際聯盟ができた。「本題」でも紹介したいと思っている時代だ。

第一次世界大戦、国際聯盟は、他はいざ知らず、もし現代のNPOを考えるとしたら、外せないキーポイントだ。

それにしても、日本では両者とも関連文献が少ない。南洋神社、南洋庁が生まれ、新渡戸、南方、柳田が悩んだ時代だ。

来年は第一次世界大戦百周年だ。99年前の先週、6月28日サラエボで、FN ブローニングM1910が撃たれた。
人文書院のシリーズ「第一次世界大戦を考える」の一つ一つが面白いが、昨年でた「マンダラ国家から国民国家へ」は副題の「東南アジア史の中の第一次世界大戦」のように、個々の国々の流れからみただけではなく、時代全体と地域全体の重なりをみせてくれる。


世界遺産、文化遺産、負の遺産――休題の本 [2013年07月04日(Thu)]

身辺周辺に様々なことがあり、休題が続いている。

休題の本を紹介したい。富士山の世界遺産に合わせるように出た本だ。

ようやく日本社会も、記憶だ、記録だ、無形だ、何だと様々な世界遺産、準世界遺産があることを知るようになってきた。

掛け声だけの遺産もあって、国際機関の中に人知れず眠っているものもある。国際機関の本質の一部を表すこうしたものをいつか本題で紹介したいと思う。

今日は休題。負の遺産だ。負の遺産とう考え方、分類はない。が、しかし、日本社会でも知られているもので何があるかと言えば、イメージしやすいと思う。広島、アウシュビッツだ。

本書は45の、世界遺産の中で、「負」と解釈されるものを取り上げた本だ。

本書の最後の方のコラムに負の遺産候補が記されている。

チュルノブイリ、福島第一だ。

負の「文化」遺産であって、「自然」遺産ではない。

ちいさきものたち、それぞれの世界、文一総合出版・ミニ図鑑、ハンドブック・シリーズ――休題の本 [2013年05月13日(Mon)]

文一総合出版のミニ図鑑、ハンドブック・シリーズを1度2度と紹介してから早2年たってしまった。それから20弱のハンドブックが出た。

それぞれの著者はもとより、どれをとっても関係者の熱意と愛情そして根気が伝わってくる。

全てに、明記されていないので分からないが、編集者は一人のよう。ミニとはいえ、図鑑で、しかも様々な分野でありながら、1、2カ月に1冊の割合は敬服すべきペースだと思う。


「繭」三田村 敏正 (著)


「虫の卵」鈴木 知之 (著)


「イモムシ」安田 守 (著), 中島 秀雄 (監修), 高橋 真弓 (監修)


「イモムシ2」安田 守 (著), 高橋真弓 (監修), 中島秀雄 (監修)


「鳥の足型・足跡」小宮 輝之 (著), 杉田 平三 (著)


「外来鳥」川上 和人 (著), 叶内 拓哉 (写真)


「カモ」叶内 拓哉 (著)


「コウモリ識別」コウモリの会 (著), 佐野 明 (監修), 福井 大 (監修)


「サンゴ礁のエビ」峯水 亮 (著)


「タナゴ」佐土 哲也 (著), 松沢 陽士(写真)


「雑草の芽生え」浅井 元朗 (著)


「野草のロゼット」亀田 龍吉 (著)


「日本で見られる熱帯の花」土橋 豊 (著


「イネ科」木場 英久 (著), 茨木 靖 (著), 勝山 輝男 (著)


「酒米」副島 顕子 (著)


「美味しい木の実」おくやま ひさし (著)


「美味しい山菜」おくやま ひさし (著)


「照葉樹」林 将之 (著)


「身近な妖怪」川村 易 (著), OSAmoon (著)
休題の本――ユニヴァース・スタディーズ――陸と海の地球、惑星気象、系外惑星 [2013年01月20日(Sun)]

このブログで「世界」を話題にすることが続きそうだ。

といっても、僅か500年前に私達の先祖が到達した「世界」だ。

「世界」といっても銀河系の中の太陽系第三惑星のはなしだ。

第三惑星が太陽系の中で、宇宙の中で、どれ程のものなのか、垣間見せてくれる本を三冊紹介したい。

いつか私達の子孫の一人が「ユニヴァース・スタディーズの歴史研究」であげる黎明期の一般向け解説書として取り上げる前に読んでおける数少ない本かもしれない。

「なぜ地球だけに陸と海があるのか――地球進化の謎に迫る

太陽系第三惑星、地球が、「地球は青かった」、水球、水惑星といわれるのが必然のなせる技であるかもしれないことを教えてくれる。生態系論以前の、「生物」以前の問題として、真に、陸にとって海が「母なる海」であるかもしれないことを教えてくれる。

この惑星の表層の殻の下の液体と固体の織りなす営みがいかに殻の上の液体と固体と連なっているか教えてくれる。



「惑星気象学入門――金星に吹く風の謎」

そして、この惑星の表層の殻を取り巻く固体と液体と気体が織りなす営みが、いかに他の惑星と同じであって異なっているかを教えてくれる。この地球を際立たせてくれる。



「系外惑星 宇宙と生命のナゾを解く」

そして、この地球という惑星が、特異でないことを、いかに多く、この宇宙という「世界」にあるかを、教えてくれる。人類は其処彼処にいるかもしれない。



かつてアイザック・アシモフが、空想生物学で、「世界」で炭素型生命体は可能性の一つにしか過ぎない、弗素型、珪素型、、、、とわくわくさせてくれた「世界」にまで私達が到達すると、「宇宙史」の共通教科書は大幅改訂し、ペリー・ローダンは宇宙中で書き継がれ、大河ドラマでの地球型惑星の順番は稀になり、宇宙遺産も元素の周期律に従って分類されるといった時代に子孫達は生きるのかもしれない。
ハンニバル、スキピオ、ウェルキンゲトリクス、ポンパドゥール夫人――休題の本 [2012年09月26日(Wed)]

多数ある中国はともかくとして、徐々に、欧州の歴史が「青年」マンガでしっかりと読めるようになってきた。

以前紹介したのは、アレクサンダー大王の書記、ヴァイキング、ボルジアのチェーザレのものだった。

このところ、他の時代も埋まってきた。

時代順に。

紀元前2、3世紀のローマのスキピオとカルタゴのハンニバルの物語。大スキピオ、Publius Cornelius Scipio Africanus Majorプブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル(BC236 – BC183頃)とローマをおびやかしたHannibal Barcaハンニバル・バルカ( BC247 - BC183 / 182年)の二人をそれぞれの父親の時代から既にそれぞれの傑出した少年期から描いている。

タイトル「アド・アストラ」はローマの格言「 per aspera ad astra 困難の経て星へ」からつけたそうだ。



少し時代が下って、BC1世紀のガリア戦争でガリア諸部族をまとめあげ、ローマのシーザーを最後まで苦しめた、 Vercingetorix ウェルキンゲトリクス( BC72年 - BC46年)の物語。



さらに、ぐっと下がって、フランスのLouis XV ルイ15世 (1710.02.15 – 1774.05.10 )の公妾であった"Madame de Pompadour", Jeanne-Antoinette Poisson, marquise de Pompadour,ポンパドゥール侯爵夫人ジャンヌ=アントワネット・ポワソン、(1721.12.29 – 1764.04.15)の物語。平民、大ブルジョアの出身として、啓蒙思想の時代、サロンを主宰したりして、ヴォルテールやディドロ等と交際、ハプスブルグのマリア・テレジアと組んだりの才女。

月と農業、中南米から、農山漁村文化協会――休題の本 [2012年09月25日(Tue)]

月と農業、この当然の組合せを淡々と、「人類は時をどのように分けたのか?」「月とは」「月齢が植物に及ぼす影響」「月齢と動物との関係」「月齢が海に及ぼす影響」「星座と月齢の関係」の5章に分け、ふんだんな図表で、中南米の実践、経験そして理屈を織り込んだ、コロンビアの農学者、Jairo Restrepo Riveraの翻訳本。

太陽暦に慣れてしまった現代の都市住民には鮮かに太陰暦、旧暦を想い起させてくれる。

月の沙漠、都市沙漠のプランター菜園にも月の明かりと重力と夢が届いている。


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