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元々の「コロナウィルス」というウィルスの存在と名称が初めて公刊された記事全文と日本語拙訳 [2020年03月23日(Mon)]

承前

以前紹介した、元々の「コロナウィルス」というウィルスの存在と名称が初めて公開されたとされるネイチャー誌の記事の、今回は全文を、原文英語とあわせ日本語拙訳を掲載します。煩わしいので注記なしの一センテンス毎の対訳形式にしましたが、下記の諸点に留意されることをお願いします。

@元々の「コロナウィルス」の記事であって、現「新型コロナウイルス」ではない。
A医学ましてやウィルス学、そして翻訳の専門家でない者の拙訳である
B専門家の間でも語彙の異同や変遷がみられることに留意しつつ、出来る限り、一般的な英語の原義に沿った、日本語への直訳につとめたものであり、厳密な時代(一般世間やウィルス学周辺での使用されていた英語の)考証はしていない。
C原文は黒色の太字
D拙訳は《》内に濃紺色のメディウム字で、補足が必要なものはさらに《》内に、普通名詞に見紛われる可能性のある固有名詞には【】内に、人名はファミリーネームを「一般的」な読まれ方と思われるものを片仮名書きした。

VIROLOGY《ウィルス学》

Coronaviruses 《コロナウィルス》

A NEW group of viruses with the name of coronaviruses has been recognized by an informal group of virologists who have sent their conclusions to Nature. (They are J. D. Almeida; D. M. Berry; C. H. Cunningham; D. Hamre; M. S. Hofstad; L. Mallucci; K. McIntosh; D. A. J. Tyrrell.)
《コロナウィルスと新しく名付けられたグループのウィルスが、非公式のウィルス学者達のグループによって認められ、その(研究の)結論がネイチャー誌に送られてきた:アルメイダ、ベリー、カニンガム、ハムレ、ホフスタッド、マルッチ、マッキントシュ、ティレル》

They point out that with negative staining, avian infectious bronchitis virus has a characteristic electron microscopic appearance resembling, but distinct from, that of myxoviruses.
《彼らは負染色を使うと、鶏伝染性気管支炎ウィルスが、電子顕微鏡で姿が、ミクソウィルスと類似性は見られるものの、明らかに異なる、特徴をもっていることを、指摘している》

Particles are more or less rounded in profile;
《輪郭をみると、粒子は、どちらかというと丸い:》

although there is a certain amount of polymorphism, there is also a characteristic "fringe" of projections 200long   which are rounded or petal shaped, rather than sharp or pointed, as in the myxoviruses.
《一定程度の多型性はあるものの、200オングストロームの長さの、ミクソウィルスよりは、鋭く、もしくは尖っている形の、円もしくは花弁の形の「縁」の突起という、もう一つの特徴がある》

This appearance, recalling the solar corona, is shared by mouse hepatitis virus and several viruses recently recovered from man, namely strain B814, 229E and several others.
《その、太陽コロナを思い起こさせる、姿は、マウスの肝炎ウィルスや最近人体より回収された、いくつかのウィルスと共有している。名前をあげるとB814、229E株その他だ》

These viruses also share a number of other properties as indicated in the table.
《これらのウィルスは表に示されるような結構な数の特徴を共有している》

(Anyone interested in the data on which the table is based may obtain a short bibliography on application to Dr D. A. J. Tyrrell at the Common Cold Research Unit, Salisbury, Wiltshire.)
《どなたでも、この表が根拠にしているデータに、興味を持たれる方はソーズベリー《州》のウィルトゥシャー《市》にある《英政府医学研究評議会の》【風邪研究ユニット】のティレル博士に申し込むと、短い文献リストが入手できます》

PROPERTIES OF THESE VIRUSES 《ウィルスの特徴》

 

Avian infectious bronchitis
《鶏・伝染性・気管支炎》

Mouse hepatitis
マウス・肝炎ウィルス

Human strains
人間・株

Size. 《大きさ》Filtration《濾過法》
     Electron microscopy*
《電子顕微鏡法》



80-120 mμ

80-120 mμ

100 mμ

89 mμ

80--160 mμ

Characteristic surface structure
《表面構造の特徴》

+

+

+

Essential lipid (ether lability)
《基礎脂質・エーテル不安定性》

+

+

+

Apparent ribonucleic acid content
(unsusceptibility to DNA inhibitors)

《顕在リボ核酸成分・DNA阻害剤非感受性》

+

+

+

Density of infectious unit
《感染性ユニット密度》

118

?

1−19

Replication in cytoplasmic vesicles
《細胞質性・小胞・複製》

+

+

+

* Negative contrast technique----projections are included in the diameter of the particle.
《陰的・明暗・法――粒子の直径には突起が含まれる》

Some other relevant properties should be mentioned.
《他のいくつかの関連する性格も言及しなければならないだろう》

There is an antigenicrelationship between the human and murine strains, but none has been detected between avian strains and the others.
《人間とネズミ《株》との間には抗原的関連性があるが、鳥・株や他のものとは検知されていない》

A haemagglutinin has been detected by certain workers using avian infectious bronchitis virus and also antigens separable from the virus particle, but these have so far not been recorded for the human or murine strains.
《鶏・伝染性・気管支炎・ウィルスやまたウィルスから分離可能な抗原を使っている何人かの従事者によって赤血球凝集素が検知されているが、今なお、これらは人間やネズミ株から記録されていない》

In the opinion of the eight virologists these viruses are members of a previously unrecognized group which they suggest should be called the coronaviruses, to recall the characteristic appearance by which these viruses are identified in the electron microscope.
8人のウィルス学者の意見では、これらのウィルスは、以前は確認されていないグループのもので、彼らは電子顕微鏡上で認められる特徴的な姿に基づいて、「コロナウィルス」とよぶべきだと提案した》

These suggestions have been received by members of the Myxovirus Study Group (chairman, Professor A. P. Waterson) under the International Committee for the Nomenclature of Viruses (ICNV) .
《これらの提案は国際 ウィルス命名法委員会の下のミクソウィルス研究グループ(座長:ウォーターソン教授)のメンバーによって受理された》

The suggestions were found acceptable and are now to be considered by the Vertebrate Virus Committee of the ICNV.
《これらの提案は受諾可能なものとして認められ、現在は国際 ウィルス命名法委員会の脊椎動物ウィルス委員会で検討されることとなっている》


https://www.nature.com/articles/220650b0.pdf


続く

続きを読む・・・
「コロナウィルス」という名前の誕生 [2020年03月14日(Sat)]

前回に引き続きCOVID-19という世界の名称について。今回から、語源を軸にすすめていきます。

<話題の内容、典拠が多く、勢い解説が多くなりました>

今回も、世界的な話題の語彙について、多様な解釈や使用法が多くなる前に、取りまとめようとしています。筆者が文字通り素人である、様々な専門領域に及んでいるため、出来得る限り、主として、インターネット上にある元々の典拠に遡って作成しているつもりです。

<今回は試しに、文中と文末記載の解説が半々>

勢い、引用・典拠や筆者なりの解説が多くなり、こうしたものの記載法、引用法について、試行錯誤しています。今回は筆者としては典拠を多く示し、それらを文中に混ぜることと文末にまとめることを半々にしています。

<内容に生命に関わること。内容を古今東西専門横断的にみることが多くなった>

前回の「命名」の「仕組み」にくらべ、今回からは「命名」の「内容」、それも「専門的」なもの、「専門領域」によっては異なって使われている語彙、同語異義語に触れざるを得ません。勢い、素人なりの解釈や解説が多くなります。間違いや誤解も多いかもしれません。ご指導、ご指摘いただければ幸いです。

かつて、米国の大助成財団のリーダーから「助成事業として安易に医療は関わるべきではない」といわれたことを爾来繰り返し反芻しているものとして、今回はできる限りの確認をしたつもりです。

<先ずは「コロナウィルス」という名前の誕生を巡って>

今回は「コロナウィルス」という名前が誕生の様子をまとめました。今の「covid-19」あるいは広く「コロナウィルス」という名称の源泉であって、その当時の世界のものであって、その後現在にいたるまでの知見や使われ方によって、様々な異同があることにご留意いただければと思います。

ラジオといっても「鉱石ラジオ」と「インターネットラジオ」までの歴史で、異同があるのと同様かと思います。

文末・脚注も引用URLを列挙するだけでも大部になってしまい、今回は文中の解説・感想や注の部分と最低限のURLだけを投稿しました。

-00 

COVID-192019」年の「coronavirus disease」からきた略語だ。

coronavirus」の初出は1966 年に TyrellBynoe他が発見したものを、それを1968年に「Nature」誌に送った研究結果を同誌が、以下のように「News & Views」に報じたものだという。発見から半世紀も経っていない。半世紀も経っていないといっても、人類が発見した年で、ウィルス自体の「誕生」がいつだったかはウィルス史・考古学あるいは遺伝子学というものの発達を待つ必要があるかもしれない気がする。(《》内は筆者の直訳に近い訳と解説や感想を記した)

NATURE. VOL. 220. NOVEMBER 16. 1968 p.650《ネイチャー: natureという名詞には「自然」という定訳・妙訳があるが、英語のネイチャー、日本語漢字熟語の「自然」にはそれぞれの社会の幾重にも重なる歴史ほど膨大な解説が必要だが、この固有名詞、雑誌名に関しても、後述するように、含意が深い。とりあえず、世界の2大科学誌の一方の「Science」が「非営利」といわれるのに対し、本誌は自ら「商業誌」だからこその科学誌と誇ってやまない英誌だというにとどめておきたい。また、掲載しているのが650頁。この53,000部発行という週刊誌は、日本の誇る64万部月刊誌「文藝春秋」の約450頁よりは厚い。発行日付1968/11/16は米英「The Jimi Hendrix Experience」「Hey Jude」が流行っていて、日本では三島由紀夫が茨城大学でティーチインしていた頃だ》



https://www.nature.com/articles/220650b0.pdf


VIROLOGY 《ウィルス学》

Coronaviruses 《コロナウィルス:公刊物での初登場だ。ここでは、「vir-us」をラテン語的に「vir-i」ではなく英語的に複数形として「vir-us-es」を使っている。コロナについては次回、ウィルスそのものについてはここの文末に若干、幾分本格的にはいずれかの機会にしたいと思う。ただ、ウィルスの一個一個の「姿」が確認されたのは少なくとも@最初の電子顕微鏡が発明された、1931年以降であること、A現在確認されている種類は4万を超えることに、ここでは書き留めておきたい》

A NEW group of viruses with the name of coronaviruses has been recognized by an informal group of virologists who have sent their conclusions to Nature. (They are J. D. Almeida; D. M. Berry; C. H. Cunningham; D. Hamre; M. S. Hofstad; L. Mallucci; K. McIntosh; D. A. J. Tyrrell.)

They point out that with negative staining 《負染色:電子顕微鏡を使っても、ウィルスは水素、炭素、窒素、酸素等の小さい「軽」元素で出来ており、電子を散乱させ、コントラストが殆ど見えないので、重金属を境目に染色し付着させて、写真のネガのように、構造をみられるようにした方式》 , avian infectious bronchitis virus 《鶏伝染性気管支炎ウィルス:鳥類に感染するウィルス》 has a characteristic electron microscopic appearance resembling, but distinct from, that of myxoviruses. 《(動植物が分泌する)粘液/鼻汁ウィルスという意味のラテン語から最初は命名されたようだが、その後、語義が大きく拡張・変化したようで日本では英語もしくは片仮名のミクソウィルスとそのまま使われているようだ》 Particles are more or less rounded in profile; although there is a certain amount of polymorphism, 《沢山の形:一般的には多型と訳される。そのまま日英語で、近年のコンピュータ用語にも使われるが、ウィルスの領域では遺伝子が、ごく一部であるが、固体差として多くの種類の型をとっていることに着目した用語のようだ》  there is also a characteristic "fringe" of projections 《「境界」的な突起:ここでは“”によってフリンジが表現され、色々な意味を喚起させ、深く未確認のものを示唆しているようにみえる。米国のテレビドラマ「フリンジ」を思い出させる。”pro-jection-s”はラテン語の”前方にー抛る“から由来している。Jet ジェット、 object オブジェクトや最近はみることが少なくなってきた eject 取り出し記号⏏等の仲間。飛び出しているイメージなのだろうか》  200long 《Å=オングストローム:かつてはともかく、今は、国際単位系では認めていず、日本の計量法でも限定使用とされていながらも、「ナノ」よりは、電子顕微鏡の分解能に対して、丁度ほどよい長さの単位だからと思われるが、領域によっては広く使われている。ナノ・メートルの1/10、ピコ・メートルの100倍の間にある単位。》  which are rounded or petal shaped, rather than sharp or pointed, as in the myxoviruses. 《ミクソウィルスの、鋭く、もしくは尖っている形、よりは、円もしくは花弁の形:ここがコロナと名付けた、命名者自らの記録だ。見た目が一致するから中身がストレートに一致するとは限らず、遺伝子分析等、生物学の発展とともに世間一般での画像が飛び交う社会で、現代的な課題となってきた注意を要する名付けでもある。特に、外形から命名され、さらに、今回のように画像が世間一般に溢れる世界になって、この記事の最後にあるように特別な留意が必要だと思われる典型例だ。懸羊頭賣狗肉、羊頭狗肉とウィルスに騙されないよう細心の注意が必要だと思う》 

This appearance, recalling the solar corona太陽コロナを思い起こさせる姿:おそらく公刊物で「コロナ」の名称の由来を解説したはじめ》 , is shared by mouse hepatitis virus 《マウスの肝炎ウィルス:“-itis”という接尾辞は「arthritis」疾病由来の関節の炎症として1540年代に、以来「炎症」一般にひろく使われるようになった。ラテン語的に使われるときの複数形は“-ites”》 and several viruses recently recovered from man, namely strain B814, 229E and strainは「株」と日本語ではまま訳されている。「緊張;stress」の仲間の語彙とは違って、「拡散」「系譜」といった語源をベースに「street」や「strategy」の仲間。「bleed=ブリード」よりは緩い動物・家畜の系譜のようなものの区分として使われていたものを、もとよりウィルスは生物と認めらないため、生物分類に使われる「種・属」といった語彙が使われないことから、援用したものらしい。ストレーナーという派生名詞のように圧迫して「濾過」するという「緊張」に近い語彙の仲間の動詞との用法・語意との交差が見られるようでもある》 several others. These viruses also share a number of other properties as indicated in the table. (Anyone interested in the data on which the table is based may obtain a short bibliography on application to Dr D. A. J. Tyrrell at the Common Cold Research Unit, Salisbury, Wiltshire.)

PROPERTIES OF THESE VIRUSES

 

Avian infectious bronchitis
《鶏・伝染性・気管支炎》

Mouse hepatitis

Human strains

Size. Filtration
《濾過:布のフェルトの仲間の語彙》
     Electron microscopy*



80-120 mμ

80-120 mμ

100 mμ

89 mμ

80--160 mμ

Characteristic surface structure

+

+

+

Essential lipid (ether lability)
《基礎脂質・エーテル不安定性》

+

+

+

Apparent ribonucleic acid content
(unsusceptibility to DNA inhibitors)

《顕在リボ核酸成分・DNA阻害剤非感受性》

+

+

+

Density of infectious unit

118

?

1−19

Replication in cytoplasmic vesicles
《細胞質性・小胞・複製》

+

+

+

* Negative contrast technique----projections are included in the diameter of the particle. 《直径には突起が含まれる》

Some other relevant properties should be mentioned. There is an antigenic《抗原的関連性》 relationship between the human and murine strains, but none has been detected between avian strains and the others. A haemagglutinin《赤血球凝集素》has been detected by certain workers using avian infectious bronchitis virus and also antigens separable from the virus particle, but these have so far not been recorded for the human or murine strains.


In the opinion of the eight virologists these viruses are members of a previously unrecognized group which they suggest should be called the coronaviruses, to recall the characteristic appearance by which these viruses are identified in the electron microscope. 《「これらのウィルスは電子顕微鏡上で認められる特徴的な外観に基づいて「コロナウィルス」とよぶべきだと提案した」と明記されている》

These suggestions have been received by members of the Myxovirus Study Group (chairman, Professor A. P. Waterson) under the International Committee for the Nomenclature of Viruses (ICNV)ICNV:1966年設立の組織で、1977年に”nomenclature ()命名法” が “taxonomy分類法”に代わって、改称、略称も “ICTV” に変わった》. The suggestions were found acceptable and are now to be considered by the Vertebrate Virus Committee of the ICNVICNV 6小委員会――@Bacterial Virus、ACode & Data、BVertebrate Virus、CPlant Virus、DInvertebrate Virus、ECoordination――で実質的には4つの区分であったものが、現在のICTV6小委員会(101スタディ・グループ)――@Animal DNA Viruses and Retroviruses、AAnimal dsRNA and ssRNA- Viruses 、BAnimal ssRNA+ Viruses 、CBacterial and Archaeal Viruses 、DFungal and Protist Viruses 、EPlant Viruses――ではある。名称一つとってみても、僅か半世紀の間に、いかに、格段に細かく区分されるほど研究が日進月歩していることが分ると同時に、今現在も研究が急加速状態にあることが想像される》


つづく

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「新型コロナウイルス」という名称の背景――その1−1 命名の手順・権威 @ [2020年03月09日(Mon)]

今回そして次回は「COVID-19」という名称の命名手順を巡る、世界、そして日本での動きについて、この段階で整理しておきたい。今回は、まずは、命名の手順・権威から

A-01-00 命名の発表

COVID-19」は公衆衛生の世界の権威、WHOが命名した2019年から始まった新型感染症の「正式名称」だ。

このHPが、最初に公式に、命名を発表したもののようだ。

A-O1-01命名の主文

元々「2019 novel coronavirus」(直訳:2019新型コロナウィルス。以下(イタリック)直訳したもの)と呼んでいたものを次のように変えたという、、

Disease(疾病)

coronavirus disease(コロナウィルス病)

(COVID-19)

Virus(ウィルス)

severe acute respiratory syndrome coronavirus 2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2

(SARS-CoV-2)

https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/technical-guidance/naming-the-coronavirus-disease-(covid-2019)-and-the-virus-that-causes-it

A-02 命名の手順

次に、上記のように、どうして、疾病やウィルスをそれぞれの違った名称で呼ぶかを解説している。

A-02-01 ウィルス名

ウィルス名については、遺伝子構造に基づき、検査、ワクチン、薬の開発のためのネーミングとうことで、

International Committee on Taxonomy of Viruses (ICTV).が決定する。

この委員会の日本語名は、厚労省のHPをみても「国際ウイルス分類委員会」「国際ウイルス命名委員会」「ウイルス分類に関する国際委員会」の三つがあるようだが、見方・立場・派閥の違いか分からないが、「taxonomy

という英語の訳し方と、「〜に関する」といった日本語における漢字熟語の作り方の背景も絡んでいることに間違いないが、ここでは、棚上げしておきたい。

A-02-02 疾病名

疾病名については、疾病予防、拡散、感染性、重症度、治療についての議論を可能とするためで、こちらは、International Classification of Diseases (ICD).に基づきWHOが公式に決めたという。

殆どの日本語サイトでICDは正式名称があって「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)」と記載されている。

A-03-00 WHOでは下図(大きい画像は、画像検索をかけてもネット上でみつからない)のように、「WHO-FIC Network国際分類のファミリー・ネットワーク」を紹介しており、主要にはICD-11,ICD-10ICF、 ICHI4つがあって、他にそれらに関係もしくは依拠する分類が8つもあるという。

FIC.jpg

(かつて70年代、雑誌が雲霞の如く創刊されていた頃、雑誌(「知の考古学」だったと思う)の「分類学」特集に出会って以来、「分類」というテーマに「摂り憑かれ」ているが、この疾病名についてのWHO自らが紐解いているものの、ここでは、「命名」に集中したい)

要は1990,に採用を(開始された)ICD-102019年に採用されたICD-11それぞれが、世界各国に実用化されるまでの間は長い年月を必要とし、前者の一定程度の普及を含めて、両者が併存する期間を想定し、ICD-11には新しい知見も数多いものの、ファミリーの成長もあったのだろうか、一筋縄ではいかないようだ。

https://www.who.int/classifications/network/en/

A-03-01ICD-11、国際疾病分類

とまれ、ICD-10で使われている長い名称は、ICD-11,では、「International Classification of Diseases」と短い名称になったことが、「ICD-11Implementation or Transition Guide」の最後の補遺にある用語集で確認される。

https://icd.who.int/docs/ICD-11%20Implementation%20or%20Transition%20Guide_v105.pdf

A-03-02-00 日本での日本語名称

日本語での名称については、平成30618日付けの「国際疾病分類の第11回改訂版(ICD-11)が公表されました」という「報道関係者各位」向けの文章の最後に

「正式名称は、疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)」と解説されており、2020/03現在もこの文書が、「国際疾病分類関連情報」という厚労省のHPのリンク集にある。

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000211217.html

A-03-02-01ICD-10に依拠する日本での日本語名称

このリンク集のトップにある、「疾病、傷害及び死因の統計分類」では

「最新の分類は、ICDの第10回目の改訂」版として、1990年の第43回世界保健総会において採択されたものであり、ICD−10(1990年版)と呼ばれている。

 現在、我が国では、その後のWHOによるICD−10のままの改正の勧告であるICD−10(2013年版)に準拠した「疾病、傷害及び死因の統計分類」を作成し、統計法に基づく統計調査に使用されるほか、医学的分類として医療機関における診療録の管理等に活用されている。

 なお、この度、統計法(平成19年法律第53号。以下「法」という。)第28条第1項の規定に基づき、法第2条第9項に規定する統計基準として、平成27年2月13日付け総務省告示第35号をもって「疾病及び関連保健問題の国際統計分類ICD−10(2013年版)」に準拠する改正が行われた。改正された「疾病、傷害及び死因の統計分類」は、平成28年1月1日から施行し、同日以後に作成する公的統計(法第2条3項に規定する公的統計をいう。)の表示に適用される。」

のようにICD-10が主要になっていて、ICD-11については、次をみても膨大な作業が行われているようだ。

「第22回社会保障審議会統計分科会疾病、傷害及び死因分類専門委員会」

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_06891.html

その作業の組織的な体制は上記委員会の「【参考資料6】我が国におけるICD検討体制」で俯瞰できる。

https://www.mhlw.go.jp/content/10701000/000550224.pdf

A-03-02-03ICD-10ICD-11との相違

この委員会の「第21回」の「資料1PDF ICD改訂の概要」には経緯とICD-10ICD-11との対照が俯瞰できる。

https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000452494.pdf

A-03-02-04ICD-11の日本語訳体制

また、和訳作業の一端が、「資料2ICD-11の和訳の取扱について(案)」には基本的に

「、、、訳語に用いる日本語表記は、日本医学会医学用語辞典における取扱を基本、、、」とし、

一般的な英語で共通するものについては、

「、、、(参考)事務局案を作成する際に用いた定型訳の例、、、」

最後には、それぞれの専門領域別に各学会等に割り振られている表が記されている。

https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000482221.pdf



つづく(長すぎたの分割します)


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国コードにみる――国とは――01「IOC」の国コードから@ [2019年02月08日(Fri)]

承前 

00-00 IOCの「国コード」を概観する

さて、2020年を控えていることもあり、

FIFA Fédération Internationale de Football AssociationInternational Federation of Association FootballInternationaler Verband des Association FootballFederación Internacional de Fútbol Asociación:「公用語」は仏・英・独・西)や

ISO International Organization for StandardizationOrganisation internationale de normalisationМеждународная организация по стандартизации:「公用語」は英・仏・露)国際標準化機構の「国コード」の前に、一般的に目に触れる機会が多いと思われるオリンピック、

IOCComité international olympiqueCIOInternational Olympic CommitteeIOC「公用語」は仏・英)国際オリンピック委員会の国コードから探っていきたいと思います。

<*公用語の数・種類、そして順位ならびに略称が何語に基づいているか、そもそも「公用語」とは何か、といった考察はいずれ折をみて考えたいとと思っています>

最初に、そもそも、「国コード」アルファベット3文字が「コード」している、オリンポスの「神々」ならぬ、オリンピックの「国々」を眺めてみて、「コード」の妙に触れたいと思います。

できれば、順をおって、

@今回からしばらくは、これまでの特異・特徴的な「国コード」を探り、次に、

A1896年の世紀末、第1回のアテネ・オリンピックをもって始められた、今いう「オリンピック」の前やその後、様々にあった「アナザー」オリンピックを概観し、近代オリンピックなるものの形成史をみながら具体的なイメージを掴みながら、

B元々、これらのオリンピックが模したという「古代」オリンピック、それも紀元前8世紀から394年を最後に、千年以上、293回も続いたオリンピック、さらには、その「古代」オリンピックもまた「復活」されたものだという元祖「前古代」オリンピックを確かめ、あらためて戻って、

C何故、19世紀末にオリンピックが「近代」オリンピックとして、ギリシアの「古代」オリンピックになぞられて「復活」し、32回を数えるようになったかをみていきたいと思っています。


00-01 コードという命名を成り立たせるもの、権威、権力、金力そして市民

複雑な世界史の「現実」の「映し鏡」、故に、入り組んではいますが、逆にいえば、具体的に「国」や「コード」というものを具体的な視点を探れるものだと思っています。

抽象的にいえば、「命名」というものに必要な背景の一端を具体的にイメージするには最適かと思われます。「命名」とは権威、権力、そして、特に近代にあっては、この二者と密接不可分な金力、のバランスがあり、それらを「支持」する人々、自由な「市民」によって成立している様を垣間見ていけると思います。それが、このブログでこのテーマを紹介する大きな理由の一つです。


そういった意味でも、厳密に紹介すると、様々な、立場、経緯と思惑が錯綜するので、注釈・注記が多く必要です。毎度、注記・注釈していると、なかなか進めないと思うので、徐々に、厳密にしながら、大雑把に紹介していきたいと思っています。

例外や、概念設定が一般の理解と違っていたり、複雑なものや、歴史に応じて変わってきているものであったり等々、注記・注釈すべきと思われるものについては、とりあえず、アステリスク「*」や<注記>を記し、後日、機会のあるときに紹介したいと思います。


01-01 IOCの国コードとはNOC国内委員会の国コード

さて、IOCの「国」コードと、ここで簡単に記しているものは、国際オリンピック委員会を成り立たせている<*一般的には「本組織」あっての「委員会」ですが、それ自体が「組織」という「奇妙な」形態です>、各国の「国内委員会」、NOC、の「コード」です。そういった意味の「国」です。

<*NOCの形態、法的・社会的位置づけは、国によって違いますが、いうまでもなくIOCによって「承認」されているものです。日本は現在は「公益財団法人日本オリンピック委員会」ですが、以前は大日本體育協会の一委員会として設置され、独立した法人ではありませんでした>

「国」としてどの程度、認められているか、認められてきたか、あるいは、人材、財力があったか、あるかによって存在が危ういものや、維持できないもの等々、国家の存亡と不即不離ながら、様々に「ずれて」存在する「委員会」がありますし、ない「国」も少なくありません。

とりあえずは選手が所属する「国」のコードと緩く考えておきましょう。

<*そもそもオリンピックは「公式」には「国」ではなく「個人」として参加することになっていますし、初期の頃は、異なる「国」の「所属」や「国籍」の選手が混合して形成されたチームもありました>


01-02 上部組織も、下部組織も様々なNOC

NOC自体も、その成り立ちからしても、現在的にも、実質的に組織のグループや傘・アンブレラ組織であることが多く、地方や年齢、種別、プロ/アマといった組織によって「支えられて」いて、その形態・構成は国よって一様ではありません。さらに、これらの「傘下」組織もまたそれぞれに「全国的」な連合体になっているのが自然です。


01-03 しかも、NOCの下部・傘下組織がIOC以外の下部・傘下組織でもある

また、各国のこうした「全国的」な各スポーツ組織自体も、多くの場合、FIFAや国際陸連などにみられるような、IOCに肩を並べるほど力をもったものを含めて、全世界や大陸規模の国際的な連合組織をもっています。

<*因みにIOCは、20192月現在、委員は96名。法人ではなく、自然人、しかも各国のNOCという法人の代表でもありません人達です。その他に名誉委員長1名、HONORARY MEMBERS名誉委員45名、それから米国のキッシンジャーもその一人であるHONOUR MEMBERS栄誉委員(拙訳です)2名。半分は元スポーツ選手であったりしますが、以前は欧州の王侯貴族をはじめ、経歴が詳らかになっていない人達が多いといわれました>


01-04 スポーツ種目、スポーツ選手の「所属」

各スポーツ種目、そして、各スポーツ選手は様々な組織に「所属」、「籍」をおいていることになります。例えば、ドーピング問題や、若年層のオリンピックへの参加を巡って、それぞれの上部団体が微妙に食い違いをみせることがあります。

でも、こうしたNOCによって認められたり、「バックアップ」されたり、「裏書き」されたりする「参加者」だけではオリンピックは成り立ってきませんでした。


02-01 2016年、はじめて登場した「ROT

リオで暖かい拍手で迎えられた、Refugee Olympic Team、難民オリンピック・チームの「国」コードだ。最初はTeam of Refugee Olympic Athletesからとって、ROAのコード名でよばれ、オリンピック旗の下に参加した、10名の選手団のことです。


02-02 非「国コード」と国際QUANGOとしてのIOC国際オリンピック委員会

Independent Olympic Participants (1992)Individual Olympic Athletes (2000)Independent Olympic Athletes (2012)と、これまで「独立/個人・オリンピック・参加者/アスリート」とよばれてきた通常の「国」コードをもたない選手の「国」コードのうちの一つです。

この「チーム」を2020年の東京オリンピックにも「継承」されることがIOCの昨2018109日の集まりで発表されました。

IOCの国際QUANGOとしての面目躍如たるこの声明は、残念ながら、主催国である日本にはあまり報道されていないこともあり、幾分長いですが、とりあえず、全文英文原文を紹介し、今回は擱筆します。


IOC CREATES REFUGEE OLYMPIC TEAM TOKYO 2020

THERE WILL BE A REFUGEE OLYMPIC TEAM AT THE OLYMPIC GAMES TOKYO 2020. THIS DECISION WAS TAKEN TODAY BY THE MEMBERSHIP OF THE INTERNATIONAL OLYMPIC COMMITTEE (IOC) AT THE 133RD IOC SESSION IN BUENOS AIRES. THE INITIATIVE IS A CONTINUATION OF THE IOC’S COMMITMENT TO PLAY ITS PART IN ADDRESSING THE GLOBAL REFUGEE CRISIS AND ANOTHER OPPORTUNITY TO CONTINUE TO CONVEY THE MESSAGE OF SOLIDARITY AND HOPE TO MILLIONS OF REFUGEE AND INTERNALLY DISPLACED ATHLETES AROUND THE WORLD. 

The IOC Session has mandated Olympic Solidarity to establish the conditions for participation and define the identification and selection process of the team. These elements will be carried out in close collaboration with the National Olympic Committees, the International Sport Federations, the Organising Committee Tokyo 2020 and the UN Refugee Agency, UNHCR.

The announcement of the Refugee Olympic Team Tokyo 2020 members will be made in 2020.

IOC President Thomas Bach said: “The IOC Session has once again endorsed this initiative. In an ideal world, we would not need to have a Refugee Team at the Olympic Games. But, unfortunately, the reasons why we first created a Refugee Olympic Team before the Olympic Games Rio 2016 continue to persist. We will do our utmost to welcome refugee athletes and give them a home and a flag in the Olympic Village in Tokyo with all the Olympic athletes from 206 National Olympic Committees. This is the continuation of an exciting, human and Olympic journey, and a reminder to refugees that they are not forgotten.” 

UNHCR High Commissioner Filippo Grandi commended the decision: “In 2016, the Rio refugee team captured the imagination of people around the world and showed the human side of the global refugee crisis through sport. I’m delighted that this tradition is to continue in Tokyo. Giving these exceptional young people the opportunity to compete at the very highest levels is admirable.”

Back in 2015, the first-ever Refugee Olympic Team was formed by the IOC. Ten athletes were chosen to represent people who are too often forgotten. It was a historic moment in Brazil when a team consisting of refugees participated for the first time ever in the Olympic Games at Rio 2016. As they marched in the Opening Ceremony, two swimmers, two judokas, a marathon runner and five middle-distance runners who originally hailed from Ethiopia, South Sudan, Syria and the Democratic Republic of the Congo became instant role models for the 68.5 million or so refugees and internally displaced people, and true global ambassadors for the values of Olympism.

Since the Olympic Games, the IOC has continued to support these 10 Refugee Olympians, as well as a number of other refugee athletes across five continents via Olympic Solidarity’s Refugee Athlete Support Programme. Through scholarships, which come in the form of monthly training grants and fixed competition subsidies, Olympic Solidarity and their host National Olympic Committees help these refugee athletes to prepare for and participate in national and international competitions. UNHCR, through its long term collaboration with the IOC, plays a crucial role in all stages of selection, approval and follow up of the athletes.

Furthermore, in September 2017, the IOC launched the Olympic Refuge Foundation to support more broadly the protection and empowerment of vulnerable displaced people through sport and through the creation of safe spaces; again, partnering with UNHCR and local implementation partners in the field.

For the last 20 years, and with the collaboration of UNHCR, the IOC has been providing relief to refugees and internally displaced people by using the power of sport to promote youth development, education, social integration and health. These actions have brought the joy of sport and the related psychological healing to refugee populations in many camps and settlements around the world.


続く

国コードにみる、国とは―――ブログ再開 [2019年01月18日(Fri)]

とても長い休載から、再開することにしました。14年たって360回目の投稿のようです。


00-01 「コード」が織り成す「価値体系」「価値基準」「命名者」

オリンピック・パラリンピックが迫り、平成も終わりに近づき、現場を離れた身として、「国コード」「言語コード」等々の「コード」の狭間を探ることによって、今一度、現実存在として「国」として扱われていない地域に「属する」人々とは何かを考え、逆に、国とは何か、市民とは何か、NPOとは何か、NGOとは何か、を考えていきたいと思います。

00-02NPOとは何か、NGOとは何か

元々、canpanサイトが開いた当初の2005年にNPOとは何か、NGOとは何か、といったことを発端に、世界や歴史の文脈の中で現場にいながら感じるままに、其処彼処に脱線しながら、記してきたのがこのブログの経過です。
国コード等については、13年前の、2006年から長きにわたって、他のブログにも飛びながら、掲載していますが、当時は、表等の掲載が難しかったもあり、手間取りましたが、国際情勢も変化したので、稿を最初から改め、新たに、少しずつ積み重ねて掲載していきたいと思います

これまで、タグが増え過ぎたこともあり、今回から、いささか煩わしいかも知れませんが、タイトル、そして各項目、付属物等に附番し、相互引用することにしました。長文化や、本題と別記、注記を区別し、ULを簡単にし、連載の遅滞を避けるためですが、うまく扱えるかは不明です。:)なお、従前と同じく、引用は自由にして下さい。間違い等ありましたら、ご連絡いただければ幸いです。

まず、3つの「国コード」の違いを比較できるように「excel」の表にしました。矢印右側の青字部分をクリックして下さい→2019jan18.xlsx


01-013命名組織「 IOC」「FIFA」「 ISO」の比較から

まず、最初に、simple english「語」版、wikipediaの「Comparison of IOC, FIFA, and ISO 3166 country codes」から採取した表に若干手を加え、掲載します。
まず、一番馴染みが深いであろう、アルファベット3文字によるオリンピックのIOCの国コードのアルファベット順に並べ、次にサッカーのFIFAの国コード順に、最後に国際標準化機構、ISOの国コード順に並べてあります。

01-02 そもそも「 ISO」から零れる「国」

まず、注目していただきたいのは、そもそも、ISOのコードを与えられていない「国」は掲載されていないことです。いわゆる「国際」的に「国」として認められていない国々が中心ですが、イングランド、スコットランド、北アイルランド、ウェールズという連合王国の4か「国」もあります。また、実質的に永久欠番のようになったコードや「予約」されているコードもあります。

01-03 「 IOC」「FIFA」「ISO」命名者から「零れる「国」」

そして、IOCFIFA、そしてIS0に国コードが授与されていない「国」には、その空欄に背景色を付けました。多くがオリンピックにチームを出せない小「国」サッカーに縁遠い小「国」や、逆に、UKのようなサッカー強「国」です。

01-04 「 IOC」「FIFA」「 ISO」が同じコード世界の「主要国」

次に、太字で示しましたものは、三者から、授与している国コードが同じものです。良く知られている国々で、大雑把にいえば、「本名」が変わっていないか、世界で時代や命名組織によって位置づけが揺れ動いていないか、似たような「国名」の後発「国」によって左右されていない国々です。

国名や国としての正当性をせめられている国もあります。

逆に細字の国々は統廃合や国名が変更された等の歴史が刻まれているものもあります。本表は、今現在のものですが、「国」によっては各コード体系の中でも、激しく変化しているものも少なくありません。

01-05 「 IOC」「FIFA」「 ISO」の「価値基準」「価値体系」――命名者の考え方、受名者の勢い、と命名時期のずれ

赤字で示したものは、「国コード」が命名組織によって共通していない、もしくは異なるものです。命名組織によって、歴史や見方が違ったり、命名組織の中にあって「勢力」の勢いや先行・後行の違いがあったり原因です。

権威と権力の微妙な塩梅の違いがあらわれています。


02-01 注記・別記の「予告」

前記のように、長文化を避け、ULを簡単にし、連載の遅滞を避けるため本題と別記、注記を区別し、後日、随時、紹介・掲載しようと思っていますが、その「予告」です。

@命名者とは何か。

IOC」「FIFA」「ISO」とはなにか。現代の「神」たる標準化・平準化を現実化できる「権威」と「権力」・「金力」の源泉がみえるかと思いますし、その典型としての現代世界におけるスポーツの在りかたもみえてくるかと思います。

A名とは何か。

名の体系、他の「国」コードを含めての全体像の様子。そもそも「国コード」が生まれる背景にはグローバライゼーションというものの本質が垣間見えます。

また、本表はかつて、台風、ハリケーンの命名者、命名システムについて掲載しました。この命名の総本山は、奇しくも、といおうか、然るべくして、最古の「国際」「NGO」もしくは「QUANGO」もしくは「多国間」機関であるWMO世界気象機関です。戦争になると、天気予報・気象情報は鎖国的になり国家機密になるといわれる一方、隣国・他国の国際的な協力なくして予報はできません。かように、国際的な名というものには、国際的に、便宜的な妥協の所産の歴史が見てとれると思っています。

Bさらに、「本名」とは何かという問題を探ってみたいと思います。今回の、この「表」はWikipediasimple english 語版が使用している「略名」をそのまま掲載しています。そして、命名者が他称としてつけた略称に基づいていると考えられます。それぞれの国では、それぞれの国なりの「権威」と「権力」を駆使しての仕方で、それぞれの言語で、「本名」が「決まっている」ように思われます。言語が複数ある国も少なからずあります。連合国家で、「州」毎に違う言語を「正式」「公式」に使用している国や混在している国もあります。それぞれの準「権威」と準「権力」が「命名」しているかと思われます。「国際的」には英語やフランス語での「本名」や「略名」は外国との「外交関係」をもっている国ではどんなに愛国主義的であっても必須であろうし、国連の場においては国連公用語毎に決まっています。「コード」より複雑な物語がいくつもあります、

C言語とは何か

simple englishをはじめとするWikiにおける「語版」の世界。20191月現在の「Wikipedia: 全言語版の統計」によると「20181125 () 09:40 (UTC)現在304言語」で、5千万記事弱だそうです。多言語インターネット百科事典プロジェクト「ウィキペディア」の名の通り、数もさることながら、全記事を検証できる人はいないと思われる世界について考察したいと思っています。他のブログでも追いかけてきたこともあるくらい、多岐にわたっての話題がみられ、このための独立ブログも考えています。国コード以上に、言語コードの世界はもっと観念的であり、かつ、現実的でもあります。

Dコードとは何か

日本でもISOが万能でないように、あるいは尺貫法が未だに一部、活きているように、世界でも、国際的・多国間的にも、様々なコード体系があります。有用・無用によってコードは様々です。米国で「通用」していないメートル法をみるまでもなく「単位」という究極のコードもありますし、各国が頑なに守っているコードも少なくありませんし、それを世界でも通用させようとしているものもあります。お金にハード・カレンシーがあるようにコードにも剛柔があるかと思われます。そして、様々なソフト・パワーに繋がるかと思います。


こうした、別記、注記を、本記と合わせて、無名有実、無名者とは何かを探っていきたいと思っています。


99-00 断り書き

@誤記・誤解は多々あろうかと思います。お知らせ頂ければ幸いです。

A全てにおいて原語がベストだとは思っていますが、残念ながら、見知らぬ文字の誤記・誤解のみならず、環境によって文字化けが避けられないと思っています。それでも、カタカナ表記よりは若いささかでも雰囲気が伝えられると思い、アクセント記号等を無視し「疑似的」に単純な「記号なし」のアルファベットによって表記します。






補題――暦とは(その4)――旧暦対照表 全日版の少し長めの註釈その1――ユリウス通日 [2016年03月16日(Wed)]

承前

暦はローカリティとグローバライゼーションの交差する典型だ。
アジア社会のグローバライゼーションに西欧社会のグローバライゼーションが重なった、日本の暦の由来や起源、考え方を記しだすとキリがない。
とりあえず、そうしたものはなるべく、別に譲り、作成した暦の表を実用するための最低限の解説を紹介したい。
なお、本項では、明治6年に日本が西暦、グレゴリオ暦を採用した以前のものを「旧暦」とよぶ。
因みに、グレゴリオ暦は現在、世界の殆どの国々で使われているもので、西欧で始まったもので、一般的に日本では「西暦」とよばれているものだ。欧州諸国ではユリウス暦がその前に使われていた。「西暦」については後述するように若干の注意が必要だ。
本項は国立天文台の「暦Wiki」をはじめ多数の資料・サイトを使用・参考にした。
まず、最左欄から
今回は。連番、そして、ユリウス通日について解説したい。

1.≪連番とユリウス通日

○期間

連番は1000010から順に10おきにとっているので、「期間」を求めるときは、連番の差を10で割ればよい。

1000010

甲寅

嘉永

7

1

1

先勝

辛丑

1854

01

29

1854

01

17

○この表の最初の日のユリウス通日

嘉永711日の正午(現在通用している日本中央標準時)は「ユリウス通日」でいうと

2,398,247.62500 だ。

1069430

癸酉

明治

6

1

31

先勝

癸未

1873

01

31

1873

01

19

○この表の最後の日のユリウス通日

明治6131日の正午(現在通用している日本中央標準時)は「ユリウス通日」でいうと

2,405,189.62500 だ。

○この表の任意の日のユリウス通日

従って、この表の任意の日の正午を「ユリウス通日」で表すには、

「連番」を10で割り、2,298,246.625を加算すればよい。

2.ユリウス通日の概要

◎年月から独立し、「紀年法」を超えたユリウス通日

ユリウス通日は様々な「暦」、「calendar era 紀年法」で共有するための年月は使わず日数だけの数え方。

この後、順をおって解説したいが、とても長くなるので、とりあえずのポイントは

@「1日」という区切りは、「1日」の内のどの時刻を区切りとするか(日の出か、「0時」か等)は別として、地球に住むすべての人間にとって、地球の自転という、自然の営為によるもので、人間の力では変え難いものであり、共通しているのみならず、人間の営為に大きく影響している。

A他方、「年」や「月」は、人間の居住地や信仰の違いによって違う「暦」によって違うとらえ方がされている。

B従って、世界中の人間が共通して使える時のとらえ方としては、つまりは「暦」を超えてとれるには「日」の単位しかなく、ある日をその基点として、通して何日目か表現するために考案された。

Cこの基点として、当時の考案者にとって、おそらくは、暦を超えて、つまりは暦に共通して使える日として、B.C.紀元前4713が基点、最初の日とした。

3.ユリウス通日の基点、0日

B.C.紀元前4713が基点、最初の日

ユリウス暦での、マイナス4712 (紀元前4713) 11日を0日としたときの経過日数のこと。

○通常の暦と違って0日が基点

通常の暦では0日とか0年はない。このため、紀元を挟んだ期間計算がしにくい。

◎表記の仕方

1日以下を時間や分数でなく、小数で表記し、英語ではJulian Date (JD)といい、日だけをいうときJulian Day Number (JDN)といったりもする。

4.ユリウス通日の由来

◎名前の由来

名前は、ユリウス暦の名前の由来として知られる古代ローマ帝国の皇帝のことである説と、別人の考案者の父の名前であるとする説とが混在。

ユリウス日ともいい、混乱が起きやすいにもかかわらず使われており、いわゆる、ユリウス暦の日日との区分は文脈で判断するしかない場合も生じる。

本ブログの表でも簡易的な表記で「ユリウス日」という見出しを使っているが、いうまでもなく、これはユリウス暦上の年月日の「日」付を表すために筆者が勝手につけたもの。

リウス通日を考案したスカリジェとは?

○フランス生まれのスカリジェ

1582年のグレゴリオ暦への改暦の時代、フランスのAgen アジャン生まれで、カルヴァン主義者としてスイスに亡命していた近代における「年代記」のJoseph Justus Scaligerジョゼフ=ジュストゥス・スカリジェ1540/08/051609/01/21により1583年に考案された。

○年代記の再生者

スカリジェはそれまでの様々な「暦」をまとめあげ、Opus de Emendatione Temporum (1583) Thesaurus temporum (1606)により、近代西欧世界にクロノロジー、Chronologie、「編年」や「年代記」という概念を再生、再編成した立役者として知られる。

○ルネサンス「万能人」だったスカリジェの父親

そして、ユリウスは父の名前からとられていると多くで解説されている。父はイタリア生まれであるが、ルネサンス期のフランスで「万能人」として知られており、ラテン語名でJulius Caesar Scaligerユリウス・カエサル・スカリゲル( 1484/04/23 –1558/10/21 )、仏語名でJules César Scaliger ジュール・セザール・スカリジェ、伊語名でGiulio Cesare della Scala ジュリオ・チェーザレ・デッラ・スカーラといわれた。

○名前の由来はローマ皇帝なのか父親なのか

英語版Wikipedia をはじめ、いくつかの資料では、スカリジェ自身が全8集の自作「 Opus novum de emendatione temporum時の補正に関する新考」(1583)の第5集 で "Iulianum vocavimus: quia ad annum Iulianum dumtaxat accomodata est", which translates more or less as "We have called it Julian merely because it is accommodated to the Julian year."とユリウス暦からユリウス通日をとったとして、ローマ皇帝由来だとしている。

○名前の由来は、やはり父親

もっともこの説に対し、そもそも当時、ユリウス暦という言い方がなく、この文意の解釈を逆にとらえた反論もある。反論の中には「デジタル時計ができるまでは、時計とはすなわちアナログ時計だったが、当時はアナログ時計といわなかった」と例示している。

○歴史の一人歩き

筆者ややこの反論に近い感触を持っているが、断言し難いと思う。「歴史」が一人歩きし、時が経つとこうした混同が起きたり、混同が起きたこと自体検証できなくなったりすることはままあると思われる。とりわけ、本題で話題にしている明治の混沌にはそういったものが溢れている。

この暦を巡る名称問題も今となってはわからない。

5.−4712 (紀元前4713) 11日ユリウス通日の0日にした理由

○不揃いな三つの周期のズレ

スカリジェの時代、暦の間の異同の一因でもあった、三つのタイプの時の取り方によって生じる「年」と「月」の間の不揃いが(ほぼ)なくなるのが、それぞれ28年、19年、15年周期であった。

○三つの周期のズレが揃う年

従って、それら全ての「不揃い/周期」同士の「不揃い/周期」がなくなるのは、これらの最小公倍数、7980 (28×19×15) 年おき。

○三つの周期のズレがない日

ユリウス通日を定めるときの直近過去で、この7980年おきの周期が始まる、全ての「不揃い/周期」が揃う日の−4712年(紀元1年から始まって、紀元0年がないので)、紀元前4713 11日を0日目とした。つまり、次に揃うのがおよそ1200年後。それぞれの周期については次の通り。


この項は、筆者が作成した、
の解説の一部です
この補題の最初は
です

米国npo活動の多文化性(6)―国名、国号、そして再び命名という「権威」 [2015年09月18日(Fri)]

承前

欧州はここで一段落しよう。これまでの記事を念頭に、大国や帝国の興亡を巡り、日米というクニの異同、さらには米国というクニの多文化性、日本にとっての多文化性などについて考えてみたい。

大国の興亡というが、大国とその他のクニとは何が違うのだろうか?

<国名>

その前に「国号」というクニの呼称の一種について考えてみたい。

日本も、直近の70年「日本(国)」という呼称に次いで、短い間、「大」日本「帝国」と称していた。

<大日本帝國>

大日本帝國憲法の発布(1889/02/11)もしくは施行(1890/11/29)から日本國憲法の施行(1947/05/03)までの60年弱の命脈だ。この憲法も直前まで、日本帝國憲法だったらしい。

日本帝國の他に大日本國日本國それから日本など、内外の政府関係公文書でさまざまに表記されていた。

オオヤマト」が大日本大倭、「スメラミクニ」が帝國皇御國、「ミカド」が御門などと、とりわけ、大日本帝國時代を経て歴史の絡み合いを紐解くのややこしい。

二ホン」なのか「ニッポン」なのかの読みについても定まっていない。

<国号>

国号という表現が日本語にはある。その解釈は様々だ。英語では国名の「country name」と同じになるか、ないというしかなさそうだ。不思議だ。クニ関係の語彙というものは対外意識、対外関係に起因しているはずだ。それなのに、英語圏にはない概念だとすると、中国語由来だろうか。ちなみ日本語版wikipediaでは他言語版として韓国語と中国語だけが表示され、それぞれをみるとお互いの言語だけがリンクされている。

このwikipediaでは国号とは「政体」を「クニ」の名に付け加えたもの、もしくは、「政体」を除いたもの、つまりは「クニ」の名だけが「国号」だというように解説されている。

○○共和国、△△王国といった類だ。なんとなく分かるが、実は、このなんとなくの通りにいかないものが多すぎて上手くいかない。

日本の外務省のHPで世界の「国・地域」の解説をしている部分がある。このインデックスとして五十音順に日本を除く「国・地域」が203記載されている。仔細は別に譲るが、ここで記載されているのが、日本の外務省が使用する各国(地域とは「香港」や「北朝鮮」などを含めた日本外交にとって微妙な「地域」があるからだ)の「正式」な日本語による「通称/短称」だ。

政体?>

このうち、「北朝鮮」「南極」「北極」「その他の地域」を除いた199か国の「政体」にあたる部分の内訳をみてみよう。

一番多いのは「共和国」の112だ。世界のクニの半分以上だ。

以下多い順にあげてみたい。

「共和国」
「ないもの」
(インド、カナダ等) 28
「王国」 (オランダ、レソト等、) 14
「国」 (エリトリア、バハマ等) 11
「連邦共和国」 (エチオピア、ミャンマー等) 4
その他が、
「連邦」「諸島」「公国」
「連邦民主共和国」「人民共和国」「合衆国」「独立国」2
「民主社会主義共和国」「民主人民共和国」「人民民主共和国」「首長国連邦」「連合」「市国」「民国」「自治政府」だ。

「ないもの」「国」のいずれかに日本も該当するとして「ないもの」「国」の合計が40。全体の1/5を占めている。

日本を含めこれらの国は政体、統治体制がない、というのは冗談としては面白いが、それはさておき、国号の定義が難しい。

例えば「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」という妙な名称がある。あるいは香港、台湾、北朝鮮。

<自称と他称>

これは命名一般というものの難しさの一端を表している。いくら自称しても、他称が一致しないと命名が成立しないのだ。他人に認められないと駄目なのだ。その逆もまた真で、いくら他人が一致しても、「近代的」な環境だと本人が嫌がり、認めなければ終いは、本人の自称や他の名称が編み出される。

国名は他国があっての、国際関係あっての国名、命名手順なので、単純にして、複雑だ。

<メキシコ/アメリカ合衆国>

米国もメキシコも隣り合わせだがともに「合衆国」だ。米国を指して「United States」とか「US」といった風に使うと、メキシコ人によっては、「どっちの?」と半自虐的に反発することもある。一方において、スペイン語では米国を指して「EU」(ヨーロッパではなく、スペイン語での Estados Unidos=合衆国の略だ)とか「Esatados-unidense」(合衆国人)ともいう。

<様々なアメリカ>

「国名」のみならず、北米というとき、米加だけでなくメキシコを含むのがメキシコ人の一般的な「気持ち」でもあり、墨政府の立場であろう。同様に、中南米という「十把一絡げ」の言い方も嫌われる。イベロ・アメリカ、ラテン・アメリカ、メソ・アメリカなどの名称があるが、それぞれなりの問題もあって国名同様ややこしい。

同様にアメリカを米国に限定していうのも注意が必要だ

因みに、かつて、環太平洋という言い方で、日本人の多くが太平洋東岸では主に米加にしか念頭にしないことに他のアメリカ大陸諸国は不快感を持っていたことも事実だ。

<ユーエヌもオヌゥも皆、国連>

国連UNというのも、英語圏諸国を中心としたことであって、仏・西語圏ではONUにこだわるのも留意すべき点だ。他の語圏もだ。

続く
米国npo活動の多文化性(4)―西欧のクニグニ、国際関係 [2015年09月15日(Tue)]

承前

<なぜ、ウィンザー家か。英国とドイツの戦争>

ジョージ6世の父王はGeorgeX ジョージ5世(1865/06/03 – 1936/01/20)。そもそも、ドイツのHouse of Saxe-Coburg-Gotha サクス=コバーグ=ゴータ家だった。しかし、第一次大戦に当たりドイツが敵国となったため、1917年、わざわざ家名をHouse of Windsor ウィンザー家に変えた

相手国ドイツの皇帝はWilhelm IIヴィルヘルム2世(1859/01/27日 - 1941/06/04)。最後のドイツ帝国皇帝にして最後のプロイセン王国国王

<西欧の世界秩序、米国の世界秩序>

西欧の戦争はいくつもの歴史の折り重なり、絡み合いの一幕にしか過ぎない。西欧に発する軍事、防衛の長い歴史的背景を抜きにしては、世界の国際関係を見誤ることになる。ここ2000年弱の覇権が西欧を軸にしていたからだ。中東問題をみるまでもなく、第一次大戦以降米国の介在、米国の戦争はその延長もしくは逸脱だ。

まず、少し、ヴィルヘルム2世を中心に西欧世界のクニの経緯を垣間見る。

<皇帝の自由主義――学術振興>
ヴィルヘルム2世は科学好きで、以前紹介したように、今日のマックス・プランク学術振興協会の前身であるカイザー・ヴィルヘルム協会を肝いりで創設したように皇帝としては「開明的」「自由主義的」であった。

<皇帝の侮蔑と計算――黄禍論>

しかし、かの黄禍論でも有名。

下記の本の表紙絵は元々、日清戦争直後三国干渉を前にヴィルヘルム2世自らの原案を元に描かれたリトグラフの寓意図。



<迫る東洋、団結する西洋――プロパガンダ>

、右端に燃え盛る仏陀

西、左頭上に輝く十字架、その下に、仏(フリギア帽を被ったマリアンヌ)、独(ゲルマニア)、露、墺(オーストリア)、伊(イタリア)、英(ユニオン・ジャックをあしらった盾をもつブリタニア)など各国の女神を率いる剣を抜いた大天使ミカエル。英仏以外、どれがどこの女神を意味させようとしたかは、ギリシアのヘレスも入っているとの説を含め、それぞれの位置関係、クニ関係を含めて諸説ある。

異文化への恐怖と差別、侮蔑そしてグローバル宗教とローカル信仰、という象徴的ポスター。

因みに、この「ポスター」をその後、逆手に描いたものもある。

<有頂天になった為政者の自己確認>

為政者は古今東西、神のお褒めを頂くか、自らが権威として上り詰めると、権威自身として自己陶酔し、興奮によってしかアイデンティティを確認できないせいのか、プロパガンダが好きだ。

<欧州の「自由」から引き渡された米国の「自由」の女神>

因みに、フランスの女神、マリアンヌについては欧米の歴史の経緯と深みが多々ある。

<被征服民族、解放奴隷への優位性ーーたかが帽子されど帽子>

マリアンヌの被っているbonnet Phrygienフリギア帽の由来は、いにしえに征服されたヒッタイトの高度技術・文明に対する畏怖と蔑み、それから古代ローマの解放奴隷に与えた「限定的」な自由と蔑み、それぞれを象徴するものとして、それぞれが被っていた形状の似た三角帽、pileus ピレウス帽が絡み合ったといわれる。

<王制と共和制――クニの断続、革命>

マリアンヌという偶像そのものは、概略するとフランス革命「王制」という「クニ」が失墜>し「共和国」を創設するにあたってのエンブレムとして公募されたものだ。その後、よく知られるドラクロワの「La Liberté guidant le people 民衆を導く自由の女神」と米国に贈られた自由の女神像の「自由」として、世界中に知られるようになっている。

<マリアンヌ、自由の女神――無辜の民>

マリアンヌという名前も、かつてキュロット、膝下半ズボン、を穿いていた貴族からの蔑称から、権力を握った、をキュロットを穿かないSans-culotte サン・キュロット、無産市民が、権力と権威の交代、革命を象徴するものとして、ありふれた名前、マリとアンヌを合成して命名したものだという。

現在、マリアンヌの顔の輪郭と三色旗がフランス政府、大使館等の非公式のロゴとして使われている。

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<第一次大戦――従妹同士の戦い>

Victoria、ヴィクトリア英国女王(1819/05/24 - 1901/01/22)の長女の長男。つまり第一次大戦の英独は、ジョージとヴィルヘルム、従兄同士の闘いだった。

<大英帝国――ビクトリア女王とその系譜>

ヴィクトリア英国女王はHouse of Hanover ハノーヴァー家。アカデミー賞衣装デザイン賞受賞の「The Young Victoria ヴィクトリア女王 世紀の愛」でみられるように夫亡き後は黒服を孤独に着続け、冠たる大英帝国を築いた。

この、ハノーヴァー家も元々、神聖ローマ帝国の諸侯の家系、つまりドイツだ



実は、ビクトリア女王の子や孫はこの英独だけでなく、欧州各国の王位を占める。

続く
米国npo活動の多文化性(1)―戦後世界の再編。市場とガバナンス [2015年09月05日(Sat)]

小中高生の夏休みが終えても、このブログに多くの訪問者の来訪を受けている。その訪問先の一つが、米国の災害ボランティアのハンドブックを紹介した記事だ。9/1、9/11の時節柄かもしれないが、この機会にこの記事について補記しておきたい。

この記事は、かつて、米国を襲い、多くの被害をうんだ台風、カテリーナの被災者支援、復興活動を紹介したものだ。そして、このハンドブックの「多文化性」に注目した。今回は、この「多文化性」とは何か、変貌する世界における多文化性とは何か改めて考えてみたい。

その前に、非営利、非政府、npoとは何かを巡って、荒く、見返しておきたい。今回も長文になりそうなので、小分けしたいきたい。

<npo、米国からの二つの流れ>

筆者個人を含め、日本の20世紀末からの「npo活動」は多分に米国「npo」界の影響下にある。それは、いわゆるLARA物資(Licensed Agencies for Relief in Asia)<下記追記参照してください>を筆頭とした「福祉」を軸にした、日本の「戦後の廃墟」からの「復興」における米国からの多大な非営利、非政府組織の支援の流れと、阪神淡路大震災の少し前、そしてnpo法成立にいたるいわゆる「npo」の流れとが交錯しながら、よくも悪くも避けがたく展開してきた。

<戦後復興、災害復興支援と開発支援>

それは日本政府を中心に喧しい「戦後レジーム」あるいは「平安法制」などが、米国を軸に展開していることと、当然ではあるが、軌を一にしている。枢軸国に対抗する連合国が、枢軸国を負かし、枢軸国によって破壊された世界各地を、敗れた枢軸国を含めて、今日にいたるまで続いてきた、新秩序を目指しての復興支援の過程の枠組みの中に「npo活動」があるからだ。

いうまでもなく、転換点にきている。

<市場の再編とガバナンスの再編>

ベースとなってきた米国のnpo活動、つまりは「非」営利、「非」政府の世界、の発展と歪みは、かたや、ニュー・ディール、マーシャル・プラン、農業改革、世界銀行、産業構造調整といった市場、「営利」の世界の変貌と再編過程と、もう一方において、新植民地主義、バンドン会議、第三世界、自由主義対共産主義、冷戦、壁の崩壊といったガバナンス、「政府」の世界の変貌と再編過程と不即不離だ。

<市場とガバナンスの交錯>

一方において、20世紀から21世紀にかけて、当初の市場とガバナンスの境の溶解も進んだ。

水、エネルギー、治安そして軍事――ウォーター・バロン、パイプライン、原発、原発廃炉から委託刑務所、民間軍事会社まで。かつては「公」が統括し治めていたものが、今や市場で取引されている。

<宗教世界、世界宗教>

そして、それらの間を往き来する、よく知られた、世界宗教の動きとも錯綜している。平安やリヤク、救いを求める「宗教」と多くの「非営利・非政府」の動きは出発点も、道中も、目的も重なる。

続く
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国連加盟国中、WMO非加盟諸国11カ国 ――「世界」の交わり、拡散し多様化するローマ世界、市民世界の誕生――命名という権威(その10) [2013年04月28日(Sun)]

承前

―ローカル宗教・世界宗教―

よく知られているように、紀元後、キリスト教はユダヤ教という、優れてローカルな宗教から離脱した。

紀元後1、2世紀までの最初の100年あまりは、奇しくも、ローマの帝政化と期を一にしているが、部外者のローマの為政者にとって、ユダヤ教徒からキリスト教徒は然程区別がつかなかったらしいことも報告されている。様々な宗教世界が錯綜する中を、ローマ帝国が分け入っていったとき、目にさわったのがキリスト世界よりもユダヤ教世界が勝っていたということだ。

―中央行政・地方行政―

一般的に、当時のローマ行政では、よく描かれるキリストの裁判経過のように、相対的に見て、当該地域社会内で騒擾さえ起こらなければ、住民の信仰には殆んど不介入だったようだ。いわゆる皇帝権威の否定に対してすら、権力発動は騒擾があってはじめて問題にされたようだ。

さらに、帝政化に必須だった中央行政と地方行政の分担も絡んで、元々、フェイス・トゥ・フェイス、地縁をベースにするような宗教のようなものには帝国中枢は無頓着だったようだ。逆に、中央から地方行政への行きすぎを抑える指導、あるいは逆に地方市民から中央への頭越しの訴えなどが発せられたりして、宗教がローカルである限り、それ以下のものでも、それ以上のなにものでもなかったようだ。

―宗教が先か・国が先か―

皇帝が神格化されていく時代に従軍を忌避するものもいたが、キリスト教徒を含め、帝国軍に従軍する様々な宗教門徒もいたりして様々だった。

そして古代ローマでのキリスト教国教化の前哨として、国というものの中枢、より正確にいえば、国という透明なものを構成する人々の中に、たとえば「私人」として、キリスト教へ改宗するもの、さらには皇帝親族や皇帝本人のキリスト教への転向するものがいた。裏返せば、ローマの人々、すなわちはローマの領土が、イタリア半島のローマの境を超え各地から、各層から、各宗教の人々から構成されることになり、そして皇帝もそうした中の一員になりはじめたということにしか過ぎない。

―本土の皇帝・属州の皇帝―

2世紀末、CAESAR LVCIVS SEPTIMIVS SEVERVS PERTINAX AVGVSTVS カエサル・ルキウス・セプティミウス・セウェルス・ペルティナックス・アウグストゥス、通称 Septimius Severus セプティミウス・セウェルス皇帝が元老院管轄の属州であるアフリカから誕生した。紀元前後から、それまでの20人の皇帝は、ガリア(フランス)やヒスパニア(スペイン)からの3人を除いて、イタリア本土出身者だ。

セプティミウス・セウェルス皇帝の生地は Leptis Magna レプティス・マグナ、ちょうどイタリアのナポリから真南、シチリア島を挟んで対照的にある地中海の北アフリカの沿岸都市だ。

ここで、少し本論から逸れたい。とはいっても、本項のテーマには近づくのだが。

―誰の、誰のための、誰による名前なのか―

ここで触れておきたいのは、命名につきものの問題、固有名詞とは誰の、誰のための、誰によるものかということと密接不可分な問題だ。

何しろ古代ローマの皇帝という、場合によっては現人神であって、トップ・オブ・ザ・トップとなると、現代的な平民世界の中では「実用」に適さないと思えるほど、死ぬ時には「名前のようなもの」が数十並んでいたりしていることと、死んだ後、空間的にも、時間的にも過去であったり、遠く離れていたりする人の人名とは一体どういうものなのかという問題に関連しているからだ。

上記の皇帝名で、最初の長い方は大文字だけにして当時の表記に合わせている。長いといっても、皇帝等は、カエサルやアウグストゥス等の様々な今日的にいうところの「尊称」に近いものを継ぎ足していくので彼らの名称を全部表記するともっと長いので、長いといいきれない。

そして、その後に大文字と小文字を混ぜて表記したものは、全部書き連ねた長い名前を使っても同名の親子もいることもあり、古くより後世の人々が通称として使っているものだ。

―そもそも大文字・小文字とは何か―

長い方の大文字のものは「当時の表記に合わせたもの」といっても、現在の大文字の表記自身が当時の表記を源流としているので当然なのだが、微妙に違うことを念頭におくことも必要だ。

日本の文字でも楷書・行書・草書、あるいは活字体・教科書体・明朝体、はては現在、人口に膾炙した、フォント、MSP明朝だとかの違いに似ているところがある。時に比較優位とも、日本文化の特質として引き合いに出される、漢字・万葉仮名・平仮名といった異なる字体体系の共存は、日本特有の問題でなく、西欧世界にも、世界各地にもあることを示唆している。

古代ローマの建築物にみられる文字は、今日欧州各国で使われているところの大文字のアルファベットの源流である一方、当時のローマでは、小文字というものはなく、全部で26文字もなく、J、U、W、の3文字を欠いた23文字であった。

小文字の誕生には西ローマ帝国滅亡を待つことになるが、当時の建築物や碑文に彫られていたものが、現在の大文字の原型だ。上に突き出たり、下に突き出たりせず、曲線が少なく、高さが一定な文字だ。すぐれて、用のための用字だ。

―何処の、誰のために、誰による文字なのか―

このほかに、一つは、聖書の古本などに見られる様な、壁に筆で描かれたりする、キリスト教世界をはじめ「公的」な文書に使われた、曲線的で流麗な「大」文字と、もう一つ、ギリシア文字の残滓が色濃い「メモ」用に使われた文字など、古代ローマには、あわせて大凡3種類の文字があった。「言語宇宙」のなかでも壮大な「書き言葉帝国」の巨頭であるアルファベット自体が広がりのある大きなテーマなので、仔細はいずれかの機会に譲りたい。

とまれ、現在広く使われている小文字の発生は用紙がパピルスから羊皮紙に写った頃、カール大帝の頃といわれしれまでは今日でいう大文字しかなかった。

さて、本題に戻りたい。

―世界の拡大・帝国民の誕生―

212年には、Caracallaカラカラ帝、CAESAR MARCVS AVRELIVS SEVERVS ANTONINVS PIVS AVGVSTVS カエサル・マルクス・アウレリス・セヴェルス・アントニヌス・ピウス・アウグストゥスの時代、彼の名をとって Constitutio Antoniniana アントニヌス勅令といわれるものが発せられた。

この勅令は全文ではなく、パピルス紙に書かれ、ギリシア語にされたもので一部が欠損したもの(そのこともあって本勅令の内容については諸説の議論がある)が残っている。

―「Do igitur omnibus peregrinis, qui in orbe terrarum sunt, ciuitatem Romanorum, manente omni genere ciuitatum, exceptis dediticii 余は、ここにおいて、dediticii(監督下にある元奴隷)を除くローマ領内の全ての外国人に「市民権」を与える」とカラカラ帝が述べた。―

3世紀のはじめ、まさに、ローマがグローバル化したのだ。新しい「ローマ市民」は、皇帝のアウレリウス家族の一員として名前を付けられたといわれる。

イタリア半島の一都市ローマが、イタリア本土全体に拡大した紀元前のときにも、このようなローマのグローバライゼーションが起きたが、今度は、それが普遍的な形になったのだ。

―国から帝国へ・「帝」国民の誕生―

この勅令はこのブログの主題としている今日のNPOにとっていろいろな意味で画期的な出来事だ。簡単に解説しておきたい。

一つは、このローマ帝国領内の「dediticii(監督下にある元奴隷)」を除いた、全員の、いうなれば、市民化、国民化が起きたのだ。しかし、裏返しに見るとこれは「同化政策」であり、それまでの様々な「国籍」が消滅したことも意味している。

もう一つは、この勅令のもった意味や背景だ。様々な評価や解釈があるが、古くより解釈されているのが、多数の「ローマ市民化」により、税の増収を図るためだったのではないかといわれている。

結果的、現実的にどれほど国庫に寄与したかは議論が多いが属州民にだけ課せられ往々にして中間搾取されていた人頭税から、ローマ市民にだけ課せられた、相続税、奴隷解放税、独身女性税等への税源の切り替えが行われたのだ。一国一制度の実現としてみれば当然のことかもしれない。

さらに、領土の拡張による軍事力の増強策の一策として、市民権獲得と属州民税免税を目的にした属州からの粗悪な「auxilia補助軍」よりむしろ、属州民の「ローマ市民」化による質の高い「legio正規軍」の数の補強のためだったともいわれている。以前は「ローマ市民」になる道が「補助兵役」の全うの結果だったのが逆転したのだ。

要すれば、拡大したローマ「世界」にあるいずれのローカリティに誕生することが、生まれながらにして市民=国民となることとなったのだ。

―誰でも市民・何処でも市民社会―

ここでは、あえて、市民=国民と記したのは、この勅令の解釈で、上記の引用にciuitatem
、ciuitatum
とあるように、civitus キビタス・シビタス」、つまりは市民「civil societyシビル・ソサエティ」、つまりは「市民社会」と日本では多用されるようになった訳語の源流という主題の一つがここにあるからだ。

この勅令の負の側面として、この勅令前の「市民」と、勅令語の「市民」の差別が生まれたといわれる。「市民」なるものが拡大し、「市民社会」という、一なるもの多様性という、二面性、緊張と矛盾がはじまった、ということに留め、また、カラカラという名称自体も象徴的なの名前であるが、次回以降紹介することとし、先に進みたい。

―帝国が拡張したのか・宗教が拡張したのか―

さて、この勅令も加速化させた一因だろう。3世紀以降、イタリア本土出身の皇帝が格段に少なくなる。3世紀央の半世紀にわたる軍人皇帝時代、帝位に就いた皇帝の数のみならず出自すら不明な皇帝が多いのはともかく、多くが属州出身だ。

そうした中で、皇帝達を含めたローマ帝政が出遭う宗教世界もまた格段に拡張した。

―そして、都市―

元々、ローマ人の宗教は多様だった。そして、宗教がローカリティと不即不離であるように「都市」の発達は宗教に様々な課題そして変容をもたらし、「都市」への順応度によって宗教世界も多様化した。

続く

◆多分に小見出しは「誘導的」で抵抗がありますが、ここのところ本ブログで使用している「だ調」に不便があるのと、小見出しが「ブログ文法」の流れにもなってきたこと、さらにガラケイからスマホ使用者が多くなり認知可能文字数が拡張したこと、そして何よりも筆者の文章の稚拙を覆い隠せるような感じがするので、今回から原則として「小見出し」を使うようにします◆

◆また、連載の間が空くことも多くなりはじめたので、読者の皆様と筆者本人に本稿の行方を案内しておくために、本文の後に、次回以降に織り込もうとしている書きかけの原稿を、次のように「予告」として記載することにしました◆

◇次回以降の予告◇
「しかし、これとても、流行りの逆からみる歴史だからこそで、キリスト教ほどでないにしても、優れて、血縁的で、地縁的なユダヤ教の系譜にも、様々な流れがあったわけで、その中でも、とりあえず、2000年ほどたった今日において世界の多数派を占めているのがキリスト教「群」になったということに過ぎない。後2000年たつのを待たないうちに、様相は激変しているかもしれない」
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