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各種国コードCオリンピック。国とは?その8 。再びクイーンから紅茶へ。―閑話休題(再三) [2006年09月25日(Mon)]

<承前>

さて、バイロンは「splendid and imperishable excellence of sincerity and strength (素晴らしく不滅の至高の誠実と力)」である一方「Mad, Bad and Dangerous to Know (マッドでバッドで知るには危険)」や「Child of Passion, Fool of Fame (情熱の子、名声の犠牲/馬鹿)」と評され、評論を書くと「anecdote (逸話)」だらけになるといわれるほど、人々を魅了してきた、英国ロマン派の詩聖です。

因みに「Mad, Bad and Dangerous to Know」は愛人になる前のLady Caroline Lambがバイロンを評したものですが、件のQueenクイーンが、活動を休止中、ドラマーのRoger Taylorが活動の再開を企図するためにともいわれて結成したThe Crossのリースしたセカンド・アルバムの名前にもなっています。

あるいは、バイロン自身をバイロンの作中人物と重ね合わせたのようなByronic Hero(バイロン的ヒーロー)という言い方も、文芸評論上の表現はもとより、Wikipediaの項目にもなり、例えば、スターウォーズのファンクラブで、Anakin Skywalker (スカイウォーカー)を「Mad, Bad and Dangerous to Know」と題する記事の副題に使われているほどです。

さて、バイロンは貴族の末裔として1788年に生まれながらも、財産を食いつぶしながら、妻子を置き去りにした父をもって、貧しく不遇な乳幼児時代を過ごしながらも、10歳のとき、祖父より遺産を受け取り、使用人を持つようになります。足が悪いことは本人のコンプレックスでありましたが、1799年、11歳のバイロンに付き添っていた看護婦が、いまでいう「性的関係」をこの少年貴族ともったとことを怪しまれ、後見人がクビにしたという逸話は、バイロンが奔放な女性関係のみならず、バイ・セクシュアルな人生を過ごした原点としてとらえられることも多いようです。

この頃の多くの青年英国貴族同様、バイロンは「grand tour (グランド・ツアー)」に出かけます。今の「卒業旅行」に準えることもできますが、バイロンは1809年、21歳の夏、友人二人と使用人5人とでに先ずはリスボンに向かうPrincess Elizabeth号にのってはイベリア、地中海を巡る2年12日間の「continental tour (大陸の旅)」を始めます。

旅の後半、ギリシャに逗留するバイロンは後に多くの遺産を遺すことにする弱冠14,15歳の少年Nicolo; Giraud (ニコロ・ジロー)と過ごします。このニコロはElgin Marbles (エルギン・マーブル)を大英博物館に持ち帰ったエルギン伯爵トマス・ブルースの助手でもあります。

因みにこの第7代エルギン伯の息子、James Bruce, 8th Earl of Elgin and 12th Earl of Kincardine (第8代エルギン伯ジェームズ・ブルース)ジャマイカ、カナダ、インドの総督を歴任しましたが1858年日英修好通商条約締結にあたり江戸幕府との間で調印した伯爵です。

また、この第8代エルギン伯ジェームズ・ブルースの二人目の妻Mary Louisa Lambton (メアリー・ルイーザ・ラムトン)は植民大臣Henry Grey, 3rd Earl Grey (第3代アール・グレイ、ヘンリー・グレイ)の姪でもあり、英国首相(Charles Grey, 2nd Earl Grey (第2代グレイ伯チャールズ・グレイ)の孫でした。この祖父、第2代グレイ伯爵Bergamot(ベルガモット)の香りをつけた紅茶アール・グレイの名前の由来です。

<バイロンの項、次回メルクーリから嘆きの橋へと続けます>

本記事ーー19世紀初頭バイロンの足跡をたどる記事ーーは最初はここから開始しました。
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