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補題――暦とは(その6)――旧暦対照表 全日版の少し長めの註釈その3――紀年法と紀元、インディクティオの続き [2016年03月18日(Fri)]

承前

8.紀年法と暦法

さて、この連載では、注釈のための註釈のようなものが入れ子状態で続くこともあり、あえて、「紀年」とか「紀元」とかいう単語を無造作に註釈なしにすすめてきた。

「暦」に戻るにあたり(といっても未だに「連番――ユリウス通日」の註釈が続いている)そもそも暦とは何かを考える材料として「紀年法」から始めたい。

◎紀年法とは

○「紀」とは、

藤堂明保の学研「漢和辞典」によれば会意形声文字として『糸のはじめを求め、目印をつけ、そこから巻く。。。。。起こすと同系のことば』と解字している。

白川静の平凡社「字統」では「礼記」の『衆の紀(もと)なり。紀散ずれば衆亂る」の注「絲縷(糸すじ)の數の紀あるものなり」を引用して、『糸数をそろえてまとめることをいう』としている。

戸川芳郎の三省堂の「漢辞海」では「説文解字」から『糸の一方の端』「釈名」から『「紀」は「記」である。記して識(しる)すのである。』と成り立ちを引用している。

山口明穂の岩波の「新漢語辞典」では『「糸」+音符「己」(曲目のしるし)。糸に目じるしをつけて糸すじを分ける意』と解字している。

要は数学的にいえば、1(元(1)年であって「0」年ではない。いわゆる「数え」、序数方式と、0から始まる「周年」のような基数方式)の端から無限遠に延びる半直線のようなものだろうか。因みに下記のように元号は有限の線分のようなものだろうか。

○紀元、もしくは紀年法の3

広義の紀年法とはある年(紀元)からはじめての年の数え方、年代の表わし方だ。ヒト気のあるもから、カミがかり、観念的なものまで、古来よりある。英語では紀年法を calendar era 、紀元をepochという。

@人々の日常を左右するような「権力」、為政者、執政官、君主や天変地異毎にまつわった「元号」、「regnal yearの類。

A地におりてきた「神」にまつわるような、「権威」、キリスト生誕紀元=西暦= anno domini、仏滅紀元=仏暦、神武紀元=皇紀ローマ建国紀元 = AUC = anno urbis conditae 、世界創造紀元 = AM = annus mundi / ab origine mundiなどを基点にした狭義の「紀元」の類

B60年の干支や15年のインディクティオのような、「定まった」「自然」(太陽の周期・季節)の繰り返しの周期の類

殆どが太陽の周りを1周して多生の違いがあっても1年としているものが多いが、イスラム暦のようにそもそもの1年のとり方自身が違うものも留意しておきたい。

◎「暦法」と「紀年法」の違い

こうした「紀年法」と対にあるものとしての「暦法」だと、ユリウス暦、グレゴリオ暦、あるいは狭義の日本の「旧暦」などがある。

ただ、前二者はキリスト「紀元」、後者は日本のいわゆる「元号」と当然のように重なって使われているので、実際の用法、用語としては、混雑している。

◎紀元は後付け

しかし、紀年法の中でも、「紀元」といわれるものは、例えばユリウス暦は、古代ローマ、地中海世界において、キリスト=西暦紀元から用いられていなかったことに留意しなければならない。

○権威の熟成、もしくは促進剤

「権威」の熟成を待ってか、促進するために、いずれも数百年はおろか、千年以上経てから使われ始めたものだ。

○様々に、変わった紀元、と、変わらぬインディクティオ

最初にローマ建国紀元があったり、3世紀にディオクレティアヌス紀元が一時的にあったりして、6世紀に西暦紀元とともにユリウス暦が使われ始めた。そうした変遷の中で、先に紹介した、15年周期のインディクティオが長いこと併用されていた。

日本で、皇紀や元号よりは、人々にとっては六曜や干支のようなものが身近なものであったような感じだ。

こうした紀年法の併用こそに人間社会の本質があるかと思うが、別の機会にしたい。

○月と日、それ以上に、何が、何故、必要なのか?

そもそも、時間というものに関し、太陽と月の動きで支配される、月や日といった、自然環境の日常の変化を占ったり知ったりすること以外の「単位」を、人間が必要とするのか、必要とするのは何故なのか、再考すべきだ。実際「年」が使われている場面は限られている。

○人が「生きた」歳月、「生きる」歳月

どのような状況で、どういう理由で、ヒトは、1年以上の単位で、過去にしろ、未来にしろ、「とき」を知る必要があるのか、必要とさせられるのか。人は、ただただ、自分たちの生きた歳月、生きていく歳月を拠りどころに、紐帯を築いている。それ以上の何が必要なのだろうか。なぜ必要となったのか。

○家族からグローバル世界へ

いうまでもなく、個人や家族中心の生活から、村落から都市国家、国民国家へと「空間」が拡がり、グローバル世界になるにつれ「年」や「元号」、「紀元」が必要になってきたのだろう。空間とともに「権力」も拡がった。

○権威と人々

そして「権威」もまた、人々の共生に欠かせないものになるにつれ、「時間」に、「紀元」に、寄り添った。権威は、為政者、祭祀者、だけでない、ほかいびと、まれびと、常民、そうした人々すべてが権威に寄り添ってきた。「権威」とともに時間も延びた

◎紀年法と記録

紀年法は記録のため、chronology 編年のために編み出された。なぜ記録するか、なにを記録するか、だれが記録するか。なぜ過去への記憶では駄目なのか。なぜ未来への想いでは駄目なのか。

一つ目の周期、15年はここで留めておこう。

続く


この項は、筆者が作成した、
の解説の一部です
この補題の最初は

です
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