国連加盟国中、WMO非加盟諸国11カ国 、「世界」の歴史、ことばの交わり――命名という権威(その8) [2013年01月17日(Thu)]
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承前
さて、赤道の少し北の島々である二カ国、パラオとセントクリストファー・ネイビスを概観する前に、それぞれで記すと長くなるので、二つの関連する事柄を予め今回整理しておきたい。 まず、一つ。何故、「世界」はかように東西のインド諸島で出会ったのか、予め、全般的な歴史的・地球的背景を整理したい。 一つは、イスラムの帯を避けながら、教皇子午線という人間社会の営みの所産に沿って、海を、未知の品々と未知と土地を追い求めて、小国ポルトガルは東に向かい、大国となったスペインは西に向かったから。そしてバチカンの思惑と関係なく、地球は万巻の書物以前より丸かったからだ。 二つ目の理由。ときは未だ帆船の時代だったからだ。地球は球体であるのみならず、太陽を中心に、傾いて自転しながら、周回する、薄い空気と薄い水気の皮に覆われている地球の営みの所産としてある風や海流が、ユーラシア・アフリカ大陸で生まれた陸上動物である人間の歩みを大きく左右したからだ。 この二つ目の理由によって与えられた与件は、まさに、この項の出発点である気象の問題だ。 大気循環論の結果からいうと、地球では、海表・地表に最も近いところにある対流圏の大気は、大きく見ると、南北各半球それぞれで、赤道から極地に三つ、帯の形で積み重なったようになっている。それぞれの帯の中で、地表に対し鉛直、すなわり上下に円環状に、地表に対し水平に、すなわち横にらせん状に回転しながら動いているという。 地球という球をその回転軸、地軸に沿った半球の断面でみると円になる。その、円の周りに、上部の北半球側、下部の南半球側それぞれの左右にに3つずつ、全部で3×4、12。ちょうど捻りを加えて繋がったソーセージが三つのような形をした3つの「cell 細胞」が囲んでいる構造になっている。現実的には、僅かではあるが赤道付近が膨らんでおり円盤型の断面にみえる。 なお、この大気循環論は、大筋において認められているが、全てを観測、確認することが出来ないこともあり、これまでに幾度か修正が加えられたり、問題点があるとも指摘されているので、念のため。大気循環論をここで順次紹介していきたい。 海の上でも陸の上でも、基本的には赤道を挟んで対照をなすように、風が南北から赤道に向かって、斜めに東から西に向かって吹いている。熱赤道といわれる、太陽が最も海表・地表に強くあたる、つまりは太陽光が直角にあたる軌跡を挟んでのことだ。 太陽光に当たると、海上・地上は温まり蓄熱し、放熱する。その上にある空気は温められて膨らんで軽くなって、海上・地上の水分を吸い上げながら上昇する。地球上、どこでも起こることだが、太陽光が直角にあたる熱赤道が、他の斜めにあたっているところに比べ、相対的に、海上・地上が最も暖かくなり、そこの空気が急速に上昇する。上に上がった分、他の所から空気が吸い込み、吹き込むことになる。 急速に上昇した空気は、絶対零度に近い宇宙に近づくため、徐々に冷え、縮こまっていき、はるか重力圏内の、まさに「対流圏」内の際のところで、南北に枝分かれして倒れ込むようにして海上・地上に戻り始める。南北に対称的に二つの鉛直対流が始まるのだ。その結果、人間が生活する、その下部の海表・地表に近い高さのところでは、熱赤道に向かって大気が動き、北半球では北から南に、南半球では南から北に風が吹くことになる。前述の通り、上空では逆に動いて、熱赤道から極に向かい循環する。 ところが、この循環は、北極・南極の両極地から赤道までの間に一つという形にはならない。 地球は反時計回り、西から東に向かって自転しているので、流体である大気は、赤道辺であろうが極地辺であろうが、全体的に、固体である地球に遅れながら付いて行くように動く。その結果、海上・地上からすれば、東から西に向かって動く。「Coriolis effect コリオリの力」だ。 その結果、暖気は上空に上がりながら、北上もしくは南下して極地に行きつく前に、斜めに冷やされて下がってきて、ちょうど、半球の熱赤道から1/3位の海表・地表にもどってくる循環になる。 この循環は日本ではハドレー循環と呼んでいる。この名称は提唱者であGeorge Hadley ジョージ・ハドレー ( 1685.02.12 – 1768.06.28 )に由来し、当初は単純な南北半球一つずつの大循環として考えられた。その後、分かれた構造になっていることをはじめ少しずつ修正されてきた。それでも、多くの国々では通常「循環」ではなくHadley cell ハドレー「細胞」とよぶものの、依然として赤道に近いものに「ハドレー」の名を冠している。 ハドレー循環の結果、海表に近いところを水平方向にみると、緯度30~40度くらいのところから、赤道に向かって風が斜めの東風が吹いている。 これが貿易風と呼ばれるものだ。恒常的に吹く風の中でほぼ世界に共通する prevailing wind 卓越風だ。 さて、同じ現象が冷たい北極、南極の両方の極地でも起こる。 極地から、やはり、半球の1/3くらいのところまで、循環が起きる。極地から風が吹き、やはり東から西に、つまり東風が起こる。Polar cell ( circulation ) 極循環と呼ばれ、地表に吹くのはPolar Easterlies 極東風という卓越風だ。この循環は、ハドレー循環に比べて、温度の差が小さいこともあり、低い高度で起きる。 そして極循環とハドレー循環という「直接循環」に挟まれて、半ば誘導される「間接循環」として、半球の真ん中の1/3位の部分でFerrel cell ( circulation ) フェレル循環と呼ばれるものが起き、海表では西風が、両極地に向かって起こる。これは南北の循環によって従属的に起こるため、間接循環とよばれるが、鉛直方向に大気が循環するだけではなく、この移動する大気で温度差のある両循環間の熱の移動・交換もあるので、偏西風波動という水平方向の波動を起こしているといわれている。 これが風向が一定というよりは波打ってはいるが赤道から極地に向かう西風、Westerlies 偏西風と呼ばれる海表・地表での風を起こしている。 また、実際上は地球が完全な水球ならば単純に上記の通りになるが、太陽熱があたる表面の2/3が海ではあるとはいえ、1/3は陸なので単純にはならない。 例えば、海水と陸地の比熱、熱伝導率や反射率が大きく違う。また、海面は全て一様に高度0度であっても、陸地は凸凹であるし、植物や人造物があったり一様でないからだ。 然は然りながら、大西洋や太平洋のような大海では、こうした貿易風と偏西風が大きく支配している。大航海時代はこれらを利用したからこそ成立した。 大航海時代の北半球の中緯度地帯にある西欧から出航する帆船は、向かい風である偏西風を避け、往路は一旦、南に下って、貿易風の追い風を受けながら、大西洋を渡り、赤道の北の西インド諸島に行きついた。復路は、一旦、北に上がって、偏西風の追い風を受けて戻った。 仔細は別の機会に譲りたいが、海水は液体であるので、気体と全く同じではないが、大気のように動く。大気と同じように大小の循環の結果、様々な海流が生じている。 結果的に海面に近いところの海流は、六つに分かれる大気と違い、赤道から中緯度付近まで、大陸と赤道にぶつかりながら、北半球では時計回りに、南半球では反時計回りにそれぞれの大海で大きく流れている。各大陸の陸地付近では沿岸に沿って流れている結果になる。 太平洋、大西洋の南北での4つの周回の他、インド亜大陸のインド洋の南は反時計回り、南極大陸の周りは時計回りの周回のような海流が起きている。 従って、大西洋のユーラシア・アフリカ大陸側では、イベリア半島のあたりからアフリカ大陸の凸部が引っ込む赤道付近まで、海流が、沿岸近くを北から南に流れてる。 大西洋の南北アメリカ大陸側ではカリブ海のある中・北アメリカ大陸を海流が北上している。 こうした卓越風と海流を巧みに利用しながら、大航海時代の帆船利用の航海は周回していた。往復に二つの向きの違う風と海流だけでなく、季節による二つの風の南北の移動もときには利用していた。 太平洋でも大西洋と同じように、最初に行きつく先は赤道の北の「東西インド諸島」になる。 かくて、東西のインド諸島が西欧の世界の拡大と新たな世界の出会いの場になった。 しかし、それらの「場」は無人ではなかった。先住民の多くが犠牲になった。先住民を壊滅状態にした結果、労働力不足が生じ、「奴隷」という名の「人間」が商品として「交易」されることに拍車がかかった時代の始まりでもあった。東インド諸島には、いわゆるアメリカ先住民はみられなく、アフリカ出身者の子孫しかみられない。 今日の南北米ではヒスパニックのことが話題になるが、先住民とアフリカ出身者の子孫の占める割合が歴史の一側面を見る上では重要な指標だ。米国にヒスパニックとアフリカ系が多数になりつつあるマイノリティとし話題になる。しかし、国境一つ隔てたメキシコではアフリカ系の子孫をみることはない。その代り先住民と先住民の混血が圧倒的だ。カリブ海の向こう側のカリブ諸国では殆んどがアフリカ系だ。米国では「コロンブスの日」として祝うが、メキシコは「諸人種の日」として祝う。 もう一つここで留意しておきたいのは、グラナダの陥落はコロンブスの新大陸発見と同じ年であることだ。イベリア半島の最後のイスラムの橋頭保がなくなった年であるということは、それ以前の数百年以上にわたってこの半島のある部分がイスラム社会であったことの証左だ。ヒスパニックには西欧のみならず、アラブの背景があり、それが、大西洋を越えたのだ。後述するように、太平洋西岸にはイスラム社会が早くから先着している。イスラム世界の東西の出会いも世界化は起こしている。 因みに、貿易風は Trade Wind の訳だ。今日では途上国とのフェア・トレード、横文字が多用される議論でのトレード・オフとか、野球選手のトレードとか、日本社会の中ですら「貿易」「交易」「商い」の意味に使われている。しかし、Trade という単語には元々そういった意味はなかった。 トレードという英単語はウォーキングの仲間のトレイルや、トレイラー、トレッド・タイヤ等と同じ由来だ。つまり、諸説あるが、元々は「行路」「行動」「慣習」等を意味していたところ、「航路」や「取引」に転化し、さらに「交易」「商い」に転化したといわれる。 そして、Trade Windという熟語も、元々は、そして本来的には(とOEDオクスフォード英語辞典では断じている)、定常的に定方向に吹いている風というような意味だ。航路に吹く風、航海に使う風、航海に利用できる風、貿易に利用される風、という意味に、ハンザ同盟や大航海時代の頃から行きつ戻りつし(「誤って語源学者に解釈され」とOEDはやは断じている)たり、社会的にも変化し、含意していったといわれる。 日本では第4代 ( 1923.07.14 – 1941.07.30 ) 中央気象台(気象庁の前身)長の岡田武松 (1874.08.17 – 1956.09.02 )が「貿易風」に訳したといわれている。 さて、この項、「命名という権威」を考察するのに恰好の事例があるので、今回もう一つ記しておきたいのは、ハイケーン・サンディの命名でも一部触れた、固有名詞にまつわる話題だ。 前述のハドレー循環のジョージ・ハドレー の兄、ジョン・ハドリーJohn Hadley ( 1682.04.16 – 1744.02.14 )は六分儀に先行して発明された八分儀の発明者の一人として知られる。 兄弟で同じHadleyだが、上記の通り、日本語でそれぞれに一般的に使われるカタカナ表記は「レ」と「リ」違っている。日本の気象の世界と海洋・測地の世界の違いだ。 さらに、兄の方は一人で二つの表記がある。 フランスの天文学者 Abbé Nicolas-Louis de Lacaille ニコラ=ルイ・ド・ラカイユ ( 1713.03.15 – 1762.03.21 )は南アの喜望峰で南半球の1万以上の天体を観測、1756年に作成され、死後1763年に出版された「Coelum Australe Stelliferum 南の天上の天(星)体」で知られる。多くの恒星とともに、新しく命名した14の星座の一つが「Octans Hadleianus」である。観測技術に寄与した八分儀に敬意を表して付けられた。現在「はちぶんぎ座」と呼ばれているが、南天にあって、日本では見えない4星座のうちの一つのせいか、こちらの方は同じ人物でありながら、日本語のカタカナ表記では弟と同じ、「ハドレーの八分儀」と説明されていることが多い。天文の世界だ。 以前記したように、そもそも世界の「固有名詞」の「固有性」というものは、世界が世界化してからの多文化社会では、決して決定的なものでない。 そうした世界化と遠い日本社会でも、同じように、外国固有名詞の表記法に様々なブレがある。表記法の系譜を個別に辿るのはあまり意味がないなし、困難だ。しかし、このブログでおいおい追求したいと考えている「固有性」を考える上で、この表記の違いの原因と経緯と考えられるものを整理していくのは有用と思われるので、ここで Hadley を念頭に置きながら、概略記しておきたい。 発端となった原因はいうまでもなく異言語間の発音体系の差異、さらに記述体系の差異だ。 ここでは日本語と他言語との間の「リ」と「レ」の中間にある母音の差異だ。日本語では「イ」と「エ」の間の母音が少なくとも記述上では殆んどない。長母音や二重母音は難しいし、こうした固有名詞や借用語にはカタカナでは「約物」の長音符号「ー」や、「捨て仮名」の「ィ」等が使われたりするものの、これらにも限界がある。 記述体系だけでなく発音体系が違うので無理がある。 因みに、日本人はとかく日本語の記述法が発音通り、五十音と一対一に対応している、と思いがちである。日本語が母語でない人達の、例えば、促音や撥音が抜けたり、濁音と半濁音が区別できなかったりする、発音を面白がるが、実際、発音の差が、僅かどころか、大きく違う場合もある。アルファベットのようにかなの組合せによって様々だ。日本語を獲得しつつある日本の幼児や児童の発音と記述をみても対応関係が単純でないことが分かる。言語は優れて後天的で社会的だ。 さて、経緯もいくつか考えられる。言語をめぐる経緯は、いうまでもなく、それを共有する、もしくは共有しようとする人間集団によって左右される。 そして言語体系の一部でしかない個別の言葉の経緯は文字通り経糸と緯糸の交わりで無数の組合せがある。従って、それぞれの言葉が流通してきた時代、揉まれてきた長さによって、遭遇した国際関係、世界化の変遷によって、簡単に揺れ動き、変化したり、逆に、停滞してしまっているものが多い。とりわけ固有名詞と呼ばれるものは、そうした経緯をそれぞれもつ無数の言語体系の中で、特定のローカルな言語体系の一つから唯一無二のものとして生まれたものであるので、他の言語体系、経緯と交わると、逆説的にも、揺れ動き易い。 それから、言語体系が交わるといっても、有史以来、話し言葉と書き言葉の交わりが、同一言語にもあるように異言語ではその複雑さが増す。それぞれの外国語名が「書かれたもの」として伝わってきたか、「話されたもの」として伝わってきたかによって違うだろうし、そうした場合、読む人、聴く人、取り巻く集団によっても違いが出てくる。 そもそも、ローカルにとどまらず国際的に流布する固有名詞は流布しなければならない理由がそれなりにある。そして、往々にして、複数の言語体系を時間を追ってか、同時か、経由して伝わることが多い。 さらに、学術・技術上の用語の場合、初度的には言語体系内の言語体系でもある一方、共有集団が国境に支配される全体的な言語体系と異なって、まさに国境を超えた共有集団があり、国際会議、国際的な出版物等によって交わることが多い。それらも学術・技術分野によって交わる頻度や言語体系の数や種類が違う。 また、多くの学術・技術分野の場合、言語体系内の言語体系でもあるので、運用する人間の数が、通常の日常言語に比べて格段に少ない。一方において、精確に伝わることが求められ、その学術・技術分野の世界での上下関係、ヒエラルキーによる保守的傾向と相俟って、それぞれの分野で一旦「決められる」と、日常言語のように大勢によって変化することはまれだ。無論、その分野の中での使用頻度や重要度の違いも加味される。 このHadleyの場合、八分儀は過去のものの発明者の名称だしそもそもが測量や航海のプロフェショナルが使うもの。天体名は多数あるものの中の一つで天文愛好家は老若男女少なくないが人間の見た目での関連だけしかない天体を一括りしたものの昔の名前の上、南半球、日本では見られない。一方、大循環は学問上の「理論」だが、現在に至るまで繰り返し議論の俎上に上ってきた上、地球全体に関連するもので、しかも二つしかない。 続く |




