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ガリレオの眼―カトー研究所―国境なき記者団(報道の自由その66) [2010年11月04日(Thu)]

承前

製作した望遠鏡の数についても明確ではありません。60や100基という数が良く引用されていますが、現存しているもの自体が前述のように数少ないので、決定的なものはないようです。しかし短期間に多数を製作し、かつ、国内外の多くの人たちに贈ったことは間違いないようです。

多数作った理由としては、飽くなき真理の追求のため、改良に改良を重ねた結果という説、自説への賛同者を増やすべく、多数に贈るためという説、社会的地位の向上を目指し賛同者を増やすためという説、さらには純粋に「商い」としてという説があるようです。筆者には前二者が主で、後二者が従のように思えます。

計算尺を「売った」ときのように、下宿人の学生を動員して作っていたと類推する説があるほど、一人で作ったにしては、圧倒的な速さで、しかも、大量に望遠鏡を作ったことは間違いないようです。「市場制覇」のため急いだという説もあるようですが、質的にも追従者を寄せ付けない圧倒的に高かさだったということからすると、飽くなき真理追究のため、飽くなき改良と試作が、結果として多産になったことの妥当な理由だと筆者には思えます。

因みに60基ということの主たる根拠はガリレオ自身の手紙で、1610.03の「Sidereus Nuncius 星界の報告」の出版前にして既に60基以上望遠鏡を製作したとあるからです。

しかしこの数の根拠となるガリレオのこの種の記述について疑義が生じています。というのは、同じ「星界の報告」に先立つ同書の草稿と思われるガリレオの手紙での記述がどの程度の倍率の望遠鏡を製作したかということの有力な根拠になっているものの、逆に考証が進んで、ガリレオが説得力を強化しようとするあまり大袈裟に表現しているのではないかと、信憑性に疑義が生じているからです。

疑義が導かれる考証は、実際にガリレオ自身が観測に成功した、暗い、もしくは、小さい、星の記録と照合すると、記述されている倍率では明らかに見えているはずの衛星が記録されていないなど、手紙との間に齟齬が生じてもいるからです。

その結果、20倍の倍率の望遠鏡が完成したことに疑いはないようですが、さらに30倍或いは32倍(面積が1000倍にみえたという記述から逆算した平方根)の望遠鏡が、果たして完成したかは藪の中のようです。

一方、どうして素早くできたかとの理由に、組立指図書等は見つかっていない難点がありますが、ガリレオは基本的に望遠鏡を製作したといっても、多くはレンズ2枚とそれらの間を引き離す長さを教える「糸」を作り、そのセットを贈ったり、売ったりしただけで、筒自体は作っていなかったとからだということもいわれます。

これがまた次の問題を提起します。そもそも、ガリレオ式望遠鏡の場合、ケプラー式に比べ暗くなるので、筒自体による反射・吸収などの出来具合によっても見え方が違うと考えられます。また、ガリレオ式は、先述のように、目を動かすことによって実際みえる「視野角」が広がるメリットがある一方、ガリレオの失明が接眼レンズによる目の感染症という説が出たりするほど、接眼レンズと目の位置の調整、が肝です。

この調整は眼を接眼部に対して固定しつつ同時にスムーズに動かしやすいかという接眼部の「造作」に半分は依拠するので、筒の作り方によって精度に差が出てしまいます。さらに、この調整は、観察者の眼を接眼部に対して固定と同時にスムーズに動かせるかという、いわば「身体能力」に半分は依拠することになります。

このようにガリレオ式の場合、観察者の視力・乱視等の眼の具合等を含めると、観察者の「身体能力」よってみえるものとみえないものの差がケプラー式に比べ相対的に大きいと考えられます。

昔の人が現代人と比べてそもそも眼が良かったとよくいわれることもさることながら、上述のように両眼失明というガリレオの晩年があるのとは対照的に、観測結果の図などからみてもガリレオの眼の良さは同時代人と比べても抜群であったことは間違いないようです。

つまり、こうした観点からみてもガリレオは天恵に浴してたと言えるようです。

しかし、この「生理的」な眼の良さ、「身体能力」以上に、固定観念に縛られない進取の心、柔軟さ、ものの見え方もしくは世界観をもった、「総合的」な意味での眼の良さがガリレオに恵まれたからこそ、ガリレオは歴史上の人物になったと思われます。

続く
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