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菩提樹、茶、桑、臼--技術と宗教―カトー研究所―国境なき記者団(報道の自由その36) [2009年06月04日(Thu)]

承前

カルタゴとイチジクから、釈迦族と菩提樹平家と沙羅双樹、にまで話題がのびてきてしまいました。

このブログでは人間のグローバリゼーションがもたらす諸問題も考えようとするものですが、「植物」と人間の関係には、「動物」とは違った意味で、すぐれて、人間自身のグローカライゼーション、覇権、世界化と土着性、などといわれることの具体的結果もしくはその投影ががみられます。「禁断の果実」がなぜリンゴと称されるようになったかという話にみられるように(クラーク ハインリック著「神々の果実」青土社)古今東西、宗教と人間の絡み合い、そして博物学、本草学の面白さの真骨頂がここにあるのでしょう。



さて、栄西(「えいさい」とも「ようさい」とも読み方は許容されるようです)は,臨済禅、菩提樹を日本にもたらしただけでなく、それ以上に「茶祖」として茶をもたらし、あわせて「」を「喫茶養生記」で知られるように、もたらしたといわれています。

茶も菩提樹も、苗を運んだのか、運ばせたのか、種だったのか、最初の入宋(にっそう)時か二度目の時か、諸説ありますし、桑も「喫茶養生記」がちぐはぐながらも下巻の殆どが熱心な桑の効用の紹介だということを考えると、「桑」についても苗や種を初めてでなくとも、持って帰ってきたのではないかと筆者は勝手に想像してしまいたくなります。

最初かどうかは別として、茶、桑、そして菩提樹の三つのを日本人になじみ深いものになっていることに栄西が一役かったことは間違いありません。そして、前二者については、今でいう「薬用」、人体に対する効能を述べていることからも想像していただけるように、薬研ならぬ、「うす」の使用、利用、普及に一役かっているとの研究もあります。

臼は、個体を粉にするものとして、抹茶、薬、蕎麦、餅のように、一定期間保存、あるいは運搬しやすくしたり、液体に溶かしたり、繊維質を残したまま摂食しやすくしたり、搾油、あるいは粘度を高めたりする大事な器具であり、また、火薬など、化合物の製作に欠かせなかったもので、臼の導入を境に歴史的な変化をもたらしています。

栄西がどのように、どのような経緯や背景の中で、この三つ、茶、桑、菩提樹を日本社会になじみ深いものにしたかについては、諸説ありますが、二度にわたる中国滞在がその契機であることは間違いありません。

続くxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
「報道の自由」はここから始めました。

「閑話休題」の.......
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