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バイロンと動物(7)ベニス、ローマ、イスタンブール、ルクソールCオリンピック。国とは?その33―閑話休題(再三) [2006年12月11日(Mon)]

<承前>

因みに、ビュザンティオンという名も紀元前667年頃にMegara メガラからの植民者たちによって建設されたからとするいい伝えもあります。

彼らの王Byzasビュザスが、どこに新しい都市を建てるべきか問うたとき、ギリシア最古の神託所であるボイポス/アポロンの神殿のDelphi デルポイの神託で「目の見えないのの反対側」といわれ、その後、ビュザスが当時さかえていた「アジア」側のギリシア都市、Chalcedon. カルケドンからみて、Bosporus ボスポラス海峡を挟んだ対岸に、良港となる地があることに気付いて建設したことにちなんでビュザンティオンと名づけられたとされています。

こうした背景もあって、ブロンズの馬も、ベニスに十字軍の戦利品としてもたらされた当時からも、ローマのものを奪い返した国威発揚とか、新興ベニスの国力誇示であるとか、当時のローマに対するベニスの力の誇示であるとか、馬4頭がキリストの4使徒を表現しているとか、太陽を天駆けるのを日課としていたアポロンの馬車の馬であった、などと様々にいわれてきました

<続く>

バイロンの足跡をたどる記事は最初はここから開始しました。
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