CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

«バイロンと動物(3)品格、ダンディズムと自然主義Cオリンピック。国とは?その29―閑話休題(再三) | Main | バイロンと動物(5)凱旋門の馬とナポレオン・インパクトCオリンピック。国とは?その31―閑話休題(再三)»
プロフィール

t_itoさんの画像
<< 2020年04月 >>
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
Google

Web全体
このブログの中

タグクラウド

https://blog.canpan.info/nonpo/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/nonpo/index2_0.xml
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
my website (03/08)
バイロンと動物(4)サンマルコの馬かバイロンの馬かCオリンピック。国とは?その30―閑話休題(再三) [2006年12月06日(Wed)]

<承前>

前回、乗馬服とダンディ、バイロンの紹介をしましたが、バイロンはことのほか、乗馬を楽しんだようです。ベニスに滞在するバイロンのもとに馬が届けられおり、若くして亡くなった、バイロン最愛の男友達、Charles Skinner Matthewsであり、欧州時代バイロンとよく連れ立っていたHenry Matthews ヘンリー・マスユーズは日記にこう記しています。

「There are only eight horses in Venice: four are of brass, over the gate of the cathedral; and the other four are alive in Lord Byron's stable ベニスには馬が八頭しかいない。四頭は青銅製で寺院(大聖堂)の入り口の上に、残り四頭はバイロン卿の厩舎で生きている

この4頭の馬とは、現在も、St Mark's Basilica, Basilica di San Marco サンマルコ寺院(大聖堂)に置かれているもので、テラスに複製が、オリジナルは博物館にあります。先述の1204年の第4回十字軍の戦勝の際、ベニスに持ってこられた戦利品です。

この4頭の馬は数奇な運命を辿っています。1797年にはナポレオンのイタリア侵攻時に奪われて一旦はパリに運ばれ、御者不在でパリのArc de Triomphe du Carrouselカルーゼル凱旋門の上に飾られました。しかし、1815年にナポレオンが没落すると、おりしもバイロンのベニス滞在直前、18年ぶりにベニスに「返還」されたました。

<続く>

バイロンの足跡をたどる記事は最初はここから開始しました。
トラックバック
ご利用前に必ずご利用規約(別ウィンドウで開きます)をお読みください。
CanpanBlogにトラックバックした時点で本規約を承諾したものとみなします。
この記事へのトラックバックURL
トラックバックの受付は終了しました

コメントする
コメント