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ベニスの商人、保護と隔離Cオリンピック。国とは?その27―閑話休題(再三) [2006年11月07日(Tue)]

<承前>

アル・パチーノが主演した近作の映画「ベニスの商人」では、シェークスピアの原作における反ユダヤ人観をめぐる論議を経て、ユダヤ人や当時の状況を「精確」に描写しているといわれますが、中でも筆者にとって印象深かったのは、閉じ込められたユダヤ人の居住区の「門」からの出入りの情景でした。

このベニスの居住区の名前が以降、今日まで使われるghettoゲットーの源となっています(ゲットー自身の語源には、諸説ありますが、この地が鋳物の「gheto鉱滓」処理場であったことからきているといわれます)。ユダヤ人に対するベニスの「保護と隔離」「差別と共住」の証であるこの天に伸びる居住区は、カソリック系とはいえベニスがアルメニア教会に島を与えたたり、あるいはさらに遡って、ベニスがその繁栄を決定的にし、東方教会と西方教会の亀裂を深くもした、1204年の第四回十字軍のスポンサーであったことなどと同様に、口悪い人に言わせればベニスという国際海洋国家が長い歴史の中で「商い」のためならば、宗教的、政治的、民族的に、いうなれば「寛容」であったことを象徴するものだと思われます。

バイロンは、リドの海岸を好みましたが、彼とその友人達は、リドにある寂れた古いユダヤ人墓地の風情にも印象を深くしていたといわれます。この墓地もまた、18世紀末まで利用されていた、元々は1386年ベニスが財政建て直しのため、トレヴィソのユダヤ人をベニスに誘致した際、ユダヤ人に提供したものです。

<前回まで休題の休題として続けてきた新刊「会社」の紹介の話題は、NPOとはどういう歴史の産物なのかという視点から、いずれかの機会に戻りたいと考えています>

本記事で再開した19世紀初頭バイロンの足跡をたどる記事は最初はここから開始しました。

<続く>
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