皆さん、こんにちは。
これはNFSAスカラーとしての最後ブログです。
5年間本当に早く過ぎたと感じます。
2011年3月に私は初めてブラジルを出ました。日本へ来るのを楽しみしていましたが、少し怖かったです。なぜかというと、ブラジルとはとても違う国だから。異文化とか、言語の問題とか、また友達ができるかどうかわからなかったです。
でも、日本に着いてからずっといい気持ちが感じました。中井さんは成田空港でウイリアムさん(8期生)と私を笑顔で待っていました。
空港を出ると、また冬の涼しい風を感じました。ブラジルの暑さにはもう疲れていましたので、とても嬉しかったです。また、日本はとても綺麗だと思いました。
最初の4カ月は、東京の力行会ウイリアムさんもそこに住んでいたから、買い物するとか、日本語が必要な時に助けてくれました。外国人の寮りょうの経験が初めてでした。悪いことがあったけど、良いことや素晴らしい人が多かったです。
その時に、新宿日本語学校に通っていました。厳しい先生が一人いましたので、大変でしたけど、日本語が前よりよくなりました。中級Iレベルが終わったけど、中級IIの途中に京都大学に入学したから学校をやめました。
それで、2011年8月に東京から犬山へ移動しました。犬山は愛知県のいなかで、有名な犬山城があります。そこで修士課程を始めました。非侵襲的な方法に基づく飼育メスニホンザルの副腎ホルモン動態の研究を行いました。その間に、メキシコであった国際学会とブラジルに行われたワークショップに参加しました。また、日本での実習(幸島と屋久島)に参加しました。二つとも素晴らしい所でした。
2年後、修士課程を終了してから博士課程に進みました。最初の3カ月にアメリカの「スミフィソニアム生物保全研究所」へ行って、ホルモン分析の技術を習いました。そして、フィールドワークを始めました。長野県の地獄谷野猿公苑、アメリカ合衆国のテキサスとマレーシアのボルネオへ行きました。
博士課程の2年目に、日本学術振興会の特別研究員の身分を受けることにしました。それで、3年で博士課程を終わらせず、日本と海外の研究を続けることになります。4月からも日本に2年ぐらいにいる予定です。 その間にブラジルとの共同研究を始めたいと思います。そうすることで、ブラジルと日本のかけ橋となるとことができると考えています。博士課程を終了したらブラジルへ帰る予定です。そこで、猿の研究を続けるつもりです。
まとめると、この5年間は素晴らしかったです。研究がよく進んで、論文も出版して、実験技術やフィールドワークも経験しました。また、言語(日本語と英語)のレベルも改善し、ネットワークを広げました。日本に住むのは本当に好きです。住みやすい国だと思います。文化や習慣も 慣れています。NFSAの研修のおかげで、日本の様々な場所へ行きました。
以上の理由で、日本財団と海外日系人協会、本当に感謝しています。日本に来させていただいたし、在学中もずっとご支援いただきました。どうもありがとうございました。
竹下小百合
ブラジル•8期生
Posted by 日系留学生管理者 at 15:52 |
日本での生活 |
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