日本での貴重な思い出
[2012年06月30日(Sat)]
みなさん、元気ですか?
6月も終わりました。早い――!
今日は先週私が体験した、貴重な出来事について書こうと思います。
その貴重な出来事とは、ここ日本において母国の大学で同級生だったひと達と会う機会ができたということです。
なぜ貴重だったかというと、会ったメンバーの大半は日系人でもなんでもない準フィリピン人なのですが、それぞれがそれぞれにいい機会とチャンスを得られたことで日本に来日することができ、そしてみんなで会うことできたからです。
では、ここで簡単に彼らの紹介をします。
当日のメンバーは7人でした。そのうちの私を含めた3人は日系人で、2人の姉妹は大学卒業後日本に来て今は工場で働いています。
次の2人は大学卒業後に「TESDA」という専門学校的な学校にて工場で働くための技術関係の仕事の訓練を1年終えた後、研修生として3年間の就学ビザを取得し昨年から来日して、栃木県の日立の工場で働いています。
残りの2人は、母国の卒大学と高校にて日本語教師をしているため、日本ファンデーションのもと行なわれる「海外日本語教師の養成・研修」のプログラムによって2ヶ月の日本研修に合格したことで来日できた人たちです。
大学時代、私たち日系人以外の同級生らはみな、日本に行きたい・働きたいなどの夢を抱いていました。と同時に、私も近い将来はみんなと日本で会うことができたらどんなに嬉しいことで素晴らしいだろうとも思っていました。
この日は、そうした私たちの夢と願いが叶えられた一日を過ごすことができたと思います。
当日は、大したことはしませんでした。ただ、東京探索も交えたお台場めぐりをし、一緒に昼食と夕食を取っただけです。でも、やはりこうした機会はなかなかないということと、久しぶりにみんなと再会するという喜びからいろんな話で盛り上がり、写真撮影などたくさんしてとても楽しい一日をみんなが過ごせたと思います。
日本という国で、「日本語」という一つのキーワード・ツールによって私たちは繋がりあえたように思います。
グローバル社会・国際化・国際交流である今の時代、これからも、どんどんこうしたチャンスや機会がもっともっとたくさんの若者に与えられるといいなと強く願います。
7期生
フィリピン出身
ジャンラウリーリズ 田中 タグド
6月も終わりました。早い――!
今日は先週私が体験した、貴重な出来事について書こうと思います。
その貴重な出来事とは、ここ日本において母国の大学で同級生だったひと達と会う機会ができたということです。
なぜ貴重だったかというと、会ったメンバーの大半は日系人でもなんでもない準フィリピン人なのですが、それぞれがそれぞれにいい機会とチャンスを得られたことで日本に来日することができ、そしてみんなで会うことできたからです。
では、ここで簡単に彼らの紹介をします。
当日のメンバーは7人でした。そのうちの私を含めた3人は日系人で、2人の姉妹は大学卒業後日本に来て今は工場で働いています。
次の2人は大学卒業後に「TESDA」という専門学校的な学校にて工場で働くための技術関係の仕事の訓練を1年終えた後、研修生として3年間の就学ビザを取得し昨年から来日して、栃木県の日立の工場で働いています。
残りの2人は、母国の卒大学と高校にて日本語教師をしているため、日本ファンデーションのもと行なわれる「海外日本語教師の養成・研修」のプログラムによって2ヶ月の日本研修に合格したことで来日できた人たちです。
大学時代、私たち日系人以外の同級生らはみな、日本に行きたい・働きたいなどの夢を抱いていました。と同時に、私も近い将来はみんなと日本で会うことができたらどんなに嬉しいことで素晴らしいだろうとも思っていました。
この日は、そうした私たちの夢と願いが叶えられた一日を過ごすことができたと思います。
当日は、大したことはしませんでした。ただ、東京探索も交えたお台場めぐりをし、一緒に昼食と夕食を取っただけです。でも、やはりこうした機会はなかなかないということと、久しぶりにみんなと再会するという喜びからいろんな話で盛り上がり、写真撮影などたくさんしてとても楽しい一日をみんなが過ごせたと思います。
日本という国で、「日本語」という一つのキーワード・ツールによって私たちは繋がりあえたように思います。
グローバル社会・国際化・国際交流である今の時代、これからも、どんどんこうしたチャンスや機会がもっともっとたくさんの若者に与えられるといいなと強く願います。
7期生
フィリピン出身
ジャンラウリーリズ 田中 タグド