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2008年11月10日

さざなみ 10月5日号



ニセコ、札幌へ行った。
翌週は雪が降った。

晩秋の北海道だった。
どもまでも打ち続く田畑、高い針葉樹の林、
草をはむホルシュタインの群れ、
木の間から突然現れたみずうみ、
稜線の美しい山やま



忘れえぬ人々にも会った。
清楚に身づくろいした小柄なおばあさんが、
駅のベンチで日に何本もない列車を待つ。
肩から斜交(はすか)いにかばんを下げた
おじいさんが方言で公衆電話をかけている。



札幌農業学校開校は明治九年、
初代教頭に就任したウイリアム・S・クラーク博士は、
体罰も含む過酷な校則を示されて意見を求められたとき
「そんなことで人間をつくることはできない
『ビー・ジェントルマン』
この一言を持って足れり」
               といった。

内村鑑三、新渡戸稲造、宮部金吾、
    志賀重昴(しげたか)、有島武郎、
近代の礎を築いた人物が綺羅星のごとく輩出した。



「朝食 飯、汁、香の物、湯
 昼食 飯、一菜、香の物、湯
 夕食 パン、バター、肉魚の肉にて二品、湯
 但し一日おきにライスカレー、他に二品」
これは明治十四年末、札幌農学校の学生の食事。
いまこそ、真の教育が求められる。


豊かに稔れる石狩の野に 
雁(かりがね)遥々(はるばる)沈みてゆけば

羊群声なく牧舎に帰り 
手稲の嶺(いただき)黄昏(たそがれ)こめぬ

都ぞ弥生
(北海道帝国大学予科寮歌)




さざなみコラムをお楽しみに皆様
掲載が遅くなりまして、申し訳ございませんでした。


写真はイメージです。
コラムをお楽しみいただける 参考になれば 幸いです。
posted by 日造協 at 16:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム「さざなみ」
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