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病院船の必要 [2011年03月30日(Wed)]
今回の東北関東大震災 東日本大震災で病院船の必要を更に強く感じました。
2006年11月13日に書いた内容ですから、4年半経ちます。
日本学術会議の勧告より←

大都市の広域災害時における安全確保対策として、病院船の建造や感染症対策等の救急医療体制、また、情報・通信インフラ、大深度ライフラインによる重要業務集積地域への支援体制、及び広域災害時の防犯対策などを早急に整備する必要がある。

大地震・津波等の広域災害時には、現在の防災政策の背景となった過去の災害に比べ、インターネットを含む情報通信の集中、感染症・犯罪等の混乱と二次災害が顕著になる危険が高い。その予防対策と危機管理のための社会基盤整備に必要な法制度を制定する必要がある。

1)病院船の建造等救急医療体制の整備いまだに我々の記憶に生々しく残っている 1995 年 1 月 17 日の阪神・淡路大震災の時には、世界の各国から援助の手が差し伸べられた。しかしながらこのときの日本政府の対応にはさまざまな問題があり、多くの反省すべき教訓が残されたといわれている。その教訓の一つに病院船の建造が挙げられる。

海外の状況を鑑みるに、例えば、アメリカは数多くの病院船を持っている。代表的なマーシークラス病院船は 5 万トンで、1,000 ベッドを持ち、紛争各地で活躍している。アメリカは、収容施設とヘリコプター運用能力を兼ね備え、さらには手術室まで備えた「浮かぶ病院」とも言える大型空母も多数持っている。イタリアは、8,900 トンクラスの病院船を 3 艇持っており、運用は海軍が行っている。

四方を海に囲まれ地震や火山の噴火などの災害に定期的に見舞われている我が国が、このような災害発生時に役立つ病院船を1隻も持っていないということは不思議なことである。我が国では海岸線から 13km 以内に総人口の約 50%が住んでいるのである。大地震発生時には陸上の交通網、通信連絡網、医療施設などの破壊が予想され、この際最も頼りになるのは病院船ではなかろうか。

病院船には医療品や食料を貯蔵し、救助部隊が高速艇や消防艇で発進し、河川を遡上し沿岸での消火活動、被災者の救助、収容、治療に当たらせる。船内には情報センターやプレスセンターを設置し、甲板には移送用ヘリコプターの基地を造り、緊急時には医療スタッフや患者、被災者、各種の資材等をヘリで移送させる。

病院船は通常は政府専用埠頭に待機させるが、定期的に過疎地域や島嶼に回航し、住民の検診や治療を行う。また必要に応じ海外難民の一時収容、あるいは海外災害地域へ派遣し、国際平和に貢献するための活動も行う。このような機能を持った船は我が国でも海上自衛隊の 補給艦とわだ型3隻と輸送艦 おおすみ があるが、それらのみでは不十分であり、災害時における固有の病院船の建造が必要である。 また、救急医療体制の一つとして、我が国における外傷センター1)の整備も急務である。

と言うように、日本学術会議も勧告しています。平成17年4月19日に勧告が出されてから、6年近くになります。お隣の国、中国ではすでに病院船は完成し稼動しています。

別に、病院船は政府所有の専用船や海上自衛隊の所有である必要性はないです。

ボランティア団体で病院船を所有してもよいのです。

https://blog.canpan.info/ngosinano/archive/45

病院船の必要性は過去の記事から、
https://blog.canpan.info/ngosinano/category_4/←くりっく!
東北関東大震災 東日本大震災から15日が経ちました。 [2011年03月27日(Sun)]
海からの船舶による支援は、海上自衛隊の艦船だけではありません。

函館・神戸・東京各税関所属の監視艇「はこだて」「おき」「つばさ」による余市商工会議所からの被災地支援物資の輸送をしています。
http://www.mod.go.jp/msdf/oominato/info/zisin/katudouzyoukyou.html
海上自衛隊大湊のホームページから

東日本巨大地震で被災した仙台市宮城野区の仙台塩釜港に25日午前10時ごろ、震災後初めて大型フェリーが入港し、食料や医療品などの商品約1400トンが届けられた。震­災前、フェリーによる貨物輸送は同港の総貨物量の約25%を占めており、航路が復旧したことで海路による物流機能の大幅な回復が見込めるようになる。入港したのは、24日­に北海道・苫小牧港を出港した太平洋フェリー(名古屋市)の「きたかみ」(1万3937トン)。仙台―苫小牧間を結ぶ定期便として運航していたが、震災後は休航していた
読売新聞の動画はりんくができないので、http://www.youtube.com/watch?v=aOmJNH5XoGs





南極海から帰国したばかりの調査捕鯨船が、大震災の被災地に支援物資を運ぶため、東京港を出発しました。




東北関東大震災 東日本大震災から15日が経ちました。 [2011年03月27日(Sun)]
東北関東大震災 東日本大震災から15日が経ちました。
東北関東大震災 東日本大震災での船舶の活動を海上自衛隊のホームページから、まとめて見ました。全部書こうと思いましたがあまりにも多いので、防衛省のホームページを見てください。
http://www.mod.go.jp/j/approach/defense/saigai/tohokuoki/news.html
11日から23日の活動内容はhttp://www.mod.go.jp/j/press/news/2011/03/24a.html
(25日)
07時20分 「ちよだ」が寄磯地区の被災者に対し、牛乳300本を搬送
08時00分 「くにさき」が渡波漁港の被災者に対し、主食缶詰144個、副食缶詰240個を提供
09時11分 「にちなん」が大須小学校の被災者に対し、軽油1782Lを搬送
09時20分 「ちよだ」が泊地区の被災者に対し、米55kg、副食缶詰500食、ガソリン90L、乾電池(単1)50個、乾電池(単2)26個、軍手100組、さらし3反の搬送
09時57分 「まきしま」が長磯七半沢地区の被災者に対し、非常用糧食264個、ウィンナー240缶、オレンジスプレット192本、たくあん缶144個、乾パン64袋、清涼飲料水200本、飲料水(2L)18本、さんま蒲焼120個、パイン缶24個を搬送
10時16分 「ひゅうが」搭載回転翼機による「ひゅうが」と名足小学校間の米医療チーム4名、医官等3名の輸送及び医療支援
10時47分 第61航空隊のYS−11Mが生活物資2.5トンを厚木から八戸に搬送
12時55分 「ちよだ」が寄磯地区の被災者に対し、米35kg、食器150個、アルミホイル20本、ラップ14本、選択用洗剤10袋、スリッパ6足の搬送
13時53分 「くらま」搭載回転翼機が寒風沢島の被災者に対し、水(20L)14個を提供
14時10分 「くらま」搭載回転翼機が野々島の被災者に対し、水(20L)7個を提供
14時10分 「ひゅうが」搭載回転翼機が「ひゅうが」と志津川小学校間の米医療チーム4名、医官等3名の輸送及び医療支援を実施
14時10分 「あしがら」から「さわぎり」搭載回転翼機が桂島の被災者に対し、主食缶詰1200個を提供
14時27分 「くらま」搭載回転翼機が桂島の被災者に対し、水(20L)9個を提供
15時26分 「ひゅうが」、「はるさめ」及び「たかなみ」搭載回転翼機による気仙沼市大島ふれあい公園の被災者に対し、灯油(ドラム缶26本)を搬送
15時35分 「ぶんご」が気仙沼大島小・中学校の小学生22名、中学生21名、保護者5名に対する入浴支援を実施
16時12分 「ちよだ」が寄磯地区の被災者(男性14名、女性13名)に対する入浴支援及びガソリン90L、副食缶詰500食、軍手100組、乾電池(単1)50個、乾電池(単2)22個、乾電池(単3)48個の搬送
16時20分 機動施設隊が八戸市内道路の災害ごみ清掃支援を実施
16時35分 「くろべ」が仙台塩釜港において被災者43名に対し、入浴支援を実施し、タオル48枚、シャンプー3本、ボディーソープ3本、紙コップ80個を提供
17時23分 「くにさき」が石巻港にて被災者に対し、入浴支援を実施し、幼児服5箱、子供服1箱、男性衣服2箱、女性衣服1箱、衣類6箱、靴下1箱、毛布1箱、タオル256枚、石鹸19個、歯ブラシ2箱を提供
18時00分 八戸航空基地が八戸周辺の被災者に対し、入浴支援、診療支援を実施
(24日)
08時00分 「にちなん」搭載艇等が大須小学校卒業式支援(赤飯缶飯602食提供)
09時29分 「くらま」搭載回転翼航空機等が寒風沢島の被災者に対し、水860L、灯油(ドラム缶×2)、パン216袋、米55KG、カップラーメン17箱、缶詰53個、粉ミルク21缶、離乳食24袋、靴下190足、トイレットペーパー192個、石鹸150個、その他生活用品等提供
09時42分 「やえやま」が荒地区の被災者に対し、タオル10枚、ティッシュ10箱、乾電池40個、洗剤2個、食器洗剤4L、漂白剤1本、ローソク40本、ウェットティッシュ30個提供
10時01分 「さわぎり」搭載回転翼航空機等が野々島の被災者に対し、灯油(ドラム缶×2)、パン216袋、米50KG、カップラーメン17箱、缶詰53個、粉ミルク15缶、離乳食20袋、靴下170足、トイレットペーパー192個、石鹸105個、その他生活用品等提供
10時27分 「くめじま」搭載艇が門前公民館の被災者に対し、缶飯240個、副食缶768個、乾パン128個、水120L、醤油18L、その他生活用品等提供
11時06分 「くろべ」搭載艇がコミュニティーセンターの被災者に対し、トイレットペーパー300個、乾電池96個、感冒薬72個、胃薬64個その他生活用品等提供
12時57分 「さわぎり」搭載回転翼航空機等が宮戸島の被災者に対し、灯油(ドラム缶×3)、パン492袋、米120KG、カップラーメン42箱、缶詰87個、粉ミルク50缶、離乳食74袋、靴下450足、トイレットペーパー276個、石鹸150個、その他生活用品等提供
13時07分 「くらま」搭載回転翼航空機等が桂島の被災者に対し、水648L、灯油(ドラム缶×2)、パン228袋、米85KG、カップラーメン23箱、缶詰55個、粉ミルク21缶、離乳食24袋、靴下240足、トイレットペーパー192個、石鹸150個、その他生活用品等提供
13時15分 「たかなみ」搭載回転翼機が大島中学校から気仙沼高校第2グラウンドまで急患輸送(患者1名)を実施
13時42分 「くらま」搭載回転翼航空機等が桂島の被災者に対し、灯油(ドラム缶×1)、パン144袋、米25KG、カップラーメン10箱、缶詰51個、靴下144足、トイレットペーパー96個、石鹸45個、その他生活用品等提供
13時57分 「やえやま」が小指区の被災者に対し、缶飯48個、副食缶96個、乾電池60個、洗剤2個、漂白剤1本、ローソク40本、タオル6枚、紙オムツ352枚、粉ミルク4缶、お尻拭き24個提供
14時00分 「くめじま」が泊里集落の被災者に対し、非常用糧食432食、副食481食、乾パン128食、醤油18L、その他生活用品等提供
14時13分 「やえやま」が大室地区の被災者に対し、米10KG、副食缶192個、消毒用エタノール3個、洗剤2個、木炭18KG、タオル13枚、ウェットティッシュ26個提供
15時17分 YS−11T2機が福島に、生活用品2.3tを提供
15時32分 回転翼機が石巻総合公園から宮戸島小学校へ消石灰を輸送
16時02分 「せとぎり」搭載回転翼機が新日鉄グラウンドへ支援物資(毛布等)提供
16時14分 「くめじま」が唯出集落の被災者に対し、非常用糧食480食、副食768食、乾パン128食、水120L、醤油18L、その他生活用品等提供
16時19分 111空の回転翼機が「おうみ」から気仙沼中学校へ、救援物資(飲料水3.9t)提供
16時47分 「ちよだ」搭載艇が寄磯の被災者に対し、ガソリン90L提供
18時00分 八戸航空基地隊が八戸周辺の被災者に対し、入浴支援等実施
18時00分 「くにさき」が仙台周辺の被災者に対し、入浴支援等実施
東北関東大震災 東日本大震災から15日が経ちました。 [2011年03月27日(Sun)]
東北関東大震災 東日本大震災から15日が経ちました。
東北関東大震災 東日本大震災での船舶の活動を海上自衛隊のホームページから、まとめて見ました。


(11日) 20時45分 八戸基地体育館に770名の避難者、私有車両140両を収容。
21時50分 大湊地方隊、毛布3000枚(青森県六ヶ所村500枚、風間浦500枚、三沢市500枚、八戸市500枚、むつ市1000枚)、缶詰1000個を搬出。
(12日) 06時30分 「はるさめ」搭載回転翼機が陸前高田孤立住民3名を救助
06時35分 第73航空隊のUH−60Jが、石巻沖の船舶乗員10名を救助
09時32分 第73航空隊のUH−60Jが、石巻湾漂流中の1名を救助
09時43分 「さわゆき」搭載回転翼機が陸前高田病院付近から避難場所まで被災者3名を搬送
09時53分 「たかなみ」搭載回転翼機が鹿妻小学校から石巻赤十字病院まで被災者9名を搬送
10時55分 「さわゆき」搭載回転翼機が陸前高田市役所屋上から避難場所まで被災者5名を搬送
11時26分 「おおなみ」搭載回転翼機が気仙沼市内から気仙沼小学校まで被災者5名を搬送
12時40分 第2護衛群第6護衛隊「はるさめ」の回転翼が気仙沼で13名救助
13時04分 第111航空隊のMCHが陸前高田病院から花巻空港まで人員輸送
13時38分 第2護衛隊群第6護衛隊の「たかなみ」から内火艇×2隻が孤立した被災者27名を救助。別に、救助された5名をあわせた32名のうち、4名を搭載ヘリにより日赤病院に搬送。残りの28名は艦内で待機。
13時44分 「たかなみ」搭載回転翼機が高田病院へ被災者12名を搬送
14時05分 「たかなみ」搭載回転翼機が高田病院へ被災者2名を搬送
14時11分 「すおう」が八戸沖から八戸港まで被災した漁船船員1名を搬送
14時28分 「さわゆき」搭載回転翼機が高田病院へ被災者2名を搬送
14時30分 第111航空隊(岩国)のMCH−101が陸前高田病院から花巻空港までの人員輸送
14時34分 「たかなみ」搭載回転翼機が石巻市内から石巻赤十字病院まで被災者5名を搬送
15時05分 「おおなみ」搭載回転翼機が阿武隈川河口から気仙沼陸上競技場まで被災者4名を搬送
15時07分 「たかなみ」搭載回転翼機が鹿妻小学校から石巻赤十字病院まで被災者4名を搬送
15時23分 第2航空群UH64が「ちきゅう」から80名を救助、八戸まで移送
16時10分 「たかなみ」搭載回転翼機が鹿妻小学校から石巻赤十字病院まで被災者6名を搬送
16時30分 「きりしま」搭載回転翼機が鹿妻小学校へ物品輸送
16時35分 「たかなみ」搭載回転翼機が鹿妻小学校から石巻赤十字病院まで被災者5名を搬送
16時45分 「はるさめ」搭載の回転翼機が浦島小学校から被災者12名を救助、気仙沼小学校へ搬送
17時28分 「たかなみ」搭載艇が石巻周辺で被災者2名を救助・搬送
17時56分 「おおなみ」搭載の回転翼機が阿武隈川河口から被災者33名を救助、岩沼市陸上競技場へ搬送
18時58分 「はるさめ」搭載回転翼機が浦島小学校から気仙沼小学校まで被災者1名を搬送
(13日) 06時15分 「さわぎり」搭載回転翼機が阿武隈川河口付近から岩沼市陸上競技場まで被災者10名を救助・搬送
07時02分 73空 UH64号が大湊を離陸、尻屋から宮古にかけて孤立した住民の捜索救助を実施
07時36分 「おおなみ」搭載回転翼機が亘理町立荒浜中学校から被災者31名を救助、岩沼市陸上競技場へ搬送
07時45分 「たかなみ」搭載回転翼機が多田小学校から石巻市赤十字病院まで被災者5名を救助・搬送
07時46分 「はるさめ」搭載回転翼機が気仙沼浦島小学校から気仙沼小学校まで被災者6名を救助・搬送
08時25分 「たかなみ」搭載回転翼機が多田小学校から石巻赤十字病院まで被災者3名を救助・搬送
08時30分 「さわぎり」積載回転翼機が阿武隈川河口から岩沼市まで要救助者10名を搬送
08時46分 「さわぎり」搭載回転翼機が、学校の屋上から亘理町中央児童センターまで被災者1名を搬送
09時18分 「さわぎり」搭載回転翼機が、民家から亘理町中央児童センターまで被災者2名を搬送
09時34分 「はるさめ」搭載回転翼機が、気仙沼大島中学校から気仙沼小学校まで被災者9名を搬送
09時51分 第25航空隊UH−60Jが片岸町室浜海岸から県立釜石病院まで被災者9名を搬送
10時30分 第25航空隊UH−60Jが片岸町室浜海岸から県立釜石病院まで被災者11名を搬送
10時37分 「はるさめ」搭載回転翼機が石巻長面地区から石巻赤十字病院まで被災者6名を救助・搬送
10時40分 第73航空隊MCH−101が大槌から県立釜石病院搬へ被災者11名を救助・搬送
10時55分 111航空隊が南三陸町に非常糧食を輸送
11時02分 「さがぎり」搭載回転翼機が民家から亘理町中央児童センターまで被災者3名を救助・搬送
11時12分 「ちょうかい」搭載艇及び搭載回転翼機が福島沖から相馬中央病院まで被災者1名を救助・搬送
11時19分 「はるさめ」搭載回転翼機が気仙沼北上中学校から石巻市赤十字病院まで被災者2名を救助・搬送
11時35分 「しらね」搭載回転翼機が山田湾内から釜石陸上競技場まで被災者1名を搬送
12時00分 ときわからMH53Eにより宮城県長沼市に応急糧食3,000食を輸送完了
12時26分 「はるさめ」搭載回転翼機が汽船沼北上中学校から石巻市赤十字病院まで被災者4名を救助・搬送
12時53分 「ひゅうが」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻市赤十字病院まで被災者1名を救助・搬送
14時14分 「ひゅうが」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻市赤十字病院まで被災者5名を救助・搬送
14時33分 「はるさめ」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者10名を救助・搬送
15時00分 「はるさめ」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者12名を救助・搬送
「ひゅうが」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者18名を救助・搬送
「たかなみ」搭載回転翼機が第2湊小学校から石巻赤十字病院まで被災者2名を搬送
15時20分 「はるさめ」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者12名を救助・搬送
「ひゅうが」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者15名を救助・搬送
15時43分 MH―53Eが遠野運動公園へ非常用糧食9000食、毛布500枚、水157箱を輸送
16時00分 「はるさめ」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者7名を救助・搬送
16時03分 第25航空隊UH−60J及びSH−60Jが白浜小学校から釜石市民病院まで被災者139名を搬送
16時20分 「たかなみ」搭載回転翼機が第2湊小学校から石巻市赤十字病院まで被災者5名を搬送
17時00分 「たかなみ」搭載回転翼機が第2湊小学校から石巻市赤十字病院まで被災者2名を搬送
17時56分 「おおなみ」搭載回転翼機が亘理町立荒浜中学校から岩沼市陸上競技場まで被災者33名を搬送
18時00分 横須賀警備隊が72トンの給水支援を実施
・ときわからMCH−101により気仙沼市及び長沼市に非常用糧食152箱を輸送
(14日) 13時13分 浦戸桂島(塩釜市)で「おおなみ」の内火艇及び作業艇により物資輸送(水140L、カンパン192個、パン174個)
14時14分 「ときわ」から発艦した回転翼機が2.5トンの非常用糧食を女川総合運動公園に輸送
15時40分 「おおなみ」が被災者に対し食料等を提供(水170L等)
17時47分 「はるさめ」搭載の回転翼機が波伝谷地区から石巻赤十字病院へ被災者8名を搬送


http://www.mod.go.jp/j/approach/defense/saigai/tohokuoki/index.html

http://www.mod.go.jp/msdf/formal/operation/earthquake.html

あまり海からの支援活動は報道されませんが、海からの艦船による支援はこれほど沢山あります
東北関東大震災 東日本大震災から15日が経ちました。 [2011年03月27日(Sun)]
東北関東大震災 東日本大震災から15日が経ちました。
東北関東大震災 東日本大震災での船舶の活動を少し書きます。

以前の記事に書きました日本郵船さんのモジュール船YAMATAI、救援物資を無償輸送−神戸から飲料水、食料など積み、本日27日(日)8時に無事に八戸港に着岸し、即時に揚げ荷を開始しました。


<画像:http://www.nyk.com/release/dbps_data/_material_/NYKCOM_JAPANESE/yamatai2.jpg>

日本郵船さんのホームページhttp://www.nyk.com/release/NEWS_INDEX.html
コメントをいただきました [2011年03月23日(Wed)]
コメントをいただきました
2006年11月13日に書いた内容ですから、4年半経ちます。
日本学術会議の勧告より

大都市の広域災害時における安全確保対策として、病院船の建造や感染症対策等の救急医療体制、また、情報・通信インフラ、大深度ライフラインによる重要業務集積地域への支援体制、及び広域災害時の防犯対策などを早急に整備する必要がある。

大地震・津波等の広域災害時には、現在の防災政策の背景となった過去の災害に比べ、インターネットを含む情報通信の集中、感染症・犯罪等の混乱と二次災害が顕著になる危険が高い。その予防対策と危機管理のための社会基盤整備に必要な法制度を制定する必要がある。

1)病院船の建造等救急医療体制の整備いまだに我々の記憶に生々しく残っている 1995 年 1 月 17 日の阪神・淡路大震災の時には、世界の各国から援助の手が差し伸べられた。しかしながらこのときの日本政府の対応にはさまざまな問題があり、多くの反省すべき教訓が残されたといわれている。その教訓の一つに病院船の建造が挙げられる。

海外の状況を鑑みるに、例えば、アメリカは数多くの病院船を持っている。代表的なマーシークラス病院船は 5 万トンで、1,000 ベッドを持ち、紛争各地で活躍している。アメリカは、収容施設とヘリコプター運用能力を兼ね備え、さらには手術室まで備えた「浮かぶ病院」とも言える大型空母も多数持っている。イタリアは、8,900 トンクラスの病院船を 3 艇持っており、運用は海軍が行っている。

四方を海に囲まれ地震や火山の噴火などの災害に定期的に見舞われている我が国が、このような災害発生時に役立つ病院船を1隻も持っていないということは不思議なことである。我が国では海岸線から 13km 以内に総人口の約 50%が住んでいるのである。大地震発生時には陸上の交通網、通信連絡網、医療施設などの破壊が予想され、この際最も頼りになるのは病院船ではなかろうか。

病院船には医療品や食料を貯蔵し、救助部隊が高速艇や消防艇で発進し、河川を遡上し沿岸での消火活動、被災者の救助、収容、治療に当たらせる。船内には情報センターやプレスセンターを設置し、甲板には移送用ヘリコプターの基地を造り、緊急時には医療スタッフや患者、被災者、各種の資材等をヘリで移送させる。

病院船は通常は政府専用埠頭に待機させるが、定期的に過疎地域や島嶼に回航し、住民の検診や治療を行う。また必要に応じ海外難民の一時収容、あるいは海外災害地域へ派遣し、国際平和に貢献するための活動も行う。このような機能を持った船は我が国でも海上自衛隊の 補給艦とわだ型3隻と輸送艦 おおすみ があるが、それらのみでは不十分であり、災害時における固有の病院船の建造が必要である。 また、救急医療体制の一つとして、我が国における外傷センター1)の整備も急務である。

と言うように、日本学術会議も勧告しています。平成17年4月19日に勧告が出されてから、1年半になりますが、動きは無い様です。

動きが無いので、民間の「ボランティアの力」で病院船を建造しよう。と言うのが「このブログ」です。

別に、病院船は政府所有の専用船や海上自衛隊の所有である必要性はないです。

ボランティア団体で病院船を所有してもよいのです。

https://blog.canpan.info/ngosinano/archive/45

いただいたコメントは

始めまして、73歳ですがで厚生省や防衛庁から病院船の必要性を訴えないのか中学生の頃から思い始めて世界の艦艇雑誌などをみては馬糞紙で模型を作った想い出が蘇えりました。三宅島の噴火の際には特にその思いが増しました。造船界が橋梁の製造・プラントに重きを置いていることに海洋国としての日本に危機感を持ち選挙活動をしている運動員や立候補者に必要性を国会議員まで意見を伝えて欲しいとお願いしてきましたが資料が手元になかったので説明不足で理解されなかったようです。当ページで数十年のもやもやが晴れ小生も自信をもって訴えていきます。

ありがとうございます
大都市に限らず、広域災害は発生します。
日本は海岸線から 13km 以内に総人口の約 50%が住んでいるのです。
大地震発生時には陸上の交通網、通信連絡網、医療施設などの破壊は現実に起きてしまいました。

災害は、次に何時発生するかわかりません。病院船の早期の建造を望むのです。




3月17日の内容の変更 [2011年03月23日(Wed)]
3月17日の内容の変更です。東北地方太平洋沖地震被災地に対する支援について
3月17日に掲載した日本郵船のヘリコプターの着艦可能なモジュール船YAMATAは24日に神戸港を出港予定。
<画像:http://www.nyk.com/release/dbps_data/_material_/NYKCOM_JAPANESE/YAMATAIpic.JPG>

http://www.nyk.com/release/1413/NE_110322_2.html
各企業・地方自治体・NPOからの支援物資を積載し、被災地向けに輸送することになりました。3月24日に神戸港にて積み荷役を実施後、同日午後1時に青森に向け出帆予定となっております。
東北関東大震災 東日本大震災から10日 [2011年03月21日(Mon)]
東北関東大震災 東日本大震災から10日が経ちました。

東北関東大震災・東日本大震災での救援・支援活動の中から、船舶の活動を、掲載しています。

海上自衛隊の活動
http://www.mod.go.jp/msdf/formal/operation/earthquake.html

59隻の艦船と約100機のヘリコプターが活動しています。
http://www.mod.go.jp/msdf/formal/operation/img/earthquake/butai.pdf

離島へ支援!あまり離島に付いての情報は報道されていません。でしたが支援されているのですね。
http://www.mod.go.jp/msdf/formal/operation/img/earthquake/ritou.pdf




防衛省のホームページ
http://www.mod.go.jp/j/approach/defense/saigai/tohokuoki/index.html
海 自 指揮官:横須賀地方総監
航空集団(厚木)、教育航空集団(下総)、横須賀地方総監部(横須賀)、掃海隊群(横須賀)、第1護衛隊群(横須賀)、第2護衛隊群(佐世保)、第3護衛隊群(舞鶴)、第2潜水隊群(横須賀)、第1航空群(鹿屋)、第2航空群(八戸)、第4航空群(厚木)、第5航空群(那覇)、第21航空群(館山)、第22航空群(大村)、第31航空群(岩国)、下総教育航空群(下総)、第1護衛隊(横須賀)、第2護衛隊(佐世保)、第3護衛隊(舞鶴)、第4護衛隊(大湊)、第5護衛隊(横須賀)、第6護衛隊(佐世保)、第11護衛隊(横須賀)、第12護衛隊(呉)、第15護衛隊(大湊)、第1掃海隊(呉)、第2掃海隊(佐世保)、第51掃海隊(横須賀)、第101掃海隊(呉)、第41掃海隊(横須賀)、第42掃海隊(呉)、第43掃海隊(佐世保)、第44掃海隊(舞鶴)、第45掃海隊(大湊)、第46掃海隊(佐世保)、第203教育航空隊(下総)、第211教育航空隊(鹿屋)、第2潜水隊(横須賀)、第1海上訓練支援隊(呉)、横須賀警備隊(横須賀)、第2ミサイル艇隊(舞鶴)、横須賀衛生隊(横須賀)護衛艦「はるさめ」、護衛艦「たかなみ」、護衛艦「おおなみ」、護衛艦「さわゆき」、護衛艦「やまゆき」、護衛艦「しらね」、護衛艦「くらま」、護衛艦「ゆうぎり」、護衛艦「あまぎり」、護衛艦「せとぎり」、護衛艦「さわぎり」、護衛艦「きりしま」、護衛艦「ちょうかい」、護衛艦「あしがら」、護衛艦「ひゅうが」、護衛艦「あぶくま」、護衛艦「おおよど」、護衛艦「ちくま」、護衛艦「とね」、掃海艦「やえやま」、掃海艦「はちじょう」、掃海母艦「ぶんご」、輸送艦「くにさき」、輸送艦「ゆら」、輸送艦「のと」、訓練支援艦「くろべ」、訓練支援艦「てんりゅう」、多用途支援艦「ひうち」、多用途支援艦「すおう」、多用途支援艦「あまくさ」、海洋観測艦「すま」、海洋観測艦「わかさ」、海洋観測艦「にちなん」、潜水艦救難母艦「ちよだ」、試験艦「あすか」、補給艦「ときわ」、補給艦「はまな」、補給艦「おうみ」、補給艦「ましゅう」、掃海艇「ひらしま」、掃海艇「たかしま」、掃海艇「つしきま」、掃海艇「まえじま」、掃海艇「くめじま」、掃海艇「とびしま」、掃海艇「まきしま」、掃海艇「ながしま」、掃海艇「のとじま」、掃海艇「ゆげしま」、掃海艇「つのしま」、掃海艇「なおしま」、掃海艇「とよしま」、掃海艇掃海艇「あいしま」、掃海艇「あおしま」、掃海艇「みやじま」、掃海艇「ししじま」、掃海管制艇「さくしま」、特務艦艇「はしだて」、ミサイル艇「はやぶさ」、ミサイル艇「うみたか」
日本郵船はヘリコプター離発着の可能な船舶を投入 [2011年03月17日(Thu)]
日本郵船はヘリコプター離発着の可能は船舶を投入し、東北地方太平洋沖地震被災地に支援する。発表しました。

東北地方太平洋沖地震被災地に対する支援について―モジュール船YAMATAIを物資供給用の洋上基地として投入を申し入れ―

この度の東北地方太平洋沖地震で被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

当社は、3月14日に東北関東大震災対策本部を立ち上げ、当社グループが運航する船舶などを用いた被災地への支援策を検討してまいりましたが、この度、当社100%子会社の日之出郵船株式会社が運航するモジュール船「YAMATAI」を、被災地への物資供給におけるヘリコプターの洋上基地として活用すること等を政府に申し入れ、日本に向け航海を開始しました。

本船「YAMATAI」はフラットな甲板を有し、通常はプラント設備などの輸送を行いますが、ヘリコプターの離発着も可能なことから、三陸沖に停泊し、被災地で必要な物資を提供する洋上基地として活用することが可能です。

本船は現在韓国のマサンを出帆しており、最速では3月20日前後に現地に到着できる見込みです。

一日も早い被災地の復興をお祈り致します。
<画像:http://www.nyk.com/release/dbps_data/_material_/NYKCOM_JAPANESE/YAMATAIpic.JPG>
<本船概要>

全長:162.00メートル
全幅:38.00メートル
計画満載喫水:6.344 メートル
総トン数:14,538トン
載貨重量トン数:19,500トン
船籍:パナマ
竣工年:2010年


日本郵船のホームページ
http://www.nyk.com/release/1413/NE_110315.html

陸上のライフライン、特に道路の復旧には時間が掛かります。それに比べ洋上から支援は、陸上の被害に影響されません。船舶で支援物資を運び、被災地への物資供給におけるヘリコプターの洋上基地として、被災地へヘリコプターで届けられるのです。
中国、海軍病院船の派遣を表明 [2011年03月17日(Thu)]
中国、海軍病院船の派遣準備を表明 
CRI・中国国際放送局(北京放送) 日本語HPより
日本の東北と関東で大地震が発生したことをうけて、中国各界は相次いで援助の手を差し伸べ、15日、多くの部門は日本に援助を提供したいと表明しました。

 国防省報道事務局の高官はこの日、「日本はこのほど稀に見る自然災害に見舞われ、国民の生命と財産に大きな損失がもたらされた。中国の国民と軍隊はこれを自分のことのように思っている」と述べました。梁光烈国防相は早くも地震が起きた11日に日本の北沢防衛相に心からの慰問の意を表明した上で、「中国軍隊は日本に救済物資を提供したい。また医療救援チームや衛生防疫チーム、あるいは海軍の病院船を日本に派遣して救援活動に参加したい」と述べました。

 中国赤十字会は15日、日本の被災地に500万元相当の緊急援助を改めて提供することを決めました。

 さらに陳竺衛生相は日本の細川厚生労働大臣に書簡を送り、「中国はあらゆる必要な医療衛生援助を提供する準備ができている」と表明しています。(翻訳:玉華)


りんく=http://japanese.cri.cn/881/2011/03/16/141s172102.htm



中国病院船の機能は過去の記事から

https://blog.canpan.info/ngosinano/category_22/

https://blog.canpan.info/ngosinano/category_34/

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