2017年07月04日(Tue)
【正論】100年後をにらみ海の再構築を
(産経新聞【正論】2017年7月3日掲載)
日本財団会長 笹川陽平 ![]() |
なお薄い国際社会の危機感
しかし、米国のトランプ大統領が、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの削減を目指すパリ協定からの離脱を表明するなど、地球や海の環境悪化に対する国際社会の危機感はなお薄い。 海に関係する国際機関は国連食糧農業機関(FAO)、国際海事機関(IMO)、国連環境計画(UNEP)など9機関に上り、1993年の生物多様性条約など多くの条約、協定を定めているが強制力を欠き実効を上げるに至っていない。そんな危機意識から、海洋会議最終日の国連総会本会議で、筆者は世界の非政府組織(NGO)を代表して、国を越えて海の問題を話し合う政府間パネルの設置を提案した。 わが国でも海を管轄する行政機関が9省庁11部局にまたがり、施行から10年を経た海洋基本法が十分機能しない現実がある。縦割りの各組織が横の連携を欠くのが一因で、政府間パネルでは各国が問題点や必要な対策を共有し、各組織の有機的な連携を強化したいと思う。日本政府をはじめ各国が前向きに受け止めてくれるよう願っている。 地球温暖化の原因となるCO2濃度は18世紀後半から19世紀にかけた産業革命以前に比べ40%増加、これに伴い平均気温も1度上昇し、パリ協定では気温上昇を産業革命以前に比べ2度未満に抑えるのを目標に、各国が独自のCO2削減目標を策定している。 しかし現実には、各国がそれぞれの目標を達成しても地球温度はなお3度近く上昇するとされ、各地の海水温度も既に1度前後の上昇が見られる。 この結果、種に適した水温の海域に魚が移動し、世界の魚の分布に大きな変化が出ているほか、大気中の過剰なCO2が海水に溶け込むことで酸性化が進み、豪州や沖縄では大規模なサンゴの白化現象も起きている。 深刻な乱獲やプラスチックごみ 魚の乱獲も進んでいる。FAOは主要な魚種200種類のうち8割以上を「これ以上、獲ってはいけないレベルにある」と警告しているが、依然、歯止めが掛かっていない。世界の人口70億人のうち30億人が水産物を動物性タンパク質の主要な供給源とし、健康志向の高まりもあって総消費量は、この40年間で2倍に増えている。 日本財団がカナダなど世界の7大学・研究機関と2011年から取り組む国際海洋プログラム「海の未来の予測」によると、赤道周辺の商業種の漁獲可能性は50年までに40〜60%減少し日本産のスシネタが姿を消すといったショッキングな報告もなされている。 プラスチックごみによる汚染も深刻だ。世界の生産量は12年、2億8800万トンに上り、米ジョージア大の調査によると、このうち1.6〜4.4%が海に流出。波間を漂ううち微小に砕け、海の生態系を壊し、海産物を通じて人間の健康に悪影響を与える恐れも指摘されている。中国やインドネシアなどリサイクルや廃棄処理が適切に行われていない地域からの流出が多く、UNEPは15年、プラスチックごみが生態系や漁業など海洋に与える経済損失を年間130億ドル(約1兆4500 億円)に上ると報告している。 これ以上の負荷に耐えられない 政府間パネルの設置と合わせ、国際協力による海底地形図の作成や国連の海事・海洋法課(UNDOALOS)と協力した海の人材育成も提案した。 特に海底地形図は月や火星の表面がほぼ解明されている現在も、領海や排他的経済水域(EEZ)を除いた公海の深海部を中心に85%が未解明の状態にある。当面、日本財団と大洋水深総図(GEBCO)指導委員会の共同作業として進め、各国に領海やEEZの未公表データや漁船、商船に装備されている測探機のデータの提供を求め30年までに完成させたく考える。 成果をGEBCOの公式サイトで公開するほか、グーグルの検索サイトとも連携することで国際的な共有財産として台風や津波の進路予測、海底資源の発掘などにも活用できる。 数年前まで海の危機は過剰操業に伴う漁業資源の枯渇が主たるテーマだった。しかし現在は海洋の温暖化や酸性化が深刻化し、元の状態に戻すのは最早、不可能といった指摘さえ耳にする。 人類は、17世紀のオランダの法学者グロチウスが唱えた「海は無限」、「海洋の自由」そのままに、地球の3割を占める陸に比べ、7割の海を野放図に使ってきた。国連は地球の人口が半世紀後に100億人を突破すると予測しており、海はこれ以上の負荷に耐えられない。 海の危機は「待ったなし」の状況にあり、“母なる海”が死ねば人類の生存は不可能になる。国際社会は100年、200年後をにらんで海の再構築に本格的に取り組まなければならない。 |