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2016年08月24日(Wed)
国際協力で世界の海底地形図を
(産経新聞【正論】2016年8月23日掲載)

日本財団会長 笹川陽平 


seiron.png 「母なる海」の危機が進行している。人類は海を自由に利用することで発展してきた。海が死ねば人類も滅びる。よく耳にする「健全な海を次世代に」ではなく、今こそ数百年、数千年先を睨んだ本格的な取り組みに着手しなければならない。

2030年までに完全解明を

そんな思いで6月、モナコ公国でGEBCO(大洋水深総図)指導委員会と日本財団が共催した国際フォーラムで、2030年までに海底地形の100%解明を目指す新規事業の立ち上げを提案し賛同を得た。

地表の7割を占める海には、マリアナ海溝のように水深が1万メートルを超し光が全く届かない深海も多く、人類が形状を把握している海底は全体の15%にとどまる。保有データを公開していない国や海底資源開発に取り組む研究機関や企業の未公開データを合わせても、せいぜい18%というのが大方の見方だ。

全体の3分の2を占め、どの国も管轄権を持たない公海、特にインド洋や大西洋の赤道以南の海域にいたっては、船舶の航行も少なく測量データもほとんど存在しない。大接近した時でも地球から5千万キロメートル以上のかなたにある火星の表面の方が、人工衛星や米航空宇宙局(NASA)の探査車から送られてくる膨大な写真データによって、はるかに解明が進んでいるというから驚きだ。

 海底地形図の必要性は、20世紀初頭にモナコ公国のアルベール一世が提唱し、現在は国際水路機関(IHO)と国連教育科学文化機関(UNESCO)の政府間海洋学委員会(IOC)が共同で作成作業に取り組んでいる。

 国際フォーラムにはNASAや国際自然保護連合(IUCN)など国際機関、各国政府、企業関係者らも出席、筆者の提案に対し、政府間、産業間の協力が得られれば2030年までに海底地形図を100%完成させるのは十分可能ということで意見が一致した。

各国政府に未公表データの提供を呼び掛けるとともに船舶会社や水産会社に航行海域の深度観測など協力を求め、1キロメートル四方に1点程度の深度データを蓄積、人工衛星画像を利用した深海情報なども活用して順次、海底図の作成を進めることになる。

04年からGEBCO指導委員会と日本財団が共同で取り組んでいる人材育成事業で既に33カ国で70人を超す海底地形図作成の専門家が育っており態勢も整いつつある。

海に対する希薄な危機感

 人類は長い間、野放図な海の利用を続けてきた。背景には17世紀のオランダの国際法学者グロチウスが唱えた「自由海論」に基づく「海の資源や浄化能力は無限」とする誤った考えがあった。同じ資源枯渇や環境破壊であっても、陸に比べ海に対する危機感は現在も希薄である。

人類が深刻な海の現実に気付かぬまま、乱獲による漁業資源の枯渇や工場排水やゴミによる環境汚染、大気中の二酸化炭素濃度上昇に伴う海洋の酸性化などが進行し、世界の人口増で需要が高まる漁獲量は今世紀半ばまでに半減すると予測されている。

酸性化に伴いサンゴの白化現象が進み、太平洋の島嶼国キリバスのように温暖化による海面上昇で水没の危機が現実化しつつある国もある。海底情報は、国際社会がこうした海の危機に対応するための基本情報となる。

船舶の安全航行や東日本大震災のような大地震発生時の津波や大型化が目立つ台風の進路予測、海水温度上昇で変化する魚介類の生息分布を占う上でも大きな力となる。

地球人口は今世紀半ばに90億人に達する。陸の資源の枯渇を前に、人類は食料も鉱物資源も海への依存を高めざるを得ない。

日本は主導的役割を果たせ

四方を海に囲まれ、世界6位の排他的経済水域(EEZ)を持つ日本は、周辺海域に天然ガスの主成分となるメタンハイグレードや金や銀が堆積する熱水鉱床、レアアースを含む泥など豊富な資源の存在が確認されつつある。

今春完成した海底広域研究船「かいめい」など本格的な調査船、海底映像や鉱物資源をサンプル採取する無人探査機などを備え、海底地形調査、海底地図作成でも世界最先進国の立場にある。筆者はこれまで「海に守られた日本から海を守る日本」を提唱してきた。これからは「世界の海を守る日本」として主導的役割を果たすことが、わが国の責務でもある。

海底地形図の作成は、言うほど簡単ではない。ひとつでも多くの国が参加し、取り組むよう求めたい。国際的な共同作業が拡大すれば、各国が自国の利益にこだわってしのぎを削るのではなく、海の公平・公正な利用が広がる。

海は世界をひとつにつなぐ人類の共有財産である。国際社会が一致して海の健全化に取り組む態勢が整った時、無限のフロンティアとしての新しい海の姿が見えてくる。
タグ:正論 海洋
カテゴリ:正論







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