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2012年04月02日(Mon)
「阪神」から「東北」へ感謝のリレー
(SANKEI EXPRESS【ボランティア被災地通信】2012年4月2日掲載)

「あなたを忘れていない」

総務グループ
秘書チーム 松岡 直


 「『あなたを忘れていない』そんなメッセージを伝えることが大切なのだ」

 ある日、新聞に載っていたこんな言葉が、広島大学教育学部3年生の太田陸さん(22)の心を大きく揺さぶり、最初の一歩を踏み出させた。
「自分も何かを」
 阪神・淡路大震災が起こった1995年。当時5歳だった太田さんは被害の大きかった西宮に住んでいた。自宅は倒壊し、2〜3週間、避難先の体育館で過ごした。17年たった今でも地震の恐怖が鮮明に残り、忘れられない。昨年3月11日の東日本大震災後、「自分も何かをしたい」という気持ちはあったものの、教育実習など日々の忙しさと地震の恐ろしさに踏み出すことができなかった。そんなときに先ほどの言葉と出合ったのだ。

 時間の経過とともに薄れ行く被災地への関心、減っていくボランティアや寄付金…。だが、いくら年月がたっても震災は終わらない。それが誰よりもわかるからこそ、被災経験のある自分が行動しなければと、被災地行きを決めた。

 ボランティアが神戸の復興を支えてくれたことに改めて感謝し、阪神・淡路大震災での恩返しをしたいという思いを抱き、福島の子供支援ボランティアに臨んだ太田さんだったが、感想は意外なものであった。

違う価値観の仲間
 「ボランティアって一体何ができるんだろう。ボランティアは果たしてニーズに応えられているのだろうか」

 初日の活動を終えた感想だ。教員を目指す太田さんは、普段から子供と接する機会が多い。避難を余儀なくされた子供たちといっても、一緒に過ごした時間は特別なことではなかった。疑問と悔しさが残った。

 不完全燃焼の太田さんに刺激を与えたのは、仲間たちの存在だった。会津美里町にある仮設住宅に入った学生ボランティア5人は、出身大学も違えば専攻も違うさまざまな価値観を持ったグループであった。夜の反省ミーティングでは、子供のことばかり考えている教育学部の太田さんには新鮮だった。見る視点が違えば、これほど意見が違うのかと改めて感じた。「その違いが良い刺激となり、自分の気持ちを言葉できちんと伝えなければ、伝わらないことを学んだ」という。

子供からもらった元気
 ボランティア2日目。数時間に及ぶ前夜のミーティングで決まった「子供たちに最高に楽しい時間を過ごしてもらい、笑顔になってもらおう」というミッションのもと、練り上げた遊びプランをそれぞれが実行。初日よりもたくさんの子供が集まり子供も学生たちも思いっきり遊んで充実した時間を過ごせた。この交流を通じて、太田さんは「生涯、子供と深くかかわっていきたい。子供の笑顔を一番近くでみたい」という気持ちをより強く持てたのだ。

 ボランティア活動を終えた太田さんは、こう語った。

 「子供たちを元気にしようと思ってボランティアに行ったのに、気づいたら子供たちから元気をもらっていた。2日間、子供たちと接して、笑顔を見ることができたし、元気になった子供もいるとは思う。けれど…一番伝えたいメッセージ『あなたを忘れていない』を伝えることができなかった。たった2日間で伝えられることじゃない。また子供たちを笑顔にするために戻ってきたいと思う」

 自分が被災地でできること。それは、子供たちの「お兄ちゃん」になることだ。太田さんは「いくら被災者と言っても何をやっても許されるわけではない。考慮すべきことはあっても『人』として間違ったことをしたときは、『そうじゃないよ』と教えることが大切。そういうことなら僕にもできる」と確信した。

 仲間に刺激され、最終的にボランティアの意義を見いだせた太田さん。やり残した「あなたを忘れていない」のメッセージをしっかりと伝えられるまで、挑戦は続く。



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