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2015年12月25日(Fri)
養子縁組中心の児童福祉実現を
(産経新聞【正論】2015年12月24日掲載)


日本財団会長  笹川 陽平 


seiron.png愛着や人格形成の上からも、子どもが家庭で育つのが望ましいのは言うまでもない。親に育てる能力や意思がない子どもには家庭で養育できる環境を社会全体で提供する必要がある。

世界でも特異な施設偏重の現状

然るに、わが国では、これら社会的養護を必要とする子どもたちの80%以上が施設で暮らす特異な状況があり、国連からも改善勧告を受けてきた。政府も「新たな子ども家庭福祉のあり方」を検討中で、年明けの通常国会に児童福祉法の改正案を提出する方針と聞く。
改正案では国や自治体の責任を明確にし、養子縁組を国の児童福祉政策の柱と位置付けるとともに「養子縁組推進法(仮称)」を制定し施設偏重の現状を家庭養護中心に切り替えるよう求める。

わが国の社会的養護は全国133カ所の乳児院と601カ所の児童養護施設を中心に進められてきた。2013年度でみると、3歳未満の乳幼児約2950人が乳児院、3歳から18歳未満の児童約2万7500人が児童養護施設で暮らす。

これに対し里親や5,6人の児童を養育するファミリーホームで暮らす子どもは約5600人。増加傾向にあるとはいえ家庭環境で育つ子どもは15%にとどまり、70%を超す英米両国や韓国に比べ極めて低い数字となっている。

われわれは過去40年間、社会的養護が必要な子どもたちが家庭で暮らせる社会を目指して里親支援などに取り組んできた。その経験や、私自身も参加した日本財団の「社会的養護と特別養子縁組研究会」での検討を参考に、以下、意見を述べたい。


実の親子関係に近い特別養子

家庭環境といっても、里親はあくまで一時的に家庭を提供する制度であり、児童福祉が目指す「恒久的な家庭」には養子縁組の方が勝る。特に法律的にも親子関係となる特別養子縁組は実の親子関係に近く、生みの親の元に戻る見込みのない子どもには最も優れた社会的養護と言え、わが国も1988年、民法に取り入れた。

しかし2014年度の成立件数は約500件。近年、民間斡旋機関での成立件数が増える傾向にあるが、児童相談所の姿勢が変わらない限り、大幅増は望み難い。社会的養護が必要な子どもの措置(委託)先は、全国208カ所の児童相談所の判断に委ねられ、児童相談所の姿勢が社会的養護の実態を左右する関係にあるからだ。

児童相談所は18歳未満の子どものあらゆる問題を対象とする。伝統的に施設養護を中心に措置先を決定してきた経過もあり、直ちに家庭養護中心に切り替えるのは難しい面があるかもしれない。
いじめの増加など、子どもをめぐる環境は複雑、多様化しており、対応に追われるあまり、時間が掛かる里親や養子縁組が敬遠される現実もある。施設には、入所人数をベースに自治体から運営費が支給されており、急激な家庭養護への切り替えが施設運営上、歓迎されない面があるようだ。

こうした現実を打開するためにも児童福祉法の改正では、国や自治体が子どもに安定した家庭環境を提供する義務と責任を負うことを確認、その上で養子縁組の優先を明確にする必要がある。
養子縁組を加速させるため児童相談所に専門職を配置する必要もあろう。資格化を検討するのも一考である。


現行予算の枠内でも見直し可能

次いで養子縁組推進法の制定。現在、国内では15を超す民間団体が養子縁組のあっせん活動をしているが、都道府県への届け出制で、実務にもバラつきがある。許可制に切り替え、実母へのカウンセリングや養親の家庭調査、養子縁組後の支援義務などの基準を設けることが民間活動を活性化させ、国民の理解を広げる道と考える。

03年度から10年間に報告された0歳児の虐待死は計240件。うち111件は0歳0ヶ月、出産直後に命を奪われていた。生みの親が養子縁組の存在を知っていれば、別の解決法を選択できたケースもあったはずだ。

厚生労働省によると、13年度の人工妊娠中絶件数は18万6千件。一方で子どもに恵まれず不妊治療を続ける夫婦は40万組に上ると推計されている。養子縁組が広く普及すれば、救われる命は間違いなく増える。

家庭養護は愛着形成が行われる乳幼児期こそ必要である。国連の児童の代替的養護に関するガイドラインは「3歳未満の乳幼児は原則として家庭で養育するべきだ」としているが、就学前の乳幼児のすべてを原則、家庭養護の対象とするよう提案したい。

社会的養護関連の年間予算は1千億円を超える。乳児一人当たりで見ると、公立乳児院が年間830万円、民間乳児院が630万円。これに対し里親委託は150万円と少なく、結果、予算の大半が施設運営費に充てられている。

運用方法を見直すことで、現行予算の枠内でも社会的養護を里親、養子縁組中心に大きく転換することは可能なはずだ。関係者の勇断を強く促したい。







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