2015年12月14日(Mon)
20代のうつ・自殺をなくしたい
プロでなくてもできる支援を多くの人に
<助成先訪問記> 特定非営利活動法人Light Ring. 社会課題の一つ、自殺。20歳代だけでも年間約2800人、1日に5から7人が命を絶っています。日本財団は、この20歳代の自殺問題に正面から取り組んでいる特定非営利活動法人Light Ring.(ライトリング)(石井綾華代表理事、東京都)を助成しています。この年齢層の自殺の背景に何があるのか。身近にいる私たちにできることは何か――。同団体が運営している「ソーシャルサポート力養成講座」を訪れ、精神保健福祉士でもある石井さんにお話を伺いました。 |
11月最終日曜日の28日。東京都・赤坂の日本財団ビルで、同講座は開かれました。心の病を持っている身近な人を支えるためのスキルを学ぶ内容です。参加者は大学生から社会人までの男女10人。現在、特定の人を支えている人や、かつて支えていたという人が多数です。しかし、中には「うつ病を経験したことで、支える側になりたいと思って参加した」という人もいました。 石井さんは冒頭、20歳代の自殺者の9割は何らかの精神疾患を抱えていることなどを説明しました。また、心の病の背景には孤立があることを強調しつつ、その予防には1次から3次までの段階があり、2次、3次と進むと医療や福祉のサポートがあるものの、その手前の1次の段階では、予防ができるかどうかは身近な人のサポートにかかっている状況を解説しました。一般の人たちの中に、支える技術を持った人が増えることが、問題の改善に大きな影響を与えることができるのです。 講座は4部構成で、「セルフヘルプ」「寄り添う」「聴く」「つなげる」の順に学びました。セルフヘルプという項目が入っているのは、人を支える時には自分にもストレスがかかるためです。ストレスがかかった時、自分にはどのような症状が出やすいかなどを認識し、それに対応するスキル(コーピングスキル)を学んでおくことが、他者を支えるためには不可欠なのです。終了後に寄せられた参加者の声にも、コーピングスキルの重要性に気づかされたというコメントがありました。 「全体を通して、今回ソーシャルサポート力養成講座に参加している人(ひょっとしたら誰かを支えたいと思っている人の多くに当てはまるかもしれないのですが)は、支えたい相手のことをしっかり“自分ごと”として考え、一緒に悩みと向き合っている人が多いなと感じました。それは素晴らしいことであると同時に、自分にとって大変であることだと認識し、意識して自分の健康を守らないといけないことを今回の講座を通して学びました」(感想抜粋) この講座は、2012年5月に始まりました。基本的に3カ月に1度開かれ、今回で14回を数えます。これまでに見えてきたことを、石井さんに聞きました。 「この3年ほどで、身近な人の悩みを支える実態が変化しています。支えの関係性が複雑で深刻になっているんです。当初は、1人を独りで支える『1対1の関係』が多かったです。例えば、恋人が『死にたい』と夜中に電話をしてくる、と言ったケースです。ところが、最近は、必ずしも支える人が独りではない、『1対Nの関係』が目立ちます。サークルや職場など同じ場所に所属している複数名が、ある人に対して『何らかの心の支えが必要な状態ではないか』と異変に気づいているけれども、『何もできない』と悩んでいるようなケースです。彼らは、専門家でないために手を差し伸べることに怖さを感じ、『どこまで何をしたらいいかわからない』という悩みを抱えています」 「こうなると、初めて声をかけるタイミング、言葉、病院や専門家などへのつなぎ方が一様ではなくなります。なぜなら、支えを必要としている人と、自分との関係がどこまで深い話ができる間柄なのかによって、誰がどう動くのかが変わってくるからです。恋人や家族といったごく身近な存在ではない分、必ずしも本人の話を聞ける立場にないことがあります。この時、話を打ち明けてもらえる近い距離にいる人が話を聞き、そのような方がバーンアウトしない(燃え尽きない)ように支える側に回るなど、Nであるソーシャルサポートになる立場の方が自分の必要な役割を認識して、他の仲間と協力していくことが効果的です。このように、支える側がどう支えるかという難しさがあります」 「支える時には、1人でではなく、何人かで支えること、つまり『広く支える』という意識が大切です。講座では、『みんなで支えよう』ということを伝えたいと思っています。今回も参加者の感想から、そのポイントが伝わって意識しようとしていることが分かり、身近な支えを始める仲間が増えていく感覚が本当に嬉しいです」 このように支える側の養成に取り組む石井さんですが、支えられる側に立った経験がありました。それが、現在の活動につながっています。 「12歳の時に摂食障害(神経性食欲不振症)と診断されました。症状はかつてほど重くはないとはいえ、現在も寛解とは言い難く、病気を抱えて暮らしています。この病気になってしまうと、食べるのが厳しい。人間関係は飲食の機会に深まることが多いですが、そうした場に行くのがあまりにも難しくなります。今でも、食べることにストレスを感じ、会合で食べるものがあることを知ると食べ過ぎてしまったらどうしようと大きな恐れがあります。以前、病状を打ち明けられずに何度も約束をキャンセルして、相手の方を怒らせてしまい、関係性が途切れてしまったこともありました」 「病気になっていろいろ学べた、という見方もあるかもしれませんが、やはり金銭的に時間的に心労的にも負担が大きいので病気は防げた方がいいと私は思っています。そして、自分が発症過程を辿った経験を振り返ると、きっと発症は予防できたと思っています。摂食障害に限らず、心の病の発症原因は抱えきれないほど過度なストレスを独りで溜め込み過ぎて何かに傾倒してしまうことや身体に不調を来すことも多いです。”適切なストレス対処”に汎用性のある心の病の予防方法が、絶対に潜んでいると思っています。今抱えている苦しみや辛さを周りの人が分かろうという気持ちで話を聴いてくれることで、一人でいいからそんな存在に出会えることで、きっと発症は防ぐことができたと感じています。それで、病気になった側の人間として、次は支える側になりたいと、発症してから間もないころに思い立ちました。それから思い続けて2010年、今の活動を始めました」 「援助希求力と言われますが、悩んでいる本人は悩みが重くなるほど自分の悩みを打ち明けづらくなっていくという事情があります。でも、支えに悩む人はご本人と比べたら悩みを打ち明けることができる状態です。ですから、まずはその支える側の悩みを打ち明けられる環境や支える側が孤立しない仲間づくりをしたいと思いました。それが、講座づくりのきっかけです。その道のプロにならなくても、身近な人を支える時に役立てられるスキルを持ち帰ってもらえるように準備しました」 ライトリングは、この講座のほか、精神科医や臨床心理士など若者支援の専門家から、若者に特化した専門家に相談する前の初期支援力(ファーストエイド)を学び傾聴ピアサポータースタッフ(聴くトモ)として活動するための「聴くトモ養成講座」も開講しています。そこで養成された「聴くトモ」も含めると、現在、約40人の仲間で運営されています。「仲間は20〜30歳代です。学生や社会人、高校生のお子さんのいる主婦の方もいらっしゃいます。そして、仲間の数は、増える傾向にあります。ありがたいことに週1回のペースで、スタッフ応募の連絡をいただきます。心の問題に関心を持ち、中でも20歳代を支えたいと考えている人たちが増えているのを肌で感じます」と石井さんは話しています。 最後に、石井さんよりお知らせです。 「ライトリングでは、12/19(土)15:00~20:00に五反田にてLight Ring Timeを開催します。今回は、『相談してよかった』と思ってもらえる7つの傾聴技術を体験的に学べる講座。4月からのリニューアルに向けてこの講座は今回が最終回です。支えることに限らず、人間関係で抱える悩みを打ち明けてられるよう、相談する側、聴く側のどちらの立場も体験できます。空席は残り4名になりました。少しでも関心ある方、秘密保持が約束された場で、安心して自分の抱える悩みを打ち明けてみませんか」 ライトリングでは現在、より多くの人に支援を届けられるようにするため、オフィス開設を目指し寄付を募っています。空間の半分を傾聴の練習などに使えるカフェ、残りの半分をスタッフの作業場にあて、自殺・うつ関連の研究レポートなども整理して展示し、訪れた人が読めるようにする計画です。詳しくは、こちらへ。 内閣府がまとめた15年度の自殺対策白書によると、警察庁の自殺統計に基づく14年の若年層(40歳未満)の自殺者数は6,581人。これは、全自殺者数の約26%ですが、全自殺者数が減少していく中で、 この層の減少幅は他の年齢層に比べて小さいことが明らかになっています。こうしたことから、同白書でも「若年層の自殺は依然、深刻な問題であり、喫緊な対応が求められている」と警鐘を鳴らしています。 ● Light Ring. ウェブサイト |