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2015年12月02日(Wed)
パラリンピック競技特集(5)ブラインドサッカー
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新体制で東京大会に向け選手強化を目指す


「カシャ、カシャ、カシャ」
転がると音の出るボールを追って、選手たちは口々に「ボイ!」と叫んで走り回る。敵陣ゴールの裏に立つ「ガイド」からは「もっと右!」「ハイ、シュート!」などの指示が飛ぶ。

北風の吹く東京都八王子市のフットサル練習場。アイマスクと危険防止用のヘッドギアを付けた全盲の選手4人と晴眼のゴールキーパー、ガイドそれに監督の計7人が一体となり、得点を目指す。ブラインドサッカーは文字通り、視覚障害者と健常者が「声」と「音」を使ってコミュニケーション力を競うゲームです。

強化選手が2チームに分かれて行う練習試合
強化選手が2チームに分かれて行う練習試合

この日は、今年9月のアジア選手権で惜しくも3位となり、リオ・パラリンピックの出場権を逃してから初めての日本代表による強化合宿でした。監督が魚住稿氏から高田敏志氏に交代し、新任監督の記者会見も行われました。高田新監督は「リオへの出場権を目指したアジア選手権では結果がでなかったが、東京大会に向けてチームを改革して出直したい」と抱負を述べました。日本代表は「2024年世界一」の目標を掲げており、開催国枠で出場できる東京大会について「アジアのレベルが高くてリオへは行けなくなったが、欧州や南米には勝っているので、メダルを取れる可能性は十分ある」と語りました。

記者会見で質問に答える高田新監督
記者会見で質問に答える高田新監督


視覚障害者がプレーできるサッカーには、全盲を主な選手とするブラインドサッカーと、弱視の選手がプレーするロービジョンフットサルの2種類があります。いずれも5人制のミニサッカー、フットサルがベースになっています。ボールはフットサルのボールと同じ大きさで、ピッチもフットサルと同じ広さです。違うのは、両サイドのライン上に高さ1mほどのフェンスが並べられ、ボールがサイドラインを割らないようになっているところです。

晴眼者のゴールキーパーを相手にシュートの練習をする選手
晴眼者のゴールキーパーを相手にシュートの練習をする選手


ブラインドサッカーは1980年代初めにルールが統合され、欧州、南米を中心に広まってきました。わが国では、2001年に日本ブラインドサッカー協会の前身となる「音で蹴るもうひとつのワールドカップ実行委員会」が発足し、急速に普及しました。03年に東京で初めて全国大会が行われ、それ以降、日本選手権などの試合が各地で行われています。

世界選手権は1998年にブラジルで初めて開催され、日本は2006年の第4回大会から出場。14年の第6回大会は東京の国立代々木競技場で行われ、日本は史上最高の6位になりました。パラリンピックでは、04年から競技種目に入りましたが、日本はまだ一度も出場できていません。パラリンピックに出場できる国は世界8カ国で、このうちアジアなど3地区から各2カ国、アフリカから1カ国、それに開催国1カ国です。

わが国の競技人口は、晴眼者も含めて約400人といわれています。国内のチームは、ブラインドサッカーが約15チームあり、関東、東北北信越、関西の3地域でリーグ戦を実施しています。ロービジョンフットサルは関東リーグを開催しています。日本ブラインドサッカー協会では、学校での体験授業「スポ育」やコミュニケーションをテーマにした企業研修を行い、啓発や普及に努めています。

主将の落合啓士選手八王子市での練習後、主な代表選手に今後の抱負などを聞きました。主将の落合啓士選手(38)は横浜市出身。10歳のころから視力と視野が徐々に落ちる難病が発症し、18歳で障害者として生きていく覚悟を決めました。25歳の時、知人の紹介でブラインドサッカーに出合い、東アジア大会の代表に選ばれました。一時は代表から外れましたが、仲間から励まされ06年に代表に復帰、主将に指名されました。

落合選手は「ブラインドサッカーを始めてから、障害を受け入れ、胸を張れるようになった。リオに行けないことが決まった時は悔しかったが、次の大会ではメダルを取りたい」と語りました。

エースアタッカーの黒田智成選手エースアタッカーの黒田智成選手(37)は熊本県八代市出身。幼少時に小児がんで両目を失い、義眼に。筑波大学大学院に在籍中、ブラインドサッカーの講習会に参加したことがきっかけで始めました。02年から代表になり、アジア選手権や世界選手権でゴールを決め、日本を勝利に導きました。

黒田選手は「夢は、ブラインドサッカーで世界一になることです。トップを目指すことがエネルギーになるからです。この競技の魅力は、自由にボールを奪って走れることです。東京大会は開催国でもあり、メダルを取ることが目標です」と話しました。

若手のホープ、加藤健人選手若手のホープ、加藤健人選手(30)は福島市出身。18歳ごろ、急激に視力が低下する視神経症を患い、将来どうしようか悩んでいる時、両親が日本ブラインドサッカー協会のホームページを見つけてくれたそうです。サッカーを始めた04年に関東リーグ新人賞を受賞、07年から日本代表に選ばれ、攻撃も守備もできるMFとして活躍しています。

加藤選手は「結婚して、家に帰っても一人ではないことを実感しています。東京パラリンピックを目標にすえて練習に励み、全力で戦っているところを家族や仲間に見てほしい」と語りました。

アジア大会での敗戦ショックから立ち直り、東京パラリンピックを視野に入れた強化合宿が始まりました。高田新監督は「良い攻撃は良い守備から始まる」をベースに、攻撃力を高めることを目指しており、今後の活躍が期待されます。



競技紹介ブラインドサッカー
視覚障害の選手による5人制サッカー。選手はボールが転がる音や、監督やガイドの指示を頼りにプレーする。人は一般的に情報の8割を視覚から得ているといわれるが、選手はそれを閉ざした状況でプレーすることになる。ボールを持った相手に向かっていく際には「ボイ」(スペイン語で“行く”の意)と声をかけないとファールをとられる。試合は前半、後半25分ずつの計50分で行われる。



● 日本ブラインドサッカー協会ウェブサイト
● 日本財団パラリンピックサポートセンターウェブサイト






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