2012年06月21日(Thu)
【正論】国家の名誉、尊厳に敏感であれ
(産経新聞【正論】2012年6月21日掲載)
日本財団会長 笹川 陽平 ![]() 慰安婦問題をめぐる最近の日韓の攻防もそのひとつだ。韓国側の攻勢に対し日本の主張は苛立たしいほど弱い。歴史問題は国の根幹であり、このままでは慰安婦問題は大きな “負の遺産”として次世代に圧し掛かる。日本は敗戦で国の名誉まで捨てたわけではない。政府も政治家も国の名誉、尊厳にもっと敏感にならなければならない。主張すべきは主張する姿勢こそ日韓友好にもつながる。 |
歴史問題は国の根幹
この問題では1昨年秋と昨年末に、韓国系住民が過半を占める米ニュージャージー州パリセイズパーク市の公立図書館とソウルの日本大使館前の路上に「慰安婦の碑」が相次いで設置され、李明博・韓国大統領も昨年暮れの日韓首脳会談で、「日本の誠意ある措置がなければ第二、第三の像が建つ」と“脅し”とも取れる発言をし、この問題を最優先で解決するよう野田佳彦首相に迫った。 先月にはニューヨーク総領事と日本の国会議員4人が前後してパリセイズパーク市を訪れ、市長に碑の撤去を求めたが断られ、韓国メディアは“日本が大恥”と報じた。さらに米国の22都市に同様の碑を設置する動きもあるという。 米国碑には「日本帝国政府の軍が20万人以上の女性と少女を連行して慰安婦にした」との趣旨の記述があり、野田首相も参院予算委員会で、「(事実とは)大きく乖離している」と答えた。放置すれば、そのまま歴史的事実となりかねない。一方が主張し、他方が沈黙するいびつな関係から正しい歴史認識が生まれることもない。 米下院外交委員会が従軍慰安婦問題に関する対日非難決議を可決した2007年夏、上院議員として決議に異を唱えたダニエル・イノウエ議員をワシントンの事務所に訪ねた。氏は中国や韓国が官民挙げて米国の政治家やメディアに広報活動を展開している点を指摘、「日本はあまりに静か。米国で何も言わないのは良くない」と忠告された。国際的な標準名となっている「日本海」の呼称を「東海」に変更するよう求める韓国側の動きも半端ではない。 広報外交の不在 訪問先の外国首脳から「日本の顔が見えない」と広報外交の不在を指摘されることも多い。そうでなくとも隣国関係、とりわけ日韓関係は難しい。過度の贖罪意識や必要以上に相手の立場を考慮する日本の姿勢が、日韓関係を歪めてきた面もある。李発言も、レームダック(死に体)化しつつある大統領としての支持率回復策というより、日本批判の高まりを前にした苦渋の選択のような気もする。 こうした事態を招いた一番の原因は93年に、宮沢喜一内閣で出された河野洋平官房長官(当時)談話にある。日本政府が集めた約230点の公文書に軍の強制を裏付ける証拠がなかったにもかかわらず、これを認め、65年の日韓基本条約とその付属協定で、補償問題は決着済みとする日本の立場が揺らぐ結果となった。 以後、韓国側の要求はエスカレートし、日本政府は機会あるごとにお詫びと反省を繰り返してきた。民主党政権になっても「互いに知恵を絞り合い問題を一歩一歩乗り越えていくことが大切だ」、「従軍慰安婦、戦後補償に取り組めば、多くの人が日本に信頼を持つ」といった閣僚発言が続き、同じ誤りを犯しているとしか思えない。 李大統領は5月、北京で行われた首脳会談で「強固な両国関係」という言葉を使った。しかし歴史問題を曖昧にしたまま日韓経済連携協定(EPA)や軍事情報包括保護協定(GSOMIA)と言っても話にならない。私には、経済大国になった韓国がいつまでも “日本との過去”にこだわり過ぎるのは、今後の韓国にとって好ましくないといった思いもある。 慰安婦問題は間欠泉のように政治に利用され、国民の相互信頼を妨げる大きな原因にもなってきた。どのように解決するか、国際社会も注目している。どこに双方の見解の違いがあるのか、あらためて本音で語り合うべきである。河野談話に根拠がないというのなら、反発を恐れず撤回すべきである。碑の撤去を求めるのなら国の名で正々堂々と行うべきだ。戦後の韓国の経済発展に対する日本の貢献も、もっと強調されていい。 日本が一歩、踏み出す時 具体策もないまま期待を抱かせるような発言を重ねるのは、韓国の「反日」を一層高めるだけでなく、韓流ブームの陰で日本の「嫌韓」も深く進行する。隣国関係が“砂上の楼閣”であっていいはずはない。 今は日本が一歩、踏み出す時である。根幹の歴史問題だからこそ、国の威信をかけ、わが国の主張、見解を示さなければならない。そうでなければ、双方の妥協点は生まれず、事態も動かない。政治家の覚悟と勇断に期待する。 |
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