2015年06月01日(Mon)
「社会的インパクト投資」で討論会開催
課題解決と収益の両立目指す試み 日本での可能性探る
会議の全景 社会的な課題の解決と収益の両立を目指す「社会的インパクト投資」をテーマにした討論会が5月29、30の両日、東京都中央区の東京証券取引所で開かれた。社会課題解決に向けて投資が果たす役割は何か、社会的インパクト投資市場を開拓するためにどのようなことが求められるのか、などについて、専門家や各界の参加者が意見を交換し、日本国内での今後の可能性を探った。 |
社会的インパクト投資は、教育や福祉などの社会的な課題を解決しながら経済的な利益も生み出す投資行動として世界で注目を集めている。2013年6月、英国の北アイルランド・ロック・アーンで、日本、米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、ロシアの8カ国首脳が年に1回集まって話し合いをする主要国首脳会議(G8サミット)が開催された(ロックアーン・サミット)。その際の議長国キャメロン英首相の呼び掛けでG8に協働グル―プ(※注1)が発足した。政府、金融、ビジネス、慈善事業など各国の業界リーダーが集まり、社会的インパクト投資市場の成長を促していくことを目的とした組織だ。
メンバーは政府代表と民間代表の各国1人ずつで構成、日本からは外務省経済局経済協力開発機構室長と日本財団(東京都港区)常務理事が登録している。14年9月には社会的投資市場発展のための施策や制度をまとめたリポートを世界同時に公開。各国とも補充組織として国内諮問委員会を設け、日本でも同年7月から活動を開始した。国内諮問委員会は今回の討論会で、社会的インパクト投資の拡大に向けた提言書(※注2)を発表した。 発表された7項目の提言 高齢者福祉や子どもの貧困など社会課題が多様化し、政府の力では解決が困難なことが多い。このため海外では、投資家が社会的インパクト投資市場に参入することで、社会問題の解決と収益を同時に拡大させる試みが本格化している。今回の討論会は、そうした海外の先進事例を学び、日本では今後どのような行動が必要か、を議論するために、国内諮問委員会、日本財団、NPO法人SROIネットワーク・ジャパンの3者が共催した。 初日の討論会には各方面から約200人が参加した。日本財団の大野修一常務理事が「世界では非常に多額の金融資産が飛び交っている。そのうちの一部でも社会的インパクト投資に向けることができれば、膨大な問題を解決するための資源になると思う」と主催者を代表して開会のあいさつをした。 主催者あいさつをする日本財団の大野修一常務理事 基調講演で、G8協働グループ委員長のロナルド・コーエン氏は、社会的インパクト投資の意義や国際的な潮流、今後の展望などについて解説「公共サービスの提供に寄与する革新的な社会的インパクト投資が必要だ。そのための有力なエンジンをつくることができれば、人材や資本の呼び込みを加速させ、置き去りにされた人たちを助けることができる」と話した。コーエン氏は社会的インパクト投資の父として知られ、英国の休眠預金指定活用団体の創始者でもある。 基調講演をするロナルド・コーエン氏 続いて「超高齢化社会の日本における社会的投資の意義」をテーマに、コーエン氏、国内諮問委員会の小宮山宏委員長(元東大総長、三菱総合研究所理事長)、鵜尾雅隆副委員長(日本ファンドレイジング協会代表理事)による3者対談が行われた。小宮山氏は「世界が高齢化社会のモデルを求めている。ぜひ世界にないモデルをつくり、課題先進国の日本を、課題解決先進国にしたい」と呼び掛けた。 3者対談(左から小宮山、コーエン、鵜尾の3氏) 昼食を取りながらの集会もあり、午後には 1. 社会的価値評価の具体的取り組み 2. 金融商品としての可能性と説明責任 3. 地域活性化に果たす役割 4. 高齢者医療・介護事業への活用 を課題にした4つの分科会が開催された。最後の全体集会では、各分科会の司会者が討議の中で特に重要と気付いた点を披露した上で、この日公表された提言を実現するには何が必要か話し合った。 分科会の様子 2日目も初日とほぼ同数の参加者があり、社会的インパクト投資の一つの形である官民共通の投資モデル「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」(※注3)について集中討議した。米国の最新事例が紹介された後、国内でSIBの先駆的活用事例として評価されている神奈川県横須賀市の「特別養子縁組」の取り組みについて、同市の吉田雄人市長が内容を説明した。吉田市長は@低コストで社会的課題を解決することができるA民間の専門技術を活用して取り組むことができる―ことなど、SIBを使うことへの期待を指摘した上で「特別養子縁組の事業を成功させることが、社会的インパクト投資の活性化に向けて大変大事になってくると思うので、ぜひ応援をよろしく」と訴えた。 特別養子縁組の取り組みを説明する横須賀市の吉田雄人市長 この後「日本でのソーシャル・インパクト・ボンドの可能性と課題」「休眠預金の活用に向けて」をテーマに2つの討論会が続き、最後に塩崎恭久厚生労働相が「新しい日本の中で、大きく強い社会をつくっていけるよう厚労省として何ができるか、皆さんと一緒になって考えていきたい」と閉会のあいさつをして、2日間の日程を終了した。 閉会のあいさつをする塩崎恭久厚労相 会場わきのブースでは、社会的インパクト投資関係の活動団体を紹介する出展も (※注1)「THE SOCIAL IMPACT INVESTMENT TASKFORCE」。日本では「社会的インパクト投資タスクフォース」と呼んでいる。 (※注2)発表された提言は以下の7項目。 1. 休眠預金の活用 2. ソーシャル・インパクト・ボンド、ディベロップメント・インパクト・ボンドの導入 3. 社会的事業の実施を容易にする法人制度や認証制度の立ち上げ 4. 社会的投資減税制度の立ち上げ 5. 社会的インパクト評価の浸透 6. 受託者責任の明確化 7. 個人投資家層の充実 (※注3)投資家(篤志家、財団など)から調達する資金をもとに、民間業者が行政サービスを提供し、事業の成果に応じて行政が投資家に資金を償還する、成果連動型の官民連携による社会的投資モデル。(竹内博道) |