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2014年11月11日(Tue)
共同実習船「海翔」が進水式 岩手県水産系高校 来春から利用へ
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強風の中 ゆっくりと進水する「海翔」


 東日本大震災で失われ、新たに建造が決まった岩手県水産海洋系3高校の共同実習船の進水式が11月4日、宮城県石巻市のヤマニシ本社工場で生徒ら約60人が参列して行われた。3校の生徒から募集し投票で決まった船名は「海翔」。水産漁業で働くことを目指す高校生の希望を託された実習船の利用開始は、来年4月から予定されている。
 宮古水産、高田、久慈東の3高校の共同実習船だった「翔洋」は、今回建造された同社で定期点検中に大震災の津波により使用不要となり、生徒は沿岸漁業の乗船実習を北海道大学の練習船などを借りて行ったが、実習日数が不足するなど十分に教育を受けることができなかった。日本財団は復興支援の一環として、未来の水産業の担い手育成には「洋上を動く教室」とも言われる実習船の建造は必要不可欠だと考え、総事業費約9億9千万円のうち約5憶5千万円を支援し、残りは国と岩手県が負担した。

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挨拶する岩手県教委の宮澤課長
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日本財団の荻上リーダー 新たな航海に期待を示した


 進水式では、岩手県教育委員会の宮澤寛行・学校施設課長が「岩手県の水産業の復興を担う高校生の未来を拓く実習船になる」と抱負を述べた。支援した日本財団の荻上健太郎・チームリーダーは「廃船後の長い月日を乗り越え、命名と生命を吹き込む場に立ち会えて誇りに思う。水産漁業を支える若い世代の希望の光となって新たな航海に出てほしい」と期待を示した。

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支え綱をカットする金澤さん


 神事の後、宮古水産高校2年生の金澤南翠さんが船を支得ている綱をカット。船首に付けられていたくす玉が割れ、色彩豊かな長いテープが強い風にあおられて吹き流れる中、白い船体にくっきりと船名が書かれた「海翔」は波立つ湾内にゆっくりと滑って行った。

 投票で選ばれた船名の名付け親は宮古水産高校専攻科2年の上野晴生君。「震災を受けたが、新たな船ができて再び航海に出ていけるという意味を込めた」。本人は「海翔」には乗れないが、後輩に対して「船員が少ない中で、立派な船乗りに育つように有意義に使ってほしい」とバトンを託した。上野君の実家は岩手県洋野市で漁業をしているが、震災で船が損壊した。来春卒業の上野君は、タンカーの乗組員となることが決まっている。

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記念撮影する水産高校生ら


 「海翔」は全長34メートル、定員34人で170トンと、「翔洋」(139トン)より一回り大きく、サンマ棒受網漁やイカ釣り漁、サケ延縄漁、近海マグロ漁などの漁業実習、航海・機関実習に使われる。最新鋭の機材も搭載しており、発光ダイオード(LED)サンマ集魚灯の設置に加え船内外の証明にLED灯を採用している。乗り組む女生徒に配慮してトイレや寝室などの設備も充実させた。

 東日本大震災から3年7カ月余り、被災地の水産・漁業は復興に向けて確実に歩み始めている。宮古水産高校の熊谷正樹校長は「震災後、生徒数は減少すると思ったが、地元の漁業を守りたいという生徒の思いが強く、維持できている」と生徒の熱意を述べた上で、実習船建造について「地先の海で実習できることで漁業教育の効果が大きい」と高く評価した。

 日本財団は担い手育成プロジェクトとして共同実習船に加え、これまで宮古水産高校に対して水産加工食品の実習用に超低温冷凍機や乾燥機などを支援、現在、サケの中骨缶詰の製造、地元企業と共同での商品開発などに使われている。(花田攻)
タグ:東日本大震災
カテゴリ:海洋





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