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2013年07月23日(Tue)
1年後に一歩踏み出す
(SANKEI EXPRESS【ボランティア被災地通信】2012年7月23日掲載)

得るものがきっとある
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公益・ボランティア支援グループ 
公益チーム 枡方 瑞恵 


 被災者のために活動する学生ボランティアは、大人が想像する以上のパワーを秘めている。彼らの拙くも思いのこもった言葉や懸命に作業をする姿は、被災者を勇気づけ、明日へと生きる気力を奮い起こしてきた。震災直後から多くの学生ボランティアが支援活動を行ってきたが、一方では、何かしたい気持ちはあるが、その思いを形にできず、戸惑っている学生は少なくない。その一歩を踏み出す学生たちが被災地にいる。

この機会逃したら…
 「東北大学の学生でもあり、いつかボランティアに行くべきだとは思っていたけど、いつの間にか1年もたっていた」

 初めて被災地を訪れたという渡邉幸太さん(20)は、ボランティア活動を終え、これまでの自分を改めて振り返った。

 渡邉さんは山梨県出身で、法学部で学ぶ3年生。震災当日は実家に帰省中だった。大学の友人も大半は県外出身で、全員が無事であり、授業が始まった2011年4月下旬に仙台市に戻ったときには、いつもと変わらない会話が交わされた。構内の建物もひび割れ程度で、特に仙台市は早期に電気や水道が復旧し、いつもと変わらない生活をおくることができた。

 「被災地を見ておくべきではないか」という気持ちはあったが、いつもと変わらない生活の中で時間がすぎていった。

 そんなとき、ツイッターで友人がフォローした情報を目にした。壊滅的な被害を受けた宮城県山元町の八重垣神社に復興を願う植樹を行うという内容だった。この神社は津波で社殿や森が流され、数本の松の木だけが残されていた。

 「一度も被災地に行かず、今さらという気持ちもあったが、これを逃したらもう機会がなくなっちゃうと思って…」。渡邉さんは、植樹のためのボランティア活動への参加を決めた動機をこう語る。

鎮守の森 心の支えに
 植樹活動には、仮設住宅で生活する地元住民やボランティアなど約500人が参加。境内を囲うようにシイやカシなど21種類の苗3300本が手分けして植えられた。神社を囲う森は鎮守の森と呼ばれ、先祖や氏神が宿る神聖な場所として、また地域の祭りを行う場として、古くから住民がずっと大切に守ってきた。しかし、10メートル以上のがれきの山がいくつも残るこの地域には居住許可が出ていない。住民はいまだ家を再建することができずにいる。目に見える形で復興が進まないなか、鎮守の森を復活させることは、地域の復興に弾みをつけると同時に、住民の心の支えとなる。渡邉さんも、住民の代表に手ほどきを受けながら、一本ずつ丁寧に苗木を植えた。

 「震災直後、テレビでも繰り返し悲惨な映像が流れていたけど、今は復興に向かっているイメージが強い。でも、こうして実際に訪れてがれきの山を見ると、あたりまえのことだけど、まだ終わっていないんだと実感した。足を運ばなければ分からなかった」

 渡邉さんは、きのうまでの自分と同じようにボランティア活動への参加に躊躇する学生に向けて、「チャンスがあるならぜひ参加してほしい。得られるものは何かきっとあるはず」というメッセージを送った。

 渡邉さんが住民と一緒に植えた苗は、ボランティアと住民の復興への強い願いを託されて、10年後には10メートルを越す立派な森へと成長する。10年後の彼はどんな成長を遂げ、どんな未来を形作っているだろうか。ここで見た景色を、感じた思いを、忘れないでほしい。そしていつか、家族とともにこの神社を再度訪れてほしいと願っている。



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