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2013年01月18日(Fri)
【正論】「海の目線」に立つ教育と外交を
(産経新聞【正論】2013年1月18日掲載)

日本財団会長 
笹川 陽平 

海洋教育総合的強化急げ
seiron.png 安倍晋三首相は第1次安倍内閣時代の2007年に海洋基本法を制定し、第2次安倍内閣のスタートに当たり、「美しい海を守り抜く」と述べた。しかし、同法の基本的施策の一つである海洋教育の強化は5年を経た現在も位置付けが不明確で、小中学校の教育現場に浸透していない。
 次代を担う子供たちが海を知らないのでは、海洋国家日本は成り立たない。小中学校の教科に「海洋」を新設するのが理想だが、現状では難しく、次善の策として学習指導要領の「総則」で海洋教育を明確に位置付け、理科や社会など関係科目で体系的、総合的に海洋教育を強化するのが現実的な選択と考える。
 学習指導要領の改定は18年とまだ先だが、それに向けた実務作業は近く始まる。さらに、今年は海洋基本法を受けて作られた「海洋基本計画」の5年目の見直し時期に当たる。新計画に、こうした将来構想を盛り込み、学習指導要領の改定作業に反映させる一方、海洋教育を担う教員の養成など環境整備を進めるのが現実的な強化策につながり、新政権には柔軟かつ積極的な対応を期待する。
 昨年暮れ東京大学で「海は学びの宝庫、すべての学校で進める海洋教育」のシンポジウムが開催され、東大と日本財団、海洋政策研究財団が全国の小中学校3万2000校に調査票を送って行った初の実態調査結果が報告された。

学習指導要領で鮮明にせよ
 20%強の6700校が回答を寄せ、70%は海洋教育という言葉、あるいは海洋基本法の存在を知らないと回答。海洋教育の実施状況に関しても62・8%は「教科書の範囲内での実施」と答え、13・7%は未実施。ゆとり教育で導入された「総合的な学習の時間」に海に関する体験学習を取り込むなど前向きの対応は16・7%にとどまっている。
 海洋基本法は、基本的施策の柱に「海洋に関する国民の理解の増進」を掲げ、海洋基本計画も「次代を担う青少年が、海洋の夢と未知なるものへの挑戦心を培うことができるような教育」の実現を前面に打ち出しており、もう少し高い数字を予想していただけに、意外な結果であった。
 確かに、学校教育の現状は、理科や社会の教科書に「海」が断片的に記述されているだけで、「教科書の範囲内」で実施している60%を超す学校で、どこまで教育効果が上がっているか疑わしい。学習指導要領が海洋教育に関する明確な位置付けを欠いている点が大きく、仮に「総則」で海洋教育を明確に位置付ければ、理科や社会に限らず全教科で海を横断的に取り上げることも可能となり、これを体系的に整理すれば、教科としての海洋を設けなくとも、それに見合う教育効果が期待できる。

海に守られる国から守る国へ
 地球人口が70億人を突破した現在、食糧、エネルギーから鉱物まで海の資源に対する世界の依存度は高まり、各国の争奪戦も激しさを増している。オランダの法学者グロティウスが17世紀に唱えた「海洋の自由」の時代は終わり、海の恩恵を最大限に受けて発展してきた日本は、「海に守られる国から海を守る国」への転換が急務となっている。
 尖閣諸島や竹島、北方四島の領有権問題も緊迫しており、海洋を中心にした安全保障、“海の目線”に立った外交の強化も欠かせない。韓国は、竹島について中高の歴史教科書だけでなく、小学校でも韓国領有の正当性を教え、中国では、中学の地理教科書を改訂して尖閣諸島を「中国の領土」と明記する動きも出ている。わが国も学校教育の中で現在に至る歴史経過ぐらいははっきり教えないと、韓国や中国の子供たちから議論を挑まれても、日本の子供たちは太刀打ちできない。
 東日本大震災での未曽有の津波被害も海の教育の必要性を一段と高めた。現に調査では、83・2%が「(大震災で)海の学習が、より大切だと考えるようになった」と答え、「津波の怖さ」「避難方法」、さらに「釜石の奇跡」を海洋教育に取り込むよう提案する意見も寄せられた。釜石の奇跡では、釜石市沿岸部の小中学校9校の児童生徒が地震発生直後に素早く避難し全員が助かった。こうした教訓を語り継ぐことこそ、生きた海洋教育になる。
 小中学校の授業で海洋の教科を持つ国は見当たらないというが、世界に先駆け海洋の教科を新設する気概があってもいいし、社会がこれほど激しく揺れ動く時代に「10年に1度」の学習指導要領の改定は、もう少し期間を短縮すべきではないかとも思う。
 海洋基本法はわれわれも民の立場から協力し、超党派の議員立法で成立した。海洋資源の開発から海上輸送の確保、離島の保全、海洋調査の推進など海に関する基本的施策を総合的にうたい、「総合海洋政策本部」の本部長を安倍首相が務める。海洋教育の強化を含め、各施策が着実に実行されるよう期待する。そうでなければ折角の海洋基本法も画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く。
タグ:正論 海洋
カテゴリ:正論




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