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2025年11月05日(Wed)
手薄な「大災害への備え」 日本型モデルの確立が急務
(リベラルタイム 2025年12月号掲載)
日本財団会長 尾形 武寿

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石川県の発表によると、昨年一月に発生した能登半島地震の犠牲者は九月三十日現在、家屋倒壊などによる直接死が二百二十八人、災害関連死が四百三十八人(富山県含む)に上っている。地震発生から二年弱で直接死の二倍近い命が健康悪化や避難先のストレスで失われた計算になる。

一方で政府の中央防災会議は今年三月末、東日本大震災(二〇一一年)翌年に作られた南海トラフ地震の災害想定を見直し、死者を最大で二十九万八千人、経済被害額を同二百九十二兆円とするとともに、災害関連死に関する初の推計値として「二万六千〜五万二千人」の数字を公表した。

 同地震では鹿児島から神奈川県まで広大な地域の約六百市町村で震度六弱以上、百四十九市町村で震度七の激震が予想されており、多くの地域で過疎も進行している。能登半島のその後の姿を前にすると、災害関連死を被害想定の範囲内に抑えることが果たして可能か、地震発生後の被災地支援体制の強化が改めて急務となる。

そんな中でこの夏、日本財団ボランティアセンターの職員らが世界でも先進的な取り組みが進んでいるドイツ連邦内務省技術支援庁(THW)を視察した。THWは一九五〇年に設立された内務省管轄の組織で職員数は二千二百人。六百六十八の地域支部があり、厳しい訓練を受けた八万八千人の市民ボランティアが登録されている。

 州などからの要請があれば即座にボランティアが動員され、その間の給与相当額をTHWが企業に支払う。組織に所属していない人の収入も保証される。日本の場合は、共同募金会や日本財団などの支援があるものの、あくまでボランティアの“善意”を前提にしており、基本的な考え方に大きな差がある。

 日本財団では阪神・淡路大震災(一九九五年)を皮切りに五十回以上、被災地支援活動に取り組んできた。能登半島地震で典型的に見られたように道路の損壊などで自衛隊や警察、消防などの大型車両が被災地に入れないケースも多く、小型重機を操縦して瓦礫や土砂の撤去などを行う技術系ボランティアの重要性が注目された。

そんな経験を踏まえ、今年三月、日本財団ボランティアセンターの関連施設として、つくば市南原に「災害ボランティアトレーニングセンター」を開所した。重機を使う技術系ボランティアを養成するのが狙いで、ショベルカーなど小型重機十六台を備え、必要に応じて貸し出しも行う。既に消防士を中心に二百二十人以上が講習を受け、九月十七日には坂井学内閣府特命担当大臣(防災、海洋政策)も視察に訪れた。

同センターとTHWの地域支部は設備・役割とも似ている。しかしドイツでは地域支部が三〇Km圏に一カ所、ほぼ全土に整備済みなのに対し、日本は緒に就いたばかりだ。

災害が発生した場合、軍や消防が「単距離ランナー」として国民の命を守り、THWが「長距離ランナー」として復興に当たる、といった役割分担も確立済みだ。

これに比べ日本は「短距離、長距離ともNPO頼み。結果、皆が息切れしている」というのが、視察に参加したメンバーの感想だ。これでは日本を「世界一の防災国家に」と語った石破茂前首相の言葉もむなしく聞こえる。

これまで今後三十年以内に「八〇%程度」とされてきた南海トラフ地震の発生確率は政府の地震調査委員会が九月、「六〇〜九〇%程度以上」または「二〇〜五〇%」の併記に変えた。首都直下型地震なども何時、起きてもおかしくない状況にある。温暖化の進行で豪雨や旱魃、山林火災など自然災害も世界で増えている。どう災害に対処するか。日本型モデルの早急な確立が必要なのは言うまでもない。







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