2025年06月04日(Wed)
障害者の“自立”と労働力不足対策に繋がる「図書デジタル化作業」
(リベラルタイム 2025年7月号掲載)
日本財団理事長 尾形 武寿 ![]() 国立国会図書館(東京・千代田区)が進める蔵書のデジタル化事業の一部を日本財団が受注し障害者施設に委託する取り組みについて、「随意契約見直しの政令改正で『障害者就労拡大』の道拓く」の一文を二〇二三年十一月号の本欄に寄稿したことがある。 |
当時、事業に参加した障害者施設は熊本、福岡両県などの八施設。二五年度は十三カ所に増やすことになり、四月、そのうちの一つ、青森市の社会福祉法人「青森県コロニー協会」と協定書の締結・開所式を行った。 施設はいずれも障害者総合支援法に基づく四種類の就労系障害福祉サービスのうち、障害の程度が重く一般企業への就職が難しいとされる就労継続支援B型事業所。厚生労働省の『社会福祉施設等調査の概況』によると、二三年十月現在、全国約一万六千七百カ所に整備され、約四十六万人の障害者が働き、年々、増加傾向にある。 雇用契約はなく、「工賃」名目で支払われる対価は月平均で約一万六千円。これでは自立は難しく、日本財団では一五年に「はたらく障害者サポートプロジェクト」を立ち上げ、工賃向上のモデルづくりを全国で進めてきた。 国会図書館の蔵書数は二三年末時点で約四千七百五十万冊。蔵書デジタル化は二〇00年以前に刊行された図書を対象に二十一年度から五ヵ年計画で始まり、先行した八カ所の施設では工賃が月四〜五万円、中には十万円近くに増えた人もいる。 日本財団の試算では、工賃が月七万三千円を超えれば障害者が生活保護から脱却し自立する道も視野に入ってくる。加えて絶版などで入手が難しくなる貴重な書籍や資料を後世に残すデジタル化作業が持つ意義は社会的にも大きい。 四月二十三日、青森市内の青森県コロニー協会で行われた開所式で宮下宗一郎青森県知事は「後世に記録を残すため誰かがやらなければならい仕事」とその重要性を語り、西秀記青森市長は「工賃の向上につながる有意義な事業にしたい」と抱負を語った。 青森県コロニー協会の建物内部には日本財団が約三億円を助成したスキャナーやパソコンなど機器が並び、黒いテントで覆われた暗室では障害者が本番に向け訓練を急いでいた。ほこりやわずかな歪みも許されない精密な作業。黙々と作業に取り組む男性の後ろ姿に仕事に対する誇りも感じられた。 国会図書館のデジタル化作業は、二十一世紀に入って刊行された図書も対象に広げ二六年度以降も継続される見通し。国会図書館に限らず大学など各地の図書館や民間企業も膨大な資料や記録、写真などのデジタル化を迫られており需要は膨大。これまでは大手印刷会社が中心になって担ってきたが、障害者施設が一般企業とそん色ない実績を積み重ねていけば、仕事は確実に増える。 各種調査によると、我国は少子化に伴う生産年齢人口の減少、高齢化に伴う介護需要の増加などで、四〇年には一千百万分の労働力が不足する。その一方で、障害者やひきこもり、ニートなど「働きづらさ」を抱える人は一千五百万人に上る。 日本財団が専門家の協力で立ち上げた「WORK!DIVERSITY(包括的就労)政策実現会議」の試算では、適切な環境整備や支援を進めれば、一千五百万人のうち二百七十万人は就労が可能。三月には、就労困難者の支援に取り組む国会議員有志(呼掛人:野田聖子衆院議員)に新たな支援法の制定などを求める提言書を手渡した。 図書のデジタル化は障害者就労の場を確保するだけでなく、労働力不足解消の一助にもなり得る可能性を秘めている。可能性を実現するためにも確実なモデル、実績が不可欠。当面、全国三十カ所を目標に拠点づくりを進める考えでいる。 |