2024年09月25日(Wed)
激動の時代、人材育成こそ急務
(産経新聞「正論」2024年9月24日付朝刊掲載)
日本財団会長 笹川 陽平 世界は激動の時代を迎え、核を保有するロシア、中国、北朝鮮に囲まれた日本の安全保障は厳しさを増している。「国家の非常事態」と形容される少子化も急速に進み、経済もバブル崩壊後の「失われた30年」の長期低迷から立ち直っていない。 最近も「このままでは日本は滅びる」とした柳井正・ファーストリテイリング会長兼社長の発言が反響を呼び、多くの人が、この国の将来に不安を持っている現実をうかがわせている。 |
代表選、総裁選の論戦に不満 こんな時こそ政治が、目指すべき国家像を示し、長期の構想と志を持って国づくりを支える人材の育成が急務と考え、折からの立憲民主党代表選と自民党総裁選に注目してきた。 岸田文雄首相の退陣のきっかけとなった政治とカネの問題や経済再生、物価対策、選択的夫婦別姓制度など現下の課題に発言が集まるのはともかく、国家観、有為な人材育成について積極的な論戦を望んでいただけに、いささか期待外れの感が否めない。 どう実現するのか具体策が見えないまま聞こえがいい政策が語られ、重要政策を実現する上で避けて通れぬ国民の負担増について、勇断を持って発言する候補がいなかった点にも不満が残った。 資源を持たないわが国にとって最大の財産は人材である。近年、次代を担う若者の内向き志向が強まり、国の将来を悲観視する傾向が強まっているのは憂慮すべき事態である。若手起業家の増加など新しい動きも出ているが、国としての取り組みが不十分と考える。議論を進めるために、ささやかだが日本財団や姉妹財団が最近スタートした2つの事業を紹介させていただく。 一つは笹川平和財団が英米両国のトップレベルの41大学への進学希望者を対象に進めている給付型奨学金制度。昨年7月、第1期生35人が決まり、英・ケンブリッジ大や米・ハーバード大へ留学した。4年間で1人当たり約5千万円の奨学金を給付し、世界レベルの問題を解決できる人材の育成を目指している。 世界の人材集める英米の強み 2022年度、海外に留学した日本人学生は約5万8千人とピーク時の半分になった。深刻な数字減もさることながら、初頭・中等教育のレベルは日本の方が高いと思われるのに、大学教育の成果となると英米の大学に圧倒的に劣る。 背景には、両国の大学が提供する恵まれた教育環境を目指して世界から優秀な人材が集まり、成果に寄与している現実がある。わが国には、昨年度、約28万人の外国人が留学しており、今後、取り組みを強化する参考になるのではないか。平和財団では、奨学生全員が寄宿舎に入り、世界から集まった学生と密な交流をすることでスキルを高めるよう求めている。 次いで今年、日本財団が米・ミネルバ大学と結んだ包括的連携協定。同大はオンラインで授業を実施し、各国を回りながら学ぶ革新的な教育で世界の超難関校の一つに数えられている。4年間で世界7カ国を回り、協定に伴い日本には1年間滞在の予定だ。来年秋には世界100カ国に上る多国籍の学生150人が来日し、東京で寮生活を送りながら国内各地を訪れ、わが国の歴史や文化などを学ぶ。 米国の政治学者ハンチントンは著書「文明の衝突」で日本を「独立の文明を持つ唯一の国」と定義、世界八大文明の一つに数えた。世界で急速な温暖化が進む中、自然と寄り添う日本文化に対する注目も高まっている。外国人留学生の目を通じ日本人学生がわが国の新たな課題や長所に気付くことも多いと期待している。 最後に戦後わが国が導入した小学校6年、中学、高校各3年の単線型教育制度にも一言。近年は偏差値教育も加わり、一段と画一的になった。全国的な教育水準を底上げしてきた効果もあり、一概に否定するつもりはない。 しかし、画一的な教育に馴染めない子供はいるし、イノベーションや将来の国づくりにつながる突出した才能は育ちにくい。近年、一部で見直しの動きもあるが、多様な選択肢があった戦前の複線型教育制度の方が、多彩な人材を育てる上で優れていたように思う。 「民」が取り組む人材育成事業は他にも多くあるが、民間組織としての限界もある。同時に国にも海外留学支援や各国の留学生を招く制度がある。海外に行くと、日本への留学経験者から卒業後の横のつながりの薄さを指摘する声も聞く。OBのネットワーク強化など、改善の余地は多分にあるのではないか。 国家百年の計は教育にあり 今月27日には自民党新総裁が決まり、早い時期に解散総選挙で国民の信を問う展開もありそうだ。 「国家百年の計は教育にあり」という。人材育成は、国の将来を左右する重大事項であり、時間をかけ国を挙げて議論されるべきテーマである。明るい日本の未来を切り拓くためにも、新しい指導者が本格的にこの問題に取り組まれるよう望んで止まない。 |