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2024年04月30日(Tue)
難しさ増すミャンマー和平構築
(産経新聞「正論」2024年4月26日付朝刊掲載)
日本財団会長 笹川 陽平

seiron.png1948年、英国から独立して以来70年以上、少数民族武装組織と国軍の内戦が続くミャンマーは2021年2月の国軍によるクーデター以降、民主化を求める市民武装組織も戦闘に加わり、混迷の様相を一段と深めている。

難民救済のモデル

筆者は13年、ミャンマー国民和解担当日本政府代表を拝命し、和解実現に取り組んできた。しかし民族、文化、時に宗教、言語の違い、さらに周辺国の思惑も複雑に絡み、和平実現の難しさを日々、実感している。

そんな中、ミャンマー関連の難題の一つ「ロヒンギャ難民問題」で4月6日、バングラデシュ政府が難民移住計画を進めるベンガル湾・バサンチャール島を初めて訪問。自立支援に向けた先進的な取り組みを目の当たりにし、今後の難民救済のモデルにもなり得るとの思いを強くした。

10年以上に及ぶ筆者の取り組みは苦い経験、失敗の繰り返しでもある。そんな思いもあり、これまでは「沈黙の外交」の立場で発言を極力控えてきた。しかし和平実現の難しさを理解していただくために、今回初めて、ラカイン州での体験を中心に活動の一端を報告させていただく。

ミャンマーには人口の約7割を占めるビルマ人のほか、135に上る少数民族が住む。反政府武装勢力は21に上り、日本政府代表就任以前も含め計157回、現地を訪れ交渉の結果、18年には10の武装勢力が国軍と停戦に合意し筆者も合意文書に署名した。


一夜で破綻した人道的停戦

ラカイン州では長く続いたラカイン人の仏教王朝・アラカン王国が18世紀後半、ビルマ人の王朝に滅ぼされた。以後、双方の反目が続き、近年は武装組織アラカン軍(AA)とミャンマー国軍が熾烈な戦闘を続けてきた。

双方に働き掛け、22年11月、何とか人道的停戦にこぎ着けた。停戦を利用して人道支援を行い、住民に「平和の果実」を実感してもらうのが狙い。結果、一発の銃弾も飛ばない平和な時期が1年間続き、その流れを定着させるため記念式典開催も検討していた。

そんな矢先の23年11月12日、訪問先のタイ・バンコクで「国軍とAAの多数の兵士が200メートルの至近距離で対峙している」との緊急連絡を受け、深夜まで電話で説得工作を続け、国軍司令官、AA議長双方から「兵を引く」との確約を得た。

しかし翌早朝、AAの兵士が離れた場所にある2カ所の警察官事務所を襲撃する事件が起き、再び戦闘に入った。双方の停戦を「ミャンマー和平の一つのモデル」と期待していただけに、今も残念な思いが強い。

 ロヒンギャの人々は、この州に長く住んできたイスラム系の少数民族。仏教徒であるラカイン人やビルマ人とのトラブルも多く、17年8月、国軍の掃討作戦で約70万人が隣国バングラデシュのコックスバザール県に難民、その後、難民キャンプが形成された。

国際社会が有効な打開策を提示できないまま7年近くが経過し、キャンプの人口も増加。バングラデシュのハシナ首相の決断で20年5月、バサンチャール島への移住計画がスタートし、既に3万6000人が移住している。

バサンチャールは本国から約60キロ沖合に土砂が堆積してできた島で、面積は約50平方キロ。高さ2.5メートルの堤防で囲われた住宅地域のほか、病院や診療所、モスクも整備され、約2000人の難民女性を雇用する手工芸品センターや1400人の難民漁師を対象にした手網漁業、養殖などの事業も進められている。

AAと国軍の停戦が実現しない限り、平和裏にラカイン州に帰還するのは難しく、島は帰還が実現するまでの仮の住み家の性格が強い。帰還が実現した場合、地元民との相互理解を進める上でも生活基盤の安定が欠かせず、世界各地で難民が増える中、バサンチャールの取り組みは難民救済の先進的な試みと言っていい。

日本財団ではこれまでコックスバザールの難民キャンプの教育施設整備や島の生活支援事業に計700万ドル(約10億5千万円)を拠出してきた。島には新たに4万人分の住宅が完成しており、さらに200万ドル(約3億円)を支援して本国から島への難民の移住を後押しする考えでいる。

ウクライナやパレスチナ・ガザ地区の戦争で国際機関によるロヒンギャ難民支援が細る中、国際社会、さらに日本政府に一層の支援拡大を求めたく思う。それが親日国バングラデシュとの友好を深め、わが国に対するイスラム諸国の信頼を醸成する道につながる。


ネバーギブアップの精神で

一方で内戦が激しさを増すミャンマーに目を転ずれば、前述のラカインでの人道的停戦の崩壊を見るまでもなく、積み上げた成果は常に不安定でもろい。それ故に一層の努力が欠かせない。

「解」は常に現場にある。「ネバーギブアップ」の精神で、引き続きミャンマーの平和構築の道を探っていく決意を新たにしている。

タグ:日本財団 国際 ミャンマー
カテゴリ:正論







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