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2023年05月09日(Tue)
政争激しいペルーで「緊張感希薄な日本政治」を実感
(リベラルタイム 2023年6月号掲載)
日本財団理事長 尾形武寿

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南米で初めて日本人の組織的な移住を受け入れたことで知られるペルー共和国は、4月3日を「秘日友好の日」と定めている。第一回目の移民790人を乗せた「佐倉丸」が1899年のこの日に、カヤオ港に入港したのが由来。移民開始90周年に当たる1989年、当時のアラン・ガルシア大統領が国会に提案して定められた。

友好の日には毎年、ペルー政府や日系人協会、日系企業など多くの関係者が出席して多彩な記念行事が開催されている。特に今年は、1873年に日秘修好通商航海条約が締結されて50年の節目に当たり、首都リマ市内の国会議事堂で記念式典が開催された。ペルーの発展に長年、貢献した団体や個人に対する表彰式が行われ、日本財団と筆者も表彰の栄誉に浴した。

式典は4月3日午前に行われ、100人を超す関係者が出席。日本、ペルー両国の国歌吹奏に続き、初の女性大統領であるディナ・ボルアルテ氏の名代として出席したマルタ・モヤノ副大統領が、多くの苦労を乗り越えてペルーの発展に寄与した日系人の貢献を讃え、マリア・コルデロ秘日友好議員連盟会長らも祝辞を述べた。

筆者も受賞者を代表して感謝の言葉を述べるとともに、出席した日系人を前に「ペルー人として国に忠誠を誓い、一層、ペルーの発展に尽して下さい」、「皆さんのルーツである日本が、皆さんの誇れる国となるよう一層、尽力します」と挨拶した。日本財団では1980年から海外協力援助事業を開始し、現在は世界各地で幅広い事業を展開している。その皮切りとなったのが南北アメリカ大陸に広く在住する日系人への支援。今回の表彰は、過去40年余の取り組みをペルー政府が高く評価した結果と自負している。

当のペルーでは21年7月にアルベルト・フジモリ元大統領の長女ケイコ・フジモリ氏を破って当選したペドロ・カスティジョ前大統領が昨年12月、反逆容疑等で逮捕・拘束された。この国には、政権が変わる度に前政権のスキャンダルが噴出し、前大統領の逮捕など激しい抗争が繰り返されてきた歴史がある。「秘日友好の日」を定めたガルシア元大統領も19年、逮捕寸前に自宅で拳銃自殺をしている。

式典後、フジモリ元大統領が禁固刑で収監されているリマ市郊外の軍警察施設を訪れ、そんなこの国の激しさを改めて思い知ることになった。施設は小高い山の麓にあり、ペルー訪問の際は毎回、慰問に訪れている。ダイニングルームやキッチンのほか、アトリエや集会室、バラ栽培用の中庭もあり、収容所というより保養所といった印象が強かった。

ところが今回は風景が一変。部屋は狭く仕切られ、中庭に設けられた塀の向こう側には別の建物の建築も進められていた。警備も格段に厳しくなり、面接手続きにも時間が掛かった。フジモリ氏によると、一部をカスティジョ前大統領の収監に使い、新しい建物はアメリカから近く送還される元大統領の収監に当てられるという。

判断材料はなく、真偽は今一つはっきりしないが、汚職に関連してペルー検察庁が国際手配していたアレハンドロ・トレド元大統領(カリフォルニア州在住)の身柄引き渡しをアメリカ国務省が認めた旨の報道が2月にされており、フジモリ氏の話はこれを指すと思われる。

トレド氏はフジモリ氏の二代後、01年から05年まで大統領職にあった。政治の混乱は決して好ましくない。現にペルーでは、政変の度に大規模な抗議デモ、混乱が発生している。同時に政治の場の緊張感は、平和国家日本に比べ大きく違う。国際情勢が激しく揺れ動く中、わが国の低調な国会論戦を前にすると、日本の政治はこれでいいのか、改めてそんな思いも強くする。








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