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2022年10月06日(Thu)
「もらい乳の現代版」母乳バンク事業が子どもの命を救う
(リベラルタイム 2022年11月号掲載)
日本財団理事長 尾形武寿

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1500グラムに満たない極低体重で生まれてくる赤ちゃん(極出生低体重児)が日本では毎年、約7千人に上っている。特に28週未満で生まれる超早産児は、本来、母体の中で成熟する消化管が未熟な状態で出生するため壊死性腸炎を起こすリスク高く、命を守り健康に育てるには免疫を高め腸の粘膜を成熟させる効果を持つ母乳が欠かせないと言われている。

しかし、うち約5千人は超早産などが原因で母乳を得るのが難しく、消化に負担がかかる人工乳を使えば壊死性腸炎を発生するリスクが高くなる状態に置かれている。そんな訳で、今年3月、自分の子供が必要とする以上にたくさんの母乳が出るお母さんから余った分を寄付してもらい、ドナーミルクとして活用する「日本財団母乳バンク」を東京・日本橋に開設し、翌月から稼働した。

母乳バンクは14年、昭和大学医学部・水野克己教授の主導で同大江東豊洲病院(東京都江東区)に初めて設けられ、17年には運営主体として「日本母乳バンク協会」も設立された。そんな経過もあり日本財団母乳バンクの理事長を水野教授にお願いし、同協会と協力して双方で年間5100人のドナーミルクを安定的に確保・提供できる体制の確立を目指している。

事業ではドナー登録した母親から提供された搾母乳を低温殺菌処理してマイナス20度以下で冷凍保管し、各医療機関の新生児集中治療室(NICU)の要請に応じドナーミルクとして提供する。赤ちゃんの発育状況や症状に合わせたオーダーメイドのドナーミルクを提供できるのが特徴で、世界50ヵ国に整備されている約600の母乳バンクの中でも初の試みとして成果に期待している。

ただし、課題も多い。一つはドナー登録施設が東京、京都、静岡など全国6都府県9ヵ所と少ない点だ。4月の稼働以降、8月末までに全国から531人のドナー登録申請があったが、登録施設が遠く断念したケースも多く、登録完了は40%弱の209人に留まっている。3ヵ所に登録施設がある東京都では申請が集中して手続きが遅れ、その間に授乳量が減ってしまう事態も起きた。

アメリカでは70%近くのNICUが母乳バンクを利用しているのに対し、我国の利用率が約190のNICUのうち35%前後に留まるのも、このあたりの事情を反映している。母乳バンクは現在、前述の二つしかない。ともに東京都内を活動拠点にしており、東京直下型地震など万一の事態を想定して、あらかじめ対応を検討しておく必要もあろう。水野教授も3月の発表会で、母乳バンクの拠点数の少なさや知名度の低さを指摘した上で、「超早産児や極低出生体重児にドナーミルクという選択肢があり、それにより多くの命が助かることを知ってほしい」と訴えた。

母乳は赤ちゃんが生きていく上で命綱である。我国には古くから「もらい乳」の風習があった。子供を「社会の宝」として健全に育てていくための知恵でもあった。筆者は医学に不案内だが、母乳バンクは「もらい乳」の現代版と理解している。然るに急速な少子化で21年の出生数が81万人余と過去最少に落ち込む中、厚生労働省によると、21年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待件数は20万7600件余と過去最多を更新した。子供を大切に育てる伝統が失われつつあるのではないか、そんな戸惑いさえ覚える。

母乳バンク事業は、ドナーミルクの提供を受けた母親、母乳を提供した母親双方の赤ちゃんに対する愛情を育む。こうした事業の積み重ねこそ、子供を巡る環境の健全化に役立つのではないか。そんな思いで、引き続きこの事業を大切に育てていきたく考えている。








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