2022年03月16日(Wed)
こども家庭庁は基本法と一体で
(産経新聞「正論」2022年 3月15日付朝刊掲載)
日本財団会長 笹川 陽平 ![]() |
子供対策の司令塔 家庭庁を子供対策の司令塔として機能させるには、その理念や基本方針が広く共有されなければならない。そうでなければ折角の新組織も「仏作って魂入れず」になりかねないからだ。 日本財団では一昨年9月、有識者による研究会の議論を経て子供の権利を包括的に定める「子ども基本法」(仮称・以下基本法)の制定を提言し、筆者もこれに先立つ同1月、本欄に「基本法で子供育成の新理念示せ」を投稿した。家庭庁の創設と基本法の制定が一体で行われるよう重ねて提案する。 わが国は平成6年に国連の子どもの権利条約に批准した。しかし「子どもの最善の利益」など条約が定める原則は既に国内法で守られているとして新たな法整備を見送ってきた。この間、虐待やいじめ、不登校、自殺が大幅に増加するなど子どもを巡る環境は厳しさを増し、同年度1961件だった児童相談所(児相)の児童虐待相談対応件数は令和2年度、20万5044件と4半世紀で100倍を超えた。 試みに文部科学省や厚生労働省などの統計を基に、経済的困難や虐待、いじめ、不登校などに直面する子供の数を積算した結果、小学1年生では延べ数が100人中34.3人に上っていた。複数の困難を抱える子供もおり、若干の割引が必要としても3人に1人というのはどう見ても尋常ではない。 行政や学校の対応に遅れ 悲惨な虐待事件も増え、行政や学校が対応できていないケースも目立つ。今年1月、岡山市で6歳の女児が死亡したケースでは、逮捕された母親と交際相手の男による深刻な虐待を、市こども総合相談所が「軽度」と判断し対応が遅れたと報じられている。 家庭庁には厚労省が所管する保育所業務や内閣府の認定こども園などが移管されるが、幼稚園は引き続き文科省の所管となり、懸案の「幼保一元化」は実現しない。児童福祉法、子ども・若者育成支援推進法など関連する法律は多く、立て付けも複雑。家庭庁の業務を充実させるためにも、柱となる基本法の制定は不可欠となる。 一昨年の提言には、行政から独立した立場で子供の権利が守られているか調査・勧告する機関として「子どもコミッショナー」の導入も盛り込んだ。自民党には慎重論も多いと聞くが、既に世界70ヵ国以上が導入しており、子ども問題を“第3の目線”でチェックする機関の設置は家庭庁の機能を強化する上でも有効と考える。 古来、日本には子供を宝として家庭・地域社会で大切に育てる文化があった。その精神は日本人のDNAの中に今も生きていると思う。しかし、核家族化が進み地域社会が崩壊した現代、精神論だけでは対応できない。 例えば不登校。文科省によると小・中学校における不登校児童生徒数は令和2年度約19万6千人、この10年間で6割以上増えた。ひとり親家庭で子供が不登校になれば、親が仕事を続けるのも難しくなる。 日常的に親や祖父母の介護や世話に追われるヤングケアラー対策も緒に就いたばかり。実態把握も遅れている。家庭庁がこれら子供や家族、家庭を守る要の組織となるべきは言うまでもない。 子供問題の背景には、深刻化する少子化問題も控えている。近年、世界の人口は100億人に達する前に減少に転ずる、といった見方が強まっている。人口爆発が資源の枯渇や温暖化を引き起こしている現状を前にすると、自然の流れと言えよう。ただし、あまりに急速な少子化は現在の若者世代、さらにこれから生まれてくる子どもたちの負担を過大にし、医療や社会保障など社会システムの根幹を危うくしかねない。 昨年春、米国や中国など計8カ国の18〜69歳の女性各500人にインターネットで理想の子供数を聞いたところ、中国、韓国は1.8〜2.0人、残る6カ国は2.1〜2.4人と現在の出生率を上回った。 子供を安心して産み・育てる環境が整備されれば、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数)が、人口が均衡状態となる人口置換水準(日本の場合は2.07)を大きく下回る各国の現状が改善できる可能性があることを示す数字であろう。 未来社会を切り拓く投資 その意味で子供対策の強化は創造的な未来社会を切り拓くための「投資」である。家庭庁の創設を基本法の制定、「子どもコミッショナー」の導入と一体で進めることで家庭庁の求心力も増す。国、自治体、民間の役割分担も明確となろう。そうした前向きの取り組みが、社会全体で子供を健全に育てるシステムを強化していくことになると確信する。 |