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2021年12月01日(Wed)
「海は泣いている」人類生存問題
(産経新聞「正論」2021年 11月30日付朝刊掲載)
日本財団会長 笹川 陽平

seiron.png 人間の社会活動に伴って大量に排出される温室効果ガスを原因とする猛暑や豪雨、森林火災など「陸」の災害が世界で激しさを増している。しかし、地球温暖化の主要な原因となっている二酸化炭素(CO2)の約3割を海が吸収し、温暖化の進行を緩和している事実はあまり知られていない。

「もう一つのCO2問題」

海水に取り込まれたCO2は表層の水素イオン濃度指数(pH)が8・1前後、弱アルカリ性の海水を酸性側に変化させ、絶妙なバランスの上に成り立つ海の生態系を狂わせている。「もう一つのCO2問題」と呼ばれる海洋酸性化である。

カナダなど世界の7大学・研究機関と日本財団が2011年から取り組んだ「海の未来の予測」プログラムは4年後の15年、海水温の上昇などで「50年には赤道付近の熱帯域における商業魚種の漁獲量が3割以上減少する」、「日本産のすしネタがやがて姿を消す」などショッキングな報告をまとめた。

その後も東京湾や伊勢湾でシャコの不漁が発生、最近では北海道東部の太平洋沿岸で原因不明の赤潮が発生しウニやサケ、タコが壊滅的な打撃を受けている。プラスチックを中心にした海洋ごみの増加や乱獲による漁業資源の枯渇なども加わり、海洋は酸性化が問題になる以前から危機に直面している。“母なる海”が死ねば人類は生存できない。500年、1000年後の海は果たして大丈夫か、強い危機感から17年7月の本欄への投稿で「100年後をにらみ海の再構築を」と訴えた記憶がある。


今後も一層進む海洋酸性化

海洋酸性化は1970年代初頭に、初めてその可能性が指摘された。当時は海水のpHを正確に測る方法はなく、海洋生物に対する影響調査も四半世紀ほど前に始まったばかり。実態解明が大幅に遅れているとはいえ、温室効果ガスの増加に伴って世界の海に被害が拡大しているのは間違いない。

酸性化が進むと、貝類やサンゴが炭酸カルシウムの結晶体である殻や骨格を形成するのが難しくなるという。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書(2013年)は、「(産業革命が始まった)1750年から全海洋平均でpHが0・1下がり、今世紀末までにさらに0・065から0・31低下する」と一層の酸性化を予測している。このまま進むと、貝類やサンゴが育たなくなる事態も懸念され、特にサンゴは海水温の上昇に伴う白化現象に加え壊滅的な打撃を受ける恐れがある。

「CO2は水温が低いほど溶けやすく、海氷融解で海水温が下がる南極域や北極域で酸性化が進みやすい」、「河川水が流れ込み海水中の成分が希釈される沿岸海域で起きやすい」など酸性化が進む要因が指摘されている。深海から海水が上昇する海域では海底でプランクトンの死骸が分解される際に発生するCO2が湧昇し表層近くが酸性化する、といわれ、2005年から09年にかけ米国西部のワシントン州とオレゴン州の養殖施設で、カキの幼生が大量死する事態も何回か起きている。

沿岸海域の実態を調査するため日本財団では20年8月、「里海づくり研究会議」(岡山市:田中丈裕事務局長)と連携して海洋酸性化適応プロジェクトを立ち上げた。米ワシントン大や水産研究・教育機構(横浜市)などと協力して、カキ養殖が盛んな岡山県備前市の日生沖と宮城県南三陸町の志津川湾の2カ所をモデル地域に調査を進めている。現時点では水中を浮遊するカキの幼生の変形など、漁業被害につながるようなデータは見られないが、3年目となる来春にどのような調査結果がまとまるか注目している。

国連が15年に採択した持続可能な開発目標(SDGs)は目標14の「海の豊かさを守ろう」で海洋酸性化の抑止を重点目標の一つに挙げている。先に英国・グラスゴーで開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)は、今世紀末までの世界の気温上昇幅を産業革命前に比べ「1・5度以内に抑える努力を追求することを決意する」旨の合意文書を採択した。しかし、焦点となった火力発電所での石炭使用の規制などを巡り依然、先進国と途上国の対立が続いている。


CO2排出削減が唯一の解決策

気温の上昇も海洋酸性化もCO2の排出削減なしに解決しない。プラスチックを含めた海洋ごみの増加や溶存酸素量が徐々に減少する貧酸素化なども加わり、あまりの負荷の増加に海は泣いている。IPCCは海洋酸性化がさらに進むと海洋がCO2を吸収する能力が低下すると警告している。そうなると大気中のCO2はさらに増え、地球温暖化は一段と加速される。 

結局、陸も海もCO2の排出削減を強化する以外、防御策はない。陸の異常気象に比べ海洋酸性化は人々の関心が希薄な傾向にある。陸と海が一体であるとの認識を改めて共有する必要がある。そのためにも世界の海で何が起きているか、データを整備し、地球全体が危機に直面している現実を繰り返し訴えていく努力が急務である。
タグ:日本財団 正論
カテゴリ:海洋







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