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2021年09月08日(Wed)
コロナ禍の「東京五輪」逆風を跳ね返した選手の力
(リベラルタイム 2021年10月号掲載)
日本財団理事長 尾形武寿

Liberal.png新型コロナウイルスの蔓延により非常事態宣言下で開催された東京2020オリンピックが8月8日、17日間の日程を終え閉会した。コロナ禍で一年延期され、開幕前の多くの世論調査で「中止」「再延期」を求める声が七割を超え、逆境の中での開催だった。
おもてなしの心≠ナ安心安全な大会を開催することを約束して開催国に選ばれた経緯からも、筆者は機会あるごとに、開催は国際社会に対する“公約”であると主張してきた。閉会後の世論調査で「開会してよかった」の声が六割を超えたのを見て、いささか胸をなで下ろす気持ちでいる。一部を除き無観客となった会場で競技に全力を尽くすアスリートに対する感動、史上最多の27個の金メダルを獲得した日本選手団の活躍が逆風を跳ね返したと言っていい。

ただし、オリンピック開閉会式のショーデレクターの解任など本番直前まで続いた混乱は感心しない。実は筆者は7月23日の開会式に出席した。日本財団は2015年、パラリンピックサポートセンターを立ち上げ、パラスポーツの普及とパラ競技団体の運営をサポートし、オリ・パラに協力いただく市民ボランテアのリーダー育成に力を注いできた。その関係で今回、日本財団グループを代表して開会式に招待いただいた。

大会関係者に失礼だが、開会式の感想を一言で言えば、あまりに質素で“寂しさ”さえ覚えた。東京開催が決まってから7年間、組織員会はじめ関係者が様々なアイデアを検討されたと思う。コロナ禍の拡大で、計画の変更や縮小を余儀なくされる事態が続き、最後は一年延期と感染症対策で膨らんだコストを抑制するため「簡素化」が最大のテーマとなったとも聞く。

 “それにしても”である。指定された競技場内の指定席に着くと、意外なことに式進行や催しを説明するリーフレットの類の配布もなかった。市川海老蔵がジャズピアニスト・上原ひろみとコラボで歌舞伎の代表的演目「暫(しばらく)」を披露するなど、興味深いプログラムもあったが、全体の中でどう位置付けられ、何を訴えようとしているのか、よく理解できなかった。IOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長の開会あいさつも明らかに長すぎた。

極め付きは天皇陛下の開会宣言。バッハ会長がスピーチの最後に陛下に宣言を求め、陛下が近くに用意されたマイクの前に立たれた。宣言の途中、小池百合子東京都知事、一瞬、遅れて菅義偉首相が椅子から立ち上がる姿がテレビで中継され、物議を醸した。筆者に言わせれば、バッハ会長の要請の後、「ご起立ください」のアナウンスを流さなかった組織委員会の明らかなミスである。かく言う筆者も含め周りにいた出席者も、オーロラビジョンで初めて気付き慌てて起立した。組織委はミスを認め謝罪談話を発表しているが、この辺りも直前まで続いた混乱で細部の詰めを欠いた影響がそのまま露出したのではないか。

大会中、選手団や選手村での大きなクラスターの発生を伝える報道も見当たらなかった。「困難の中で参加する機会を与えてくれた日本の皆さんに感謝する」、「この難しい時期に開催にこぎつけた日本の努力は称賛されるべきだ」といった外国選手やメディアの声を前にすると、「開催してよかった」との思いを一層、強くする。

筆者はブラジルのリオデジャネイロで開催された2016年のパラリンピックの開会式にも招待を受け出席した。ホテルへの帰途、乗車したタクシー運転手に「次の開催国は日本。全てが緻密に準備され、完ぺきに実行されるのでしょうね」と話し掛けられたのを記憶する。先月24日に開会した東京2020パラリンピックが成功裏に9月5日の閉会式を迎えるよう念じている。
(文中一部敬称略)







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