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2021年09月07日(Tue)
あらためて問われる自殺報道
ウェルテル効果とパパゲーノ効果
どう“誘引”を防ぎ“抑制”するか?
日本財団特別顧問 宮崎 正
風の香りロゴ
著名人の自殺に関する報道に誘発されたとみられる若者の自殺が目立つ中、報道がもたらす二つの“効果”をめぐる議論が盛んだ。一つは自殺を誘引する「ウェルテル効果」、もう一つは自殺を抑制する「パパゲーノ効果」。WHO(世界保健機関)も影響の大きさを重視し「自殺報道ガイドライン」を設け協力を呼び掛けているが、長くメディアに在籍した経験からも難しい問題と実感する。

「ウェルテル効果」はドイツの小説家ゲーテが1774年、25歳の時に刊行した「若きウェルテルの悩み」に由来する。青年ウェルテルが婚約者のいる女性に恋をし、かなわぬ思いに絶望して自殺する姿が書簡体で描かれ、ヨーロッパ中でベストセラーとなった。主人公をまねて自殺する若者が急増したと言われている。

一方の「パパゲーノ効果」はモーツァルトのオペラ『魔笛』に登場する愉快な鳥刺し男パパゲーノが由来。恋に身を焦がし、いったん自殺を考えたものの踏みとどまり、生きる道を選んだ姿に因み、報道が持つ自殺の抑制効果を指す言葉として使われるようになったという。

「若きウェルテルの悩み」はゲーテが自身の体験を基に書いたこともあって、約半世紀前の学生時代、結構、多くの学生が読んでいた。当時は全共闘運動で学園封鎖が相次ぎ、学問の在り方や人の生きざまが話題になることが多かったせいか、70年前の1903年、「巖頭之感」を書き残して日光の華厳滝で自殺した藤村操に対する関心も高かった。

自身も学生時代に読み、「ウェルテル効果」の言葉もほぼ同時期に知った気がする。資料を見ると、米国の社会学者が1974年に命名したとされている。この時期、大学を卒業してマスコミ業界に入りたて時期だったこともあり、言葉の持つ意味が強く印象に残った記憶がある。これに対し「パパゲーノ効果」は数年前に自殺関連の資料に目を通した際、初めて知り、馴染は薄い。

▼2万人の自殺調査

「ウェルテル効果」に関しては、これに添うデータも多くある。日本財団が今年4月、全国の15〜79歳の男女2万人を対象にインターネットで実施し、先に結果を公表した自殺調査でも、若い世代が自殺報道に大きな影響を受けている実態が浮き彫りにされている。例えば「著名人の自殺に関するニュースや記事を見たあと、自殺のことを繰り返し考えることがある」。15〜19歳の39.9%、20代37.6%、30代36.9%が肯定的回答を寄せ、全体平均の27.8%を大きく上回っている。

同様に「著名人の自殺に関するニュースや記事を見たとき、自分も自殺すれば楽になると感じることがある」。肯定的回答の全体平均は21.3%。これに対し若い世代は20代が32.3%、30代31.6%、15〜19歳26.9%と数字の高さが際立っている。

WHOのガイドラインは「センセーショナルに扱わない」、「見出しの付け方に慎重を期す」、「用いた手段や場所を詳しく伝えない」、「著名人の自殺を伝える時は特に注意する」といった内容。政府もマスコミ各社に順守するよう要請している。

ここで「報道の自由」や「国民の知る権利」を論ずるつもりはない。ただしSNSが広く普及するこの時代、仮に新聞やテレビが自殺報道を抑制・自重しても、逆に憶測やフェイクニュースが一人歩きする危険が高まると思う。「パパゲーノ効果」に関しては挫折や大きな失敗から立ち直った人の生きざまを取り上げる記事などが該当する気がするが、もう少し実証データが欲しい気がする。

日本の自殺者数は20年、2万1081人。長引くコロナ禍の影響で若者や女性を中心に11年ぶりに増加した。自殺率は先進7カ国の中で突出して高く、とりわけ日本では15〜39歳の若年世代の死因第1位を自殺が占めている。社会の第一線で活躍する若い世代が死に急ぐ姿はどう考えても好ましくない。古くて新しい問題だが、報道の在り方が改めて問われている。








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