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2021年07月19日(Mon)
「民」参加で新時代の共助社会を
(産経新聞「正論」2021年 7月16日付朝刊掲載)
日本財団会長 笹川 陽平

seiron.png 社会は「自助」、「共助」、「公助」がバランスよくかみ合った時、最も安定するといわれる。戦後日本も、この国のよき伝統である共助がいたる所に存在し、機能してきた。

希薄になった共助の精神

しかし、近年、共助の気風が薄れ、戦後70年かけて築かれた日本の優れた伝統にも陰りがみられる。「政」の低迷や「官」の指導力の低下が指摘されて久しいが、豊かで平和な戦後社会の中で「民」が国や自治体の公共サービスに慣れ切り、共助の精神が希薄になったのが一番の原因と考える。

表裏一体の関係にある権利と義務のバランスが崩れ、権利意識が肥大化したのが一因と言っていい。国家とか愛国心といった言葉を敬遠する諸外国には見られない傾向も根は同じと思う。

少子高齢化の進展で人口が減少する縮小社会では、社会全体が右肩下がりになると言われる。未だ収束が見えない新型コロナ禍による社会の疲弊も大きい。日本ではこれまで「政」が国の方針を決め、「官」(霞ヶ関官僚)がそれを実践する社会づくりが続いてきた。今こそ「民」も参加する新しい国づくりが急務となる。

自助、共助、公助の言葉は阪神・淡路大震災(平成7年)や東日本大震災(同23年)を機に主に防災面で使われ、近年は社会保障関係で頻回に登場している。「民」が「民」を助け、支え合う制度を共助、生活保護のような税金によるセーフティーネットが公助と定義されている。


財政悪化で公助に限界

国民の老後を引き合いに戦後日本社会の変化を見ると、子供が親の面倒を見る「家助」や親戚や地域で助け合う「互助」は核家族化の進行や若者の流出に伴う地域社会の人口減少で急速に姿を消してきた。令和2年の日本人の平均寿命は男性が81・41歳、女性が87・45歳。伴侶と死別した後にも長い生活が続く。仮に老後の資産を十分、蓄えていたとしても、一人で生きて行くことはできない。

国の財政悪化も半端ではない。3年度の当初予算は総額106兆円。財源となる税収は約57兆円、40%を超す43兆円を国債に依存する。財務省によると、国債と借入金などを合計した国の借金は今年3月末で1216兆円、GDP(国民総生産)の2・2倍に達し、税収だけで予算をまかなう健全な財政運営には程遠い状況にある。これでは新しい時代に向け大胆な政策を打ち出すことはできない。

財政は国の根幹であり、本来なら党派を超えて健全化に取り組まねばならないテーマである。しかし、残念ながら「政」が本気で財政再建に取り組んできたとは思えない。この結果、消費税など税負担は欧州各国に比べ低いものの、社会保障も薄い社会となった。財政悪化に伴い、医療費の自己負担アップなど年金や医療制度の見直しも避けられない情勢にある。

重要な社会課題も山積している。例えば次代を担う子供対策。昨年、新たに生まれた子供の数は84万人。戦後間もない第一次ベビーブーム時代の3分の1以下に落ち込んでいる。そんな中、就学期の児童の7人に1人が生活困窮家庭で暮らす。日本財団では平成28年、多くの生きにくさに直面する子供の健全育成に向け「第三の居場所」プロジェクトを立ち上げた。

プロジェクトでは学校、家庭に次ぐ3番目の居場所を用意し、地域の若者や現役を退いた高齢者やNPO(民間非営利団体)、企業や行政など幅広い人々に、児童の下校後、親が帰宅するまで、勉強、しつけから食事まで面倒を見てもらう。子供を「社会の宝」として地域ぐるみで育てた日本型地域コミュニティーの再生だけでなく、高齢者らの社会参加の促進も意図している。今年1月までに北海道から沖縄まで全国37カ所に拠点を整備した。自治体からも歓迎され、各地から予想を超える要望が寄せられている。今後5年間に全国500カ所に拠点を整備したいと考えている。

近年、多彩な「民」の活動が全国に広がり、NPO やNGO(非政府組織) 、公益社団法人、公益財団法人など多様な受け皿の整備も進んでいる。さまざまな角度から新たな社会づくりの取り組みが広がることで、とかく欧米に比べ低調と指摘されてきた新しい寄付文化の醸成や企業の社会貢献活動も加速され、「民」が「民」を支える新たな社会づくりも活発になる。


強靱さを備えた新たな日本

「民」の活動が広がり、参加する人が増えることで、国や自治体の手厚い支援やサービスを当然視する安易な風潮や「政」が耳当たりのいい政策をばらまく迎合主義にも歯止めが掛かかると期待する。 

そのためにも与野党を問わず「政」には、たとえ有権者の反発が予想されても新たな負担や忍耐を国民に求める勇気を求めたい。それが国の財政再建にもつながる。

そうした流れが「官」の指導力を復活させ、「民」の自助の精神、さらには皆で助け合う共助の文化の再生につながる。それが実現した時、強靱さを備えた新たな日本の姿も見えてくる。







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