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2020年07月22日(Wed)
海洋問題解決は日本が主役たれ
(産経新聞「正論」2020年7月21日付朝刊掲載)
日本財団会長 笹川 陽平

seiron.pngこの夏も日本列島は九州を中心に激しい豪雨災害に見舞われた。想定外の災害が常態化し、年を追うごとに激しさを増している。積乱雲が帯状に固まって局地的に豪雨が降る「線状降水帯」が次々と発生したのが原因で、インド洋や東シナ海など日本近海の海水温の上昇が遠因と指摘されている。

昨年9月、モナコで開催された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)総会で採択された「海洋・雪氷圏に関する特別報告書」は、地球温暖化による極地や山岳地域の氷河と氷床の融解で海面水位の上昇が加速しており、状況は不可逆的な転換点(Tipping Point)を越えたと警告している。


“待ったなし”の危機的状況

多くの観点から温暖化の原因が指摘されているが、人類の社会活動で排出される二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの増加によって海水温の上昇や海の酸性化が進み、海面上昇やサンゴの白化など様々な現象を引き起こしているのは間違いあるまい。乱獲に伴う漁業資源の枯渇やプラスチックごみの流入なども加わり、海の劣化はあまりに深刻だ。

17世紀のオランダの法学者グロチウスが唱えた「海洋の自由」そのままに野放図に海を使ってきた結果である。CO2の平均濃度は18世紀後半から19世紀にかけた産業革命以前に比べ40%以上増加し、増えた熱エネルギーの90%以上が海洋に蓄えられ、台風の巨大化など想定外の事態が起きている。長い人類の歴史の中の“ほんの一瞬”に過ぎない2〜3世紀の間に、人類を育んできた“母なる海”を回復不可能なところまで荒廃させることは許されない。事態は“待ったなし”の深刻な状況にある。

然るに各国の危機感は希薄である。陸中心の長い歴史のせいか、南シナ海で典型的に見られるように海の覇権争いには熱心であっても、健全な海洋の保全に対する興味は薄い。国連も、国連食糧農業機関(FAO)や国際海事機関(IMO)、国連環境計画(UNEP)など海洋に関する9機関がそれぞれ条約や協定を管理しているが、多省庁にまたがり縦割り行政の弊害が指摘されている日本と同様、効果的な対応を取れているとは言い難い。

膠着した事態を動かすには、民間の幅広いネットワークで問題の所在と解決策を提示して国際世論を盛り上げ、その力で各国を動かすしかないー。そんな思いで日本財団は1988年から「海の世界の人づくり事業」に取り組む一方、2017年6月に開催された初の国連海洋会議では世界の非政府組織(NGO)を代表して、各国が問題点や必要な対策を共有する政府間パネルの設置を提案した。

人づくりは世界海事大学(WMU)で1998年以降74ヶ国641人、国際海洋観測機構(POGO)で2006年以降42カ国110人といった具合で順調に進み、既に150ヶ国で計1450人のフェローがネットワークを形成して各国政府や国際機関、学術機関、NGOなどで活躍している。


具体策を発信する段階に

11年からカナダなど世界の7大学・研究機関と進めた国際海洋プログラムは昨年、米・シアトルのワシントン大学と共同で新しいプログラムに衣替えした。海洋のほか公衆衛生からデータ分析まで世界の100機関から1000人の研究者が参加、これまでに蓄積された気候変動や開発行為に伴って発生した汚染問題、水産資源の枯渇などのデータを基に具体的な解決策を世界に発信していく予定だ。併せて10年計画で新たな専門家100人の養成も計画している。

安全航行や気象変動、津波予測に不可欠な海底地形図の作成では、事業を通じて育った40カ国90人のスペシャリストが、日本財団と大洋水深総図(GEBCO)指導委員会が17年に開始した地図作成作業の中核を担い、スタート時点で6%に過ぎなかった海底地形の解明をわずか3年弱で19%まで拡大、目標とする30年の海底地形図100%完成が視野に入るところまで進展させた。作業が進むに連れ、幅広い研究機関の協力も得られ、各国がネットワークの意義と成果に注目している。


ニューノーマルの取り組み

陸の問題の多くは当事国が解決する。しかし世界が一つにつながる海の問題を一国で解決することはできない。温室効果ガスの排出削減やプラスチックごみの流入一つとっても、各国が総力を挙げて取り組まない限り改善に向けた道筋は見えてこない。 

人類の生存にも係わる海洋問題の解決は、幅広い知見を有する専門家のネットワークと各国の連携が実現して初めて前に進む。恐らくそうした取り組みこそ「ニューノーマル」となろう。

日本は海に囲まれ、その恩恵を受けて発展してきた。深刻な海の現状を前に沈黙は許されない。一国主義、自国優先主義が台頭する中、国際社会の先頭に立って海の健全化に取り組む責任がある。それに応える力は十分あるし、そうした取り組みが揺れ動く国際社会の中でプレゼンスを確立する道でもある。
タグ:日本財団 正論 海洋
カテゴリ:正論







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