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2020年06月01日(Mon)
複合災害 救急医療の在り方を見直す時
感染症法と消防法の関係調整など急務
きっかけになるか!日本財団50億円支援


日本財団 参与 宮崎 正

風の香りロゴ
世界でなお猛威を振るう新型コロナウイルス禍でわが国は、感染症法に基づく感染症指定医療機関、消防法による救急指定病院とも病床不足など患者の受け入れが逼迫し、医療崩壊が懸念される事態に陥った。2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)や2012年のMERS(中東呼吸器症候群)が“対岸の火事”に終わったことによる備えの薄さが一因だが、今回のコロナ禍のように急展開する災害では、関係する法律や制度を柔軟かつ有機的に活用する必要性も浮き彫りになった。

そんな中で日本財団は5月末、新型コロナ対策第3弾として救急医療施設に対する50億円規模の支援を打ち出した。新型コロナの第2波・第3波の感染拡大、さらに地震や台風など想定外が常態化した「複合災害」に備えるのが狙い。民間の異例の取り組みが医療現場の幅広い見直しのきっかけとなるよう期待したい。

新型コロナは一義的に感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)の対象となり、感染が確認されると原則、入院隔離となる。新型コロナが発生した時点で感染症指定医療機関は「特定」、「第一種」、「第2種」を合わせ全国で410ヶ所1871床しかなく、深刻な病床不足が発生した。このため無症状者・軽症者の療養場所を自宅・宿泊施設に切り替える一方で、一般医療機関にも協力を要請、最終的に2200に上る医療機関が患者の受け入れに当たった。

一方の救急医療機関。消防法は「救急病院等を定める省令」で救急指定病院を、比較的軽症で入院の必要がない患者が対象の「第1次救急」、24時間態勢で患者を受け入れる「第2次救急」、重症・重篤患者を対象とする「第3次救急」の3グループに分類している。第3次救急を担う医療機関は、救命救急センターや高度救命救急センターを備えた全国各地の公立病院や大学病院など大手病院が多く、全国で294施設に上る。

新型コロナで「発熱や呼吸器症状がある患者」はまず1次、2次救急施設に搬送されるのが普通だが、現実には診療を断る診療所が相次ぎ、3次救急の救命救急センターなどに患者が集中、交通事故や脳梗塞など本来、救急医療が必要な患者の受け入れが逼迫する事態が発生した。感染力が異常に強い新型コロナの特徴が一因だが、陰圧室やサージカルマスク、ガウンなど医師や看護師の感染を防護する資機材が圧倒的に不足していたのが大きな原因だった。

そんな事情を受けプロジェクトでは、日本救急医学会が「救急指導医指定施設」に指定する全国の139施設を中心に患者の受け入れ態勢の強化を目指す。まず東京医科歯科大付属病院、日本医科大多摩永山病院、横浜労災病院、大阪府済生会千里病院に約5億円を支援。防護服など医療従事者の感染防止用の資機材から人工呼吸器やドクターカーなどを配置し、残る135病院には、4病院を参考に必要な資機材を調達してもらう計画だ。135病院は全国の37都道府県に広がっており全国的な試みとなる。

医療態勢の強化は資金も巨額で、国や自治体の手で実現されるべきテーマだが、プロジェクトでは全国に10台前後しかないといわれるCTやMRIを搭載した特殊車両やドクターカーも要望に応じて配備される予定。仮に実現すれば、医師や看護師が現場に駆け付け、そのまま治療を開始することが可能となり、救急医療の要である“救うことができた命”を救うことにもつながる。

プロジェクトでは元SMAPの稲垣吾郎さんら3人による「新しい地図」と日本財団が共同で立ち上げた「LOVE POCKET FUND」(愛のポケット基金)などに寄せられた寄付や日本財団の事業費を活用して行われ、全国で約4500人と少ない救急専門医の育成や子どもたちに救急医療を知ってもらうための出前授業などにも取り組む予定という。

新型コロナ禍の関係では、国立感染症研究所など公的機関が一手に担い、各国に比べ数の少なさが問題となったPCR検査に民間委託を導入、保険適用も決め、医師が必要と判断すれば保健所を介さず依頼できる態勢が整備されたことで検査能力の大幅なアップが視野に入ってきた。新型コロナのような感染症や複合災害でも、感染症法や消防法の柔軟な運用に工夫を凝らせば、もっと有機的で効率的な対策が可能になるのではないか。

緊急事態宣言発令の根拠となった改正新型インフルエンザ対策特別措置法(特措法)も然り。特措法に強制的な外出禁止や公共交通機関の運行をとめる規定はなく、国が宣言を発令するものの不要不急の外出の自粛要請や施設の使用停止など具体策は該当地域の都道府県知事の判断に委ねられ、ともすればスピード感を欠く原因となっている。

「人と病原体の戦いは未来永劫につづく宿命にある」(石弘之著、感染病の世界史・角川文庫)といった指摘もある。今回の新型コロナ禍を教訓に、憲法との関連も含め災害発生時の対応、とりわけ救急医療の在り方を見直す時期に来ている気がする。









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