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2020年03月03日(Tue)
遺贈寄付こそ 生きた証を後世に残す
(リベラルタイム 2020年4月号掲載)
日本財団理事長 尾形武寿

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災害大国日本では大災害が発生すると、巨額な義援金や支援金が集まる。しかし世界に冠たる経済大国でありながら、日常的な寄付金は欧米諸国と比べ大きな差がある。ひとえに「寄付」文化の違いと言うべきであろう。

我国には長い間、相互扶助の伝統が根付いてきた。田植えなど農繁期となれば村人が総出で助け合い、家に残った赤子を老人が世話し、寝込んでいる老人の面倒は若い子供達が見た。
しかし、核家族化に伴う地域社会の崩壊に個人の利益を尊重する戦後教育もあって、他人事に関係するのを嫌う、何とも潤いのない社会になった。本来、表裏一体である「権利」と「義務」の均衡も崩れ、受益を主張する一方で自らの責任を忘れ、行政や教育に不満を押し付ける傾向も顕著になった。

人間は社会の一員として生きる。夫婦で始まり、親や子供が加わって家族となり、家族が集まって村や町、さらには、その集合体が県や国となる。人間はその中で生かされるのであり、独りで生きてはいけない。そうである以上、社会の秩序を守り貢献することが責務となる。
筆者が奉職する日本財団では寄付文化の醸成に向け、いくつかのプロジェクトに取り組んでいる。寄付を通じて相互扶助の精神を育て、集まった浄財で社会課題を解決する「みんながみんなを支える社会」を構築するのが狙いだ。

例えば飲料一本につき十円を寄付してもらうチャリティ自動販売機。二〇〇八年のスタート以来、全国で七千八百台に広がり、歯科撤去金属から金やパラジウムを取り出し、リサイクルすることで得た資金を活用する「TOOTH FAIRY(歯の妖精)」プロジェクトも日本歯科医師会の協力で順調に伸び、集まった寄付金は全額、難病や重い障害のある子供たちの支援や途上国での学校建設などに活用されている。

最近、取り組みを強化しているのが遺贈寄付。日本財団では一三年、大阪の女性からの遺贈寄付を基にミャンマーに特別支援学校を建設したのをきっかけに、一六年に遺贈寄付サポートセンターを立ち上げ、昨年秋以降、宮城県仙台市を皮切りに遺言・遺贈寄付セミナー「日本一楽しい!遺言書教室」を開始、三〜四年かけ全国を一巡する計画でいる。

データによって差があるが、長く長子相続が続いた日本で遺言書を残す人は約二十人に一人と少ない。このため全国各地でセミナーを開催、遺言書に対する関心が高まり遺言書を書き残す人が増えれば、「生きた証」として遺贈寄付を考える人も増え、その先に新しい日本の寄付文化が見えてくる―というのが基本的な考えだ。

少子化や未婚の増加、核家族化などで、個人としては好きな言葉ではないが「おひとりさま」が増え、煩わしい相続トラブルが急増傾向にある。我国の相続額は年間約五十兆円と言われるが、遺贈実績は三百億円程度にとどまっている。

しかし、日本財団の調査では六十歳以上の二三%が遺贈に前向きの回答を寄せ、日本財団のサポートセンターを含め全国十六団体でつくる「全国レガシーギフト協会」など受け皿の整備を進んでいる。サポートセンターには遺贈寄付に向け百件を超す遺言書も寄せられており、今後、遺贈寄付は間違いなく増える気がする。

筆者は既に七十五歳以上の後期高齢者の域に達した。自分の人生は棺の蓋が閉まる数日前に振り返れば十分と決めていたが、仙台や札幌など各地のセミナーに出席、高齢者が目立つ会場で挨拶するうち、自分の思いを書き残すのが己の責任と考えるようになった。そんな思いを込め、引き続き各地のセミナーに出席したいと思っている。








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