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2020年03月02日(Mon)
「公益資本主義」の実現を目指せ
(産経新聞「正論」2020年2月28日付朝刊掲載)
日本財団会長 笹川 陽平

seiron.png欧米型の株主資本主義が世界を席巻する中、公益資本主義に対する関心が高まっている。株式資本主義、中国型の国家資本主義とも違う新しい形の資本主義で、財務省参与などを努めた実業家・原丈人氏が2007年に「21世紀の国富論」(平凡社)で提唱した。

株主の利益を最優先する株主資本主義と違い、株主や従業員、顧客、取引先はもちろん地域社会、国もステークホルダー(利害関係者)と捉え、すべての幸せを目指す。日本社会の経営理念となってきた「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」にも繋がる考えだ。


内部留保は過去最大を記録

しかし、グローバリズムが世界に広がる中、日本でも株主資本主義に追随する動きが強まり、格差が急速に拡大してきた。そんな傾向を如実に示しているのが、企業の内部留保と従業員の賃金の関係。財務省の法人企業統計によると、2018年度の企業の内部留保は463兆円と7年連続で過去最高を記録した。

これに対し、経済協力開発機構(OECD)が公表した日本の労働者の時間当たりの賃金は1997年に比べマイナス8.2%、物価上昇分を差し引いた実質賃金もマイナス10%と先進国の中で唯一減少し、消費が大きく落ち込む原因にもなっている。

関連して東京リサーチの調査によると、1億円以上の役員報酬を持つ企業は280社、報酬を受け取った役員は計570人(2019年3月期決算)といずれも過去最高を記録。役員報酬と従業員賃金との格差も4年連続で拡大し18年度は.2倍になった。

加えて1986年に施行された労働者派遣法の数度にわたる改正で派遣労働の可能な業種が大幅に増え、正社員に比べ賃金水準が低い非正規従業員の割合も増加。厚生労働省の労働力調査によると、2019年の非正規従業員は2165万人。全雇用者の38.3%を占め、1997年の23.2%から15%以上増えた。正社員と非正規従業員の格差が一層、拡大したばかりか、全体的な賃金が抑制される結果にもなった。


賃金引上げに緩慢な経済界

日本企業の役員報酬は欧米に比べ安いとされ、それが上がることに異論はない。しかし内部留保が、毎年のように過去最高を記録しながら、役員の報酬が上がる一方で、従業員の賃金が伸び悩み、先進各国に比べ大きく落ち込んでいるのはどうしたことか。

内部留保は株主への配当や設備投資、従業員賃金の引き上げに活用されるのが本来の姿だ。残念ながら経済界の動きは、政府の協力要請にもかかわらず労働者への還元(賃金引き上げ)、新規投資とも緩慢だ。少子高齢化・人口減少に伴う総需要の落ち込みや08年のリーマン・ショック時のような混乱を意識した慎重な姿勢ともみられるが、それでは企業としての責任を果たしたことにならない。

一代で松下電器(現パナソニック)を築き、“経営の神様”と呼ばれた松下幸之助は「事業は人にあり」と人材育成の重要性を説き、明治から大正にかけて実業界で活躍し“日本資本主義の父”と呼ばれる渋沢栄一は「利益を求める経済の中にも道徳が必要」と道徳経済合一説を唱えた。人を大切にし、社会のために徳のある経営に積極的に取り組むのが企業の使命であり、長い歴史の中で培われた日本の伝統であるはずだ。

大企業には4月から「同一労働同一賃金」が適用される。経済界にはあらためて、正社員と非正規従業員の格差是正も含め前向きな取り組みを求めたい。内部留保は法人税を支払った後の利益であり、さらなる課税は「二重課税になる」、「企業の海外流出を招きかねない」といった慎重論も根強いようだが、このままでは内部留保課税の新設を求める意見が説得性を持つことになる。


危機感は欧米でも広がる

過度の格差や深刻な環境問題を生んできた株主資本主義に対する危機感は欧米でも高まっている。毎年1月、スイスで開催される世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)を前に、国際非政府組織「オックスファム・インターナショナル」は「世界の富豪上位2153人が19年に独占した資産は、世界の最貧困層46億人の資産を上回った」と衝撃的な報告をした。このような歪な社会が続くとは思えない。

当のダボス会議も資本主義の再定義が主題となり、従業員や社会、環境に配慮するステークホルダー資本主義への転換を求める声が強く出た。株主資本主義が世界を覆う中で、日本は他国に比べれば、なお安定した雇用を維持している。人の心を大切にし、社会の調和を求めるわが国こそ、株主資本主義の見直しの先頭に立つべき立場にある。

公益資本主義がその目標の一つとなる。経済界の総本山である日本経済団体連合会(経団連)が今こそ経済界の先頭に立って積極的な取り組みをされるよう求めて止まない。

タグ:日本財団 世界 正論
カテゴリ:正論







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