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2019年12月18日(Wed)
《徒然に…》3年を迎えた「HEROs」
日本財団 アドバイザー 佐野 慎輔

徒然に…ロゴ3年という期間は何かを定着させ、次のステップに進む、ちょうどいい歳月なのかもしれない。たとえば中学生や高校生なども3年の過程を経て、新しい世界に飛び出していく。

アスリートの、あるいはスポーツを媒介とした社会貢献を推進するプロジェクト「HEROs」は、2017年に日本財団によって創設されて今年で3年になった。顕著な活動が認められた人、団体を顕彰する受賞式「HEROs AWARD2019」も今回で3度目。会場となった東京・六本木のグランドハイアット東京にはじつに56競技、105人のアスリートたちがブラックタイとドレス、着物の正装で参加し、受賞者たちを中心に祝福の輪が広がっていた。

いい光景だな、と思う。地に足を付けた社会貢献にまばゆいスポットライトがあたる。一見そぐわないようにも映るが、いや地味な活動だからこそ、華やかに祝福したい。


そうして競技という垣根を越えてアスリートたちが交歓する。競技場、あるいは競技大会でのことならばありうる話だが、競技場の外で発揮されたスポーツマンシップを讃える催しにこれだけの人たちが集まる。意識の高まりだといっても間違いはあるまい。

HEROsアンバサダーとして3年間活動してきた柔道日本代表監督の井上康生さんが感慨深げに話してくれた。

「これだけ多くのアスリートが集まってくれて…。3年目で、HEROsがいいネットワークづくりになっていると思います」


ネットワークで大きな力に

思えば、サッカー元日本代表の中田英寿さんが、「ローレウス賞のような、スポーツの力によって社会貢献活動をしているアスリートを表彰する仕組みを日本でも創りたい」と提案。日本財団の笹川陽平会長が快諾して創設されたプロジェクトである。中田さんのよびかけに、井上さんや元大リーガーの松井秀喜さん、ラグビー元日本代表の五郎丸歩さん、バレーボール元日本代表の大林素子さんたちが賛同して始まった。

自然災害の被災者や障がい者、病気や暴力と闘っている子供たち、社会的弱者といわれる人たちに支援の手を差し伸べ、一緒に遊び、スポーツで楽しみ、交流を深めているアスリートたちは少なくない。そうした活動はしかし、稀に大きく報道されても、多くは新聞紙面の片隅に載るだけか、世の中に知られていないこともある。

もしアスリートたちの社会貢献が“華やかな舞台”で表彰されて話題になり、人々の関心を集めていけば、活動に加わるアスリートたちも増えていくかもしれない。「スポーツという共通言語」でつながったアスリートのネットワークが広がっていけば、より大きな力となっていくだろう。大きな力が社会とつながり、支援の輪を広げて社会課題の解決に向けて動き始める。

中田さんや井上さん、松井さんたちの思いと事務局機能を担当する日本財団の職員たちの地道な活動が、3年という年を経て、多くのアスリートたちの意識を呼び起こし、この広がりにつなげていったように思う。


HEROsはHEROsらしく

中田さんのいう「ローレウス賞」を提供する「ローレウス・スポーツ・フォー・グッド」は2000年、ダイムラーAGとリシュモン・グループによって創設され、スポーツの素晴らしさを広めるだけではなく、スポーツの持つ大きな力で社会課題に立ち向かう団体である。世界40カ国以上でさまざまな支援活動を行い、差別や暴力の根絶などもテーマに掲げる。表彰式はベルリンやモナコ、バルセロナなど世界各地で催され、その華やかさとともに世界発信されている。しかも、テニスのボリス・ベッカーや陸上競技のキャシー・フリーマン、体操のナディア・コマネチなど世界のトップ・アスリートだった55人がローレウス・アカデミーと呼ばれる組織の会員として運営、賞選考にボランティアとして携わっている。残念ながら日本人メンバーはいないが、アンバサダーにサッカーの香川真司、テニスの杉山愛などが名を連ねる。

「ローレウスのような」は気宇壮大な目標ではあるが、「HEROs」は「HEROs」として日本のアスリートを牽引していけばよい。3年間で足元は確かに固まってきた。

今回、2人のアスリートと3つの団体に「HEROs AWARD」が贈られた。災害被害、戦争被害、障がい者と共生社会、家庭内暴力被害、国際協力−いずれも社会問題に立ち向かう活動が対象になった。

なかで2人の受賞アスリートに焦点をあててみたい。いずれもスポーツの力、アスリートの力を体現した事例だと思うからである。


サッカーで身に着けた状況判断

サッカーの巻誠一郎さんは2016年4月14日、熊本大地震が発生したとき、故郷のロアッソ熊本でプレーしていた。

故郷の生活基盤が失われていく。そのとき巻さんは何をしたのか。まず募金サイト「YOUR ACTION KUMAMOTO」を立ち上げた。復旧・復興のためには資金が必要となる。いや、それ以前に被災者にとっては日々の生活資金が何よりも大事だ。状況をきちんと見通す目、的確な“パス出し”はサッカーによって養われたといってもいい。

さらにすぐに支援物資をもって被災者を慰問するのではなく、巻さん自身やロアッソ熊本などに全国から送られてくる支援物資をスムーズに熊本に運ぶために福岡で集約、配送するシステムを創り上げた。熊本に集中してしまうと、逆に身動きが取れない。物資配給の地域差も懸念される。どこにどんな物資が必要か、届いている状況を把握した後に支援物資を必要応じて配る。サッカーのパス回し、ゴールを狙ったラッシュに呼応してはいまいか。システム確立のためにはロアッソのチームメートの団結力、全国にいるサッカー仲間たちのネットワークによる支援があったことはいうまでもない。

巻さんはさらに地元からの正確な情報発信に努めた。正確なパスをもらい、シュートに持ち込むには確実な情報と状況把握が不可欠。ここでもサッカーで養った感覚が生きた。

そして被災者の生活が落ち着いたところを見計らってチームメートとともに避難先などを慰問、子供たちとサッカーに興じた。自ら開校したサッカースクールの施設を開放、シャワーなどを提供してもいる。サッカー人ならではの支援である。

言ってしまえば、巻さんの大地震発生時の冷静な、そして的確な行動の裏にはサッカーで培った行動があった。もちろん活動を支えたのは強靭な体力にほかならない。


こんな動機があってもいい

井本直歩子さんの受賞理由は、「紛争・災害下の子どもの教育」に対してである。

1996年アトランタ五輪の競泳に出場、800メートルリレーで4位に入賞した井本さんはいま、国際児童基金(ユニセフ)の教育支援担当職員として紛争地域、被災地などで子どもたちにいち早く教育をうけさせる活動を続けている。スリランカ、ハイチ、フィリピン、マリを経て2016年からギリシャに住む。ギリシャでは難民の教育支援活動に努めている。オリンピアン、アスリートのセカンドキャリアとしては極めて珍しい。

なぜ、そうした道を選んだのか。そこにアスリートならではの経験がある。幼いころブルーシー・アンド・グリーンランド(B&G)財団が創設した旧東京海洋センターのプールで毎日のように泳ぎ、小学6年生のとき50メートル自由形で全国学童新記録を出した。有望選手として注目され、中学生から国際大会にも出場するようになった。そこでみたものとは…、途上国、なかでも紛争地域から大会に出場している選手の姿。食に飢えたしぐさ、破れた水着を着ている選手もいた。

「練習場所や食べ物に事欠き、それでも水泳を続けて国際大会に出てくる。私がいかに恵まれているか、それがわかりました」

以来、井本さんは「いつか選手のキャリアを終えたら、途上国で厳しい環境にある子供たちのために働きたい」と思うようになっていく。慶應義塾大学に進み、20歳で出場したアトランタ大会の後、現役を引退してアメリカに留学。復学、卒業後、夢を叶えるため国際協力機構(JICA)を経てユニセフへ。

アスリートなら、国際舞台で国による競技環境の違いに気づかされることは少なくない。日本が恵まれた環境にあると思うこともあろう。しかし、その時の思いを将来の道を選ぶきっかけとし、実現させた人はそう多くはあるまい。井本さんの感性だと思う。


インスパイアされる人も出てきて…

その井本さんは美しいドレス姿を披露した受賞式の後、自身のブログに「宴のあと」と題してこう綴っている。

「一体昨夜は何だったんだ?!
私は一介の人道支援家で、一介の国連職員に足らないのは変わりないのです。
その観点では、特に表彰される実績はありません。
しかも人道支援の世界とは裏腹に、一張羅のドレスを着て着飾って、煌びやかな場に立って。
矛盾しまくりやんか…。
でも元オリンピアンにしては珍しい活動を選んだし、志した動機もちょっとユニーク。
ただ、それだけのこと」

「でも今回、評価して頂いただけでなく、私の活動をしっていただいたことがとても嬉しいし、私やほかの受賞者の方の活動にインスパイアされた人がいるかもしれない。
これをきっかけに、海外の紛争や貧困や災害や気候変動について、より多くの人に知ってもらえるきっかけが生まれるかもしれない。
他人のために何かやりたいと思う人が増えるかもしれない」

「そのための土台とネットワークを作っていただいた貴重な賞、機会でした」


アスリートならできること

井本さんに続け、とは簡単にはいえないが、そうした選択もあろう。彼我の違いに思いをはせる機会はアスリートなら少なくない。

ともあれ、そうした井本さんの日々、そしていまもNPO法人「ユアアクション」を基盤に活動を続ける巻さんを支えているのはスポーツで培った体力であり、何かを始めたらやる抜く意志、負けない心である。

アスリートならできること、アスリートにしかできないこと、3年を経た「HEROs」はそうしたことも含めて社会に発信できる組織になった。


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