2018年06月13日(Wed)
海洋の危機に国際的統合機関を
(産経新聞【正論】2018年6月13日掲載)
日本財団会長 笹川陽平 ![]() 海洋環境の悪化が急速に進んでいる。漁業資源の枯渇、海の温暖化、酸性化、プラスチックごみの流入―。どれも人口が急膨張した人類の社会・経済活動が原因である。海はこれ以上の負荷に耐えられず、このままでは早晩、人類の生存が危ぶまれる事態となる。にもかかわらず国際社会の危機感はなお希薄で、肥大化した国際機関も十分に対応できていない。 |
海には毎年1000万〜2000万トンのごみが投棄され、80%をプラスチックごみが占める。世界のプラスチック生産量は2014年時点で3億1100万トン、50年前の20倍を超す。海を漂ううちに紫外線や波の力で5ミリ以下のマイクロプラスチックとなり、食物連鎖を通じて小型魚から大型魚、さらに人間の体内にも取り込まれる。 汚染は地球規模に広がり、EU(欧州連合)は5月、ストローなどプラスチック製品の製造禁止と25年までにプラスチックボトルの90%を回収する方針を加盟各国や欧州議会に提案した。国連も今年1月、代替品の開発などを検討する専門家グループの設置を決め、わが国もプラスチックの大量削減に向けプラスチック資源循環戦略の策定に乗り出した。 ようやく取り組みが始まった形だが、一方で途上国を中心に現在も年間800万トンを超すプラスチックごみが海に流れ込んでおり、持続可能な海を保つために一刻の猶予も許されない状況にある。 漁業資源も然りだ。この半世紀で世界の人口、1人当たりの魚介類消費量とも2倍以上伸び、結果、世界の魚介類消費量は50年前の5倍に膨らんだ。世界人口は60年には100億人に達すると推計され、魚介類の消費量は途上国を中心にさらに増える。 ばらばらで実効性乏しい組織 世界の海洋生物はこの40年間で50%も減少したといわれ、国連食糧農業機関(FAO)によると、わが国の周辺海域を含む北西太平洋海域では既に24%の魚介類が生物学的に持続不可能な状態となっている。資源の減少が高値を呼び、違法操業が増える悪循環も深刻化している。 温暖化に伴う海面上昇も深刻である。太平洋の島嶼国キリバス共和国では水没の危機が叫ばれ、キリバス政府は将来の国民の海外移住を視野に同じ島嶼国のフィジーに広大な農地を購入している。現在のペースで温暖化が続くと今世紀末までに海面が約1メートル上昇するとの研究報告もある。 1994年に発効し、現在、世界168カ国・地域が批准する海の憲法・国連海洋法条約は、海の3分の2を占める公海を「人類の共同財産」としている。しかし、新たに発見された海洋資源をめぐり各国の利害が衝突し、どう管理していくか、有効な知恵は未だに出されていない。 国連には現在、FAOや国際海事機関(IMO)、国連環境計画(UNEP)など海洋に関する9機関があり、それぞれが条約や協定、議定書を管理している。だが採択されても条約や行動規範に強制力や実行の担保はなく違法操業などに効果的な対応を取れていない。 多省庁にまたがり縦割りの弊害が指摘されている日本の海洋政策と同様、各機関が独立・分散している現状にも問題がある。このため筆者は昨年6月、海をテーマに初めて開催された国連海洋会議で海洋問題を国際的に総合管理する政府間パネルの設立を提案し、具体化に向け多くの国の賛同を得た。 1万年先を見据えた保存活動を 海は地球の70%を占める。しかし人類は太古から陸を中心に生活を築いてきたが故に、海に対する関心は低い。海の危機は、17世紀オランダの法学者グロチウスの「自由の海論」そのままに海を野放図に使ってきた結果である。 海底資源の活用が現実化するにつれ激しさを増す領海や排他的経済水域(EEZ)をめぐる紛争を前にすると、国際社会にはなお、海を無限と見る風潮が根強く残っているような気がしてならない。海の再生が二の次になる事態を憂慮する。 スウェーデンの港町マルメにある世界海事大学(WMU)では途上国の海事関係の人材育成に取り組み、日本財団も運営に協力。これまでに140カ国、1200人を超す海洋専門家を育て、今回、新たな付属機関として「笹川海洋研究所」を設立することになった。 5月、その開所式に当たり、昨年秋に死去した伝説的なアメリカン・インディアンの指導者デニス・バンクス氏の「われわれは7代先の子どもたちのために今何をしなければならないかを決めている」との言葉を借り、1000年、1万年先を見据えた海の保存を訴えた。 健全な海を後世に引き継ぐのは人類共通の責務である。国際社会は“母なる海”の厳しい現実を直視する必要がある。その上で海洋の保全に向けた新たな国際的統合機関の設置を各国に強く訴えたい。海に守られてきた海洋国家・日本が、その先頭に立つべきは言うまでもない。 |