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NAOのたまごが孵るまで
★★任意団体NAOのたまごは、2019年3月4日より、特定非営利活動法人となりました★★

特定非営利活動法人「NAOのたまご」の日々の活動の報告やこれからやっていきたいこと、代表理事が感じたこと、考えていること、などを思いの向くまま、不定期にお伝えしていきます。
更新頻度が低くてすみません・・・

HOMEPAGEはこちら ⇒ http://naonotamago.wixsite.com/home
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「あなた」が必要[2019年04月16日(Tue)]
「あなた」が必要です。「あなた」でなくてはダメなんです。

ずっとブログを停止しておりましたあせあせ(飛び散る汗) 本質的にマメではないことと、マルチワーク状態になっているために更新できませんでした。その状態は今後も変わりませんが、少ない更新頻度でもブログの存在を忘れているわけではありません。この先も、時々ですが更新していきますので、お読みいただけると嬉しいです。

まずはお知らせ。任意団体NAOのたまごは、2019年3月4日をもって、特定非営利活動法人NAOのたまごとして活動を行っていくことになりました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、本題です。
「あなた」が必要です。「あなた」でなくてはダメなんです。

人生の中でこう言われることって、そんなに多くありません。少なくとも私の経験上はそんなにありません。
例えば、職場。そこで働いているときは必要とされていると感じていて、転職となると周りの人たちからは惜しまれる。「あなた」がいなくなると困る・・・と。
でも、実際に転職してみると、しばらくすると会社は何事もなかったかのように回っていく。
たいていの場所では、そういうことが日常的に起こります。

その一方で、「あなた」でなくてはダメなことも実際にはあります。
NAOのたまごが2016年からスタートした「きょうだいプログラム」では、そんな「あなた」を切実に必要としています。

きょうだいプログラムとは、
障害や病気のある兄弟姉妹のいる『きょうだい児』が出逢い、語り合える場。

NAOのたまごの活動の一つとしてきょうだいプログラムをスタートした理由は、自分の実体験からです。障害のある弟が産まれたとき、長女に対してちゃんと向き合う時間を取れなかったこと。そのことがずっと私の中にトゲのように刺さり続けているから。
尚くんが亡くなってしまったことで、長女のきょうだい児としての期間は2年3か月だったけれど、その時間にしてあげられなかったことは、もう取り戻すことができない負の遺産として遺っている(と私は思っている)。

親としてもっと何かしてあげたいという気持ちがあっても何もできなかった時間・・・・。
そして身近にいて誰よりもそれを理解して、色々な我慢や背伸びをしているきょうだい児たち・・・・。

私にとってはもう取り戻すことのできない時間を、他の親子、他のきょうだい児たちのためにできる何かはないだろうか・・・・。そのことで、長女との戻らない過去の時間に対して、何かできないだろうか・・・・。

そんな私の想いからスタートしたきょうだいプログラム。
でも、そこには一つ、どうしても決定的に足りないものがありました。

それは、私がきょうだい児ではないこと。
きょうだい児ではない私がきょうだいプログラムをする。
そのことはきっと、私のエゴでしかない。
だから、大学生のきょうだいさんにお願いして、一緒にプログラムを開催してきました。

大学生のきょうだいさんはそれは素晴らしくて、NAOのたまごで開催するきょうだいプログラムの核であり、まさに、「あなた」でなくてはダメという存在です。

そんな大学生のきょうだいさんは、嬉しいことに大学を卒業して社会人として飛び立っていきます。飛び立っていっても、都合がつけば、もちろんきょうだいプログラムに顔を出してくれます。

でも、NAOのたまごはこれからも安定してきょうだいプログラムを続けていきたい。
そして私はどんなに頑張っても、「きょうだい児」になることができない。だから、決定的に足りないものができてしまう・・・。
大学生のきょうだいさんがいなければ、きょうだいプログラムを続けていくことができないのです。

そんなこんなで、新年度の4月になった今、新たに
大学生を中心とする高校生以上の
「きょうだいさん」に出逢いたい
です。
もちろん、大学生を中心とする高校生以上の「きょうだいさん」たちのきょうだいさん同士の繋がりを作る時間として、
「きょうだいカフェ」を開催していきます。

障害のある兄弟姉妹がいることを隠している「きょうだいさん」
障害のある兄弟姉妹がいることを友達などにオープンに話をしている「きょうだいさん」
障害のある兄弟姉妹のことを友達に聞かれて困ったことがある「きょうだいさん」
障害のある兄弟姉妹のことを友達に聞かれても、もう困らなくなった「きょうだいさん」
障害のある兄弟姉妹のためにたくさんの我慢をしていた「きょうだいさん」
障害のある兄弟姉妹がいても、たくさんのことを出来てきた「きょうだいさん」
障害のある兄弟姉妹の影響を受けて仕事の選択肢が変わった「きょうだいさん」

「あなた」が必要です。「あなた」でなくてはダメなんです。

私は、きょうだいです!
一緒にきょうだいプログラムやりますよ〜という秋田市近郊のきょうだいさん、ご連絡お待ちしています。
きょうだいさんに届くように、シェア拡散いただけると助かります。

ご連絡はこちらまで
 メール:naonotamago★gmail.com(★を@に変えて送信してください。)

NAOのたまごについてはこちらから(ホームページ)
 https://naonotamago.wixsite.com/home
【きょうだいプログラムの最新記事】
「障害児産んだら、人生終わった。 そして、新しい人生が始まった。 考えてもみたこともない出逢いがあった。 大変だけど、悪い人生のスタートではなかった…」[2017年12月24日(Sun)]
「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログが
大きな反響を呼びましたね。
そしてこのブログに影響を受けて書かれたと思われる
「障害児産んだら人生終わった」という匿名ブログ
話題になっています。
この匿名ブログについての説明はこちらから・・・


ある障害児のお母さんが、Facebookで
「障害児が産まれた時、
孤独を感じさせない社会に
なればいいな…
漠然とそう感じます…
その為、自分には何が
できるのだろうか」

と呟きました。

それを受けて、私は、
「障害児産んだら、人生終わった。
そして、新しい人生が始まった。
考えてもみたこともない出逢いがあった。
大変だけど、悪い人生のスタートではなかった…」

っていう何かのページ作って、
皆で沢山の体験談を書き込もうか️」
と呟きました。

すると、「いいですね! やりましょう!」と言ってくれる
何人かのお母さんたちがいました。

すぐに新たなページを作ることはできないけれど、
私が書いているブログでなら、簡単にスタートできる。
思ったことは、まずすぐに
やってみる。
それでダメだったことは
修正しながら突っ走る。

それが私の信条です。

そんなわけで、
しばらく記事更新ができていなかったこのブログ、
次は、そんなお母さんたちの声を集める形で
更新していけたらと
思っています。

匿名でも、もちろん本名でも構いません。
「障害児産んだら、
人生終わった。
そして、
新しい人生が始まった。
考えてもみたこともない
出逢いがあった。
大変だけど、
悪い人生のスタート
ではなかった…」

そんなタイトルにふさわしい
あなたの体験を、ぜひ、
私にお知らせください。

そして、全国の皆さんに知って頂きましょう!

あなたの貴重な体験を、ぜひこちらまで!
naonotamago★gmail.com
(★を@に変えてお送りください)
手助けするために・・・「何でも」「いつでも」の無力(第6回)[2017年03月27日(Mon)]
再び連載に戻ります! この連載もようやく第6回になりました。
果たして、皆さんにお役に立つ工夫を伝えられているのかどうか・・・。とても心配なのですが、いかがでしょうか?

今日は、身近に障害のある方や障害のあるお子さんを育てている友人がいるよ!と言う方向けのお話になります。
題して
「何でも」「いつでも」の無力

障害のある子を育てることは、それなりに大変なことが多くあります・・・よね?
そしてそんな姿を見て、近所の方や友人も大変そうだという事を感じ取り、声を掛けてくださることがあります。
「出来ることがあったら、何でも言ってね。」
そして医療関係者からもよく言われる言葉。
「困った事があったらいつでも連絡ください!」
この「何でも」「いつでも」
という言葉、残念なことに、実は無力です!!
(言いすぎだったらごめんなさい)

「何でも」「いつでも」という言葉を掛けられて、一体、どれぐらいの人が実際にお願いしたり、相談したりすることができるのでしょうか?
私がこういう言葉を掛けてくれた方に相談出来たのは、本当に本当に鬼気迫るときだけでした。

でも、逆に気軽に頼んだり、相談した方もいます。それは次のような言葉を掛けてくれた方でした。
「お姉ちゃんのお迎えの時間帯は、ちょうど近くをウロウロしているから迎えにいけますよ」
「夕方以降なら、Skypeでビデオ通話できるよ!  Skype経由でお姉ちゃんの相手するよ!」
「この携帯にいつでも連絡ください。手術中以外は必ず一度出ます。手術中の場合は、履歴があれば都合が良くなった時に折り返しますよ。」

この違い、分かりますか?

何が違うか・・・。「何でも」、「いつでも」と言いながら、その中身を示しハードルを下げているのです。
誰でも、人にお願いすること、世話になることは心苦しいのです。
迷惑はかけたくないという意識があります。

だからこそ、
何でも・・・が何なのか
いつでも・・・がいつなのか

を示して欲しいのです。
このちょっとした手掛かりがあるだけで、格段にお願いしやすくなります。
ちなみに、これを更に進めて、本当にお願い出来ることが何かを明確にすることで、もっとお願いしやすくなります。

例えば・・・こんな感じです。
「毎週〇曜日の夕方なら、買い物お願いされたら買って届けに行けるので〇時までにメールしてね。」
「〇曜日と〇曜日は、上のお子さん〇時〜〇時まで預かれるよ!」
「来月の〇日は仕事休みだから、その日にリハビリ入ったら付き添い手伝うよ!」とか・・・。

何が【買い物、きょうだいの預かり、迎え、病院の付き添いなど】お願いできるのか、
いつが【毎週〇曜日、〇時、〇月〇日など】大丈夫なのか

さらに
どういう手段【メール、ライン、電話】で連絡していいのか
こういったところまで示して頂けると、お願いする側として助かるとともに、その方が心から気遣い、手助けしてくれようとしている気持ちが伝わるのです。

裏を返せば、「何でも」「いつでも」と言われた時にこの辺りを確認すればいいのですけど、なぜか私は出来ませんでした。あまりに多くの方が口をそろえたようにこの言葉を使うので、一般的な決まり文句としてとりあえず言っているような、そんな印象がありまして・・・。
そうじゃなかったかもしれないのに・・・と今は思えるのですけどね。

ちなみにこの言葉がけ、何も障害のある方や障害のある子を育てている方だけに通用する話ではありません。
子育て中の方、高齢者の介護をしている方にももちろん役に立つはず!!
皆さまのお役に立ちますように・・・・。
コウノドリ講演会に参加しました![2017年03月20日(Mon)]
今日は「コウノドリ講演会」に参加してきました。

TBSドラマ制作部プロデューサーの鈴木早苗さん、神奈川県立こども医療センター新生児科部長の豊島勝昭さん、瀬谷区地域子育て拠点にこてらすの五十嵐純子さんの3名が登壇する講演会でした。
お話を聞きながら色々な想いが浮かんでしまい、考えがまとまらない状態で書いております。

まとまらない頭の中で今一番しっくりくる言葉、それは
「置かれた場所で咲きなさい」
という、今は亡き渡辺和子さんの言葉です。
尚くんが産まれた当時、一度、彼女の書籍を読みました。でも、すぐにはとてもそんな心境になれず、尚くんを育てていた2年3カ月の月日の中でようやく、その言葉に込められている意味が実感として身についてきたように思います。

尚くんの生前、尚くんを連れて重症心身障害児の生活についての講演会をしようと思ったことも、尚くんが亡くなった後、やはり予定通り講演会をしよう他界後2カ月で壇上に立ったことも、講演会を期にNAOのたまごをスタートしたことも、乳幼児がいてもNAOのたまごの活動を続けていることも、全てはこの「置かれた場所で咲きなさい」という言葉に繋がっています。

尚くんの子育ての中で感じていた不足する支援や課題について、子ども達が大きくなって自分の手を離れてから行動を開始するのでは「遅い」のです。
、置かれた環境の中で出来る限りのことをやる」
それが私にとってはこの先も尚くんと共に生き続けることに繋がっています。

さて講演会ですが、それぞれの方のお話の中から一つずつ私の心に留まったキーワードを挙げて簡単な報告としたいと思います。

まず、TBSプロデューサー鈴木早苗さん
「ノンフィクションをフィクションを通して伝える」
これがドラマで目指したものだったそうです。この言葉を踏まえつつドラマの一場面を見て、なるほど・・・と思うものがありました。
この先、ぜひとも周産期医療を経て在宅療養生活に入った子どもとその家族についてもドラマ化を考えて欲しいと、図々しくも拙著を手渡してお願いしてみた私です。


次に神奈川県立こども医療センターの豊島勝昭さん
「愛情はあるのではなく生じてくるもの」
この言葉、確かにそうだな・・・と思いました。2人目の出産の時、重い障害を持つ我が子になかなか愛情を感じることが出来ませんでした。長女との違いに戸惑いました。でも、一緒にいたから、大変だったけれどわが子と思うようになれたと思います。
個人的にはもっと早く退院させたかったです。NICU・GCUと子どもと離れて生活していると心が離れてしまいそうで、そうなってしまいそうな自分を責めている日々がちょっと辛かったそんなことを思い出してしまいました。


最後に瀬谷区地域子育て支援拠点にこてらすの五十嵐純子さん
「居場所」
障害のある子も安心していける「居場所」を必要としていること、そうだなぁ・・・と思いました。
NAOのたまごもそんな場所でありたいです。そんな場所を作りたいです。
まだまだ力が足りておらず・・・と思う今日この頃でした。
薬を処方して貰う時(第5回)[2017年03月03日(Fri)]
さて、ぼちぼちスタートした連載も、今回で5回目となります。
第5回は、薬を処方して貰う時についてです。これは、皆さんはどうされていますか?

私の場合は・・・
結論から言うと、
「薬は自宅に届けてもらう。
薬局で待たない」

というようにしていました。
この方法は、秋田へ引っ越してくる前から行っていたもので、秋田でも同様にしていました。

理由はいくつかあります。
1.薬局で待っている間に健常の子よりもさらに
別の病気を貰いやすいこと。
きょうだいも一緒に待っているとさらに病気を貰いやすいこと。

2.尚くんの薬は最終的には9種類ぐらいで
薬の数が多く錠剤を粉砕する必要があるものもあり、ただでさえ時間がかかるのに、さらに
待ち時間が長いこと。

3.診察を終えて、さらに薬局も回って・・・と待っていると
1回分の注入の時間が飛んで
しまい、栄養が足りなく

なってしまうこと。
さらに、私の睡眠時間にもしわ寄せがくること。

4.経管栄養からの注入量を確保するため移動中も車内で注入していました。車の乗せ降しなどの刺激を与えると
嘔吐しやすくなること。
車の中の嘔吐も後処理が大変だったけどもうやだ〜(悲しい顔)
薬局で嘔吐したら大変なことに・・・。
嘔吐しやすい子なんだって・・・分かって貰えないし。

6.尚くんが反って号泣している状態
ずっとダッコして待つことは難しく、その場にいる方の
非難の目線にいたたまれないこと。

7.きょうだいが幼かった(当時2歳)ため、診察、薬局と長時間連れまわすと手に負えない状態になったこと。

まだいくつかの理由を挙げることは出来るのですが、だいたいこんな感じです。
そこで、なるべく最寄りの薬局に、
我が家の事情を説明し、届けてもらう事をお願いしました。全ての薬局が対応してくださるわけではないと思いますが、事情を理解して対応してくださる薬局も必ずあるはずです。

日々少ない睡眠時間の中で、
少しでも負担になる部分を軽減する、そんな工夫はとても大切です。

ただ、こういったサービスを受ける場合に、受ける側も譲歩する・・・と言うか、相手が対応しやすくなるための工夫も必要です。常に要求するだけでは、いい関係は築けないと思います。

わが家の譲歩していた点は、次の通りです。
1.薬の配達は手すきの時間で当日中に拘らないこと。
大抵はその日の業務終了後には届けてくださっていましたが。翌日でも大丈夫なように
余裕のある状態で次の薬を処方
して貰っていました。
2.配達は原則として療育センターから出される発作等の薬や経管栄養注入剤に限ること

あ、ちなみに薬の処方箋は
療育センターから薬局へFAX

をして、そのまま家に帰宅。
薬が届くまでは家を空けないようにして、処方箋原本は薬の受け取りの際に渡していましたよ〜。

さて、ここまで5回にわたって色々と思いつくまま書いてみましたが、果たして役に立っているのか・・・。そもそも読まれているのか?!
少しでもお役に立つ情報をお届けたい・・・と思いつつ、独りよがりの一方的な内容になっていたらすみません。そんな時は、ご意見くださると嬉しいです。
インターネットの利用(第4回)[2017年02月24日(Fri)]
第4回は、インターネットの利用についてです。
これは、言うまでもないことかもしれませんが、念のため。今は、便利になりましたよね。ネット環境が無かったら、私は完全な孤独に陥っていたと思います。

私の利用の方法の主なものは次の通りでした。

1.SNS
(最初はミクシィでしたが、途中からFacebookがメインに)
〇自分の現状を記述⇒数年先をいく障害児のお母さんなどからアドバイスを貰える。もちろん、直接会ってお話しできるのが一番なのですが、何しろ絶対数が少ないし引っ越しもあって、それは望んでも得られないものでした。
〇なかなか得られない情報を得るために拡散⇒SNSユーザーの拡散により世界中から情報収集
〇コミュニケーションツールとして⇒近くに友人なし、電話できない、そんな状況で自分の好きな時間に適宜人とやり取りできる重要なツール

2.情報検索

具体的には、わが子と同じ状況の子の成長過程などを個人のブログで探す
⇒この先どうなるの?という疑問への参考に
実際は障害名が同じでも千差万別なのですが、なかなか情報がないので少しでも情報が欲しいというのは、当たり前です。

3.スカイプ

長女の話し相手として遠隔地の祖父母や引っ越し前の友達と話をする。
きょうだい児のケア、きょうだいの子守り
 ※この間に家事が意外とできる!
 本気でお勧め、お試しあれ〜
私自身の気分転換として。電話よりも何かしながら話が出来て気分転換に。

主に使っていて役立ったのはこんなところでしょうか?
ぜひ活用してみてください。特にスカイプ等の無料テレビ電話、使えますよ!
遠隔地の長女の友人とそのお母さんがずっと長女と遊んでくれていて、どれだけ助かったか分かりません。引っ越ししてすぐ会える距離でなくても、テレビ電話越しに一緒に絵を描いたり、折り紙したり、いろいろできるものです。その間、私はずっと家事や尚くんの介護をしていられました。
乳幼児期の支援窓口(第3回)[2017年02月21日(Tue)]
第1回、第2回とちょっと長めだったので、今日は短めに黄ハート
今日の話題は、乳幼児期の支援窓口について、です。

子どもに障がいがあると、何かを相談する場所として2つの窓口が考えられます。それは、子育てに関する部署福祉に関する部署
そして子供が小さいうちは、子育てに関する部署でしか受けられない支援、両方で受けられる支援、福祉に関する部署でしか受けられない支援など、色々とあって、支援を求めてあっちへこっちへ右往左往・・・なんてことありませんか?

私の場合、「あ、それは福祉課の方へ・・・」と言われて相談して、結局子育てに関する部署へ戻ったなんてこともよくありましたが・・・。私の要領が悪かったのでしょうかね?
それで、普段は子育て+介護に追われる身としては、タイミングを見計らって電話したりするのに、その度に回されるのではちょっと・・・と言う感じになります。

そんな時は、どちらかを窓口として一本化して貰うという、少し図々しいぐらいのお願いをしてみることをお勧めします。同じ役所の中ですし、何度も同じ内容の問い合わせであちらへこちらへと電話するのかなり大変なわけです。
そんな事情を説明すれば、きっと理解してくださる方がいます。いえ、見つけましょう!
自分の担当のような感じで、人を固定して貰えると、毎回ゼロから事情を説明しなくて済むので楽です。役所は異動も多いのですが・・・。そんな場合には、次の担当も決めて貰って、極力省力化できるぐらい、しっかりがっちりつかみましょう。

子育てに関する部署と福祉に関する部署、どちらをメイン窓口にすればいいか・・・ですが、それはお住まいの自治体によって異なると思います。

私の場合は、福祉課をメインにして貰いました。でも、身体障害者手帳や療育手帳がない場合には、一般的に福祉系の支援は得にくいので、まずは子育て支援に関する部署からアクションを起こす方がいいかもしれません。そして、地区の担当の保健師さんとはお友達のように仲良くなりましょう!

とにかく誰か1人に伝えれば、そこから先の細かい問合せ、どの部署が担当なのか・・・などは内部で確認して貰って、そして担当の方から電話をして貰うようにする、あるいは、自宅に来て貰う、出来る限りこんな風にして頂いていました。

これって普通のことだったのか、今となってはよく分かりませんが、ご対応いただきありがとうございます。
どんなことでも、「まずはお願いしてみる」ものかな・・・と。
支援をお願いする、交渉ごとに臨む基本姿勢(第2回)[2017年02月19日(Sun)]
第2回目は、支援をお願いする、交渉ごとに臨む場合の私の基本姿勢についてのお話です。

1.鵜呑みにせず根拠を確認する。
2.方法は1つではない。色々な方向から攻める!
3.実現するまで諦めない
4.自分だけ、わが子だけにしない

はい、この4つですね。以下、詳しくお伝えしますね。

1.鵜呑みにせず根拠を確認する。

障害者手帳を取得して、福祉課の窓口に行って支援を受けようとしたとき、「あ、それはダメですね。年齢制限があるため対象外ですね。」と言われたことありませんか?
この時にどうするかというのが、とても大切なポイントです。
NGなのは、「あ、そうなのですか・・・・」とそこで終わりにすること
「え? それはどの法律のどこに書いてあるのですか? 見せて貰えますか?」と聞くことが正解だと私は思っています。
つまり、何かNOと言われた時は、その法的根拠を必ず確認することが大切です。
なぜか・・・というと色々な支援の制度って大枠は国が決定していても運用の仕方は自治体に任されており、適応される基準が同じではありません。

我が家が実際に経験した例を1つ挙げると家事援助についてがあります(いいのかしら? 書いて・・・。でも、事実なので・・・ま、いいか。)
〇〇市では、家事援助は、対象となる人が18歳以上でないと利用できないと言われました。当時は尚くんが1歳だったので、そんなものは対象外!といわれました。
そこで、疑問に思って他の自治体でどうなのかを友人に聞いてみると、0歳から家事援助が入っていましたよって・・・おい!と言う感じ。

この違い、これがローカルルールっていうやつです。そしてこのローカルルールとは、各自治体が行ってきた今までの運用基準に過ぎません(目的は費用削減??)。
こういう場合になぜですか?と聞くと、今までそうだったからという理由以外の明確な理由がないものがかなりあります。

2.方法は1つではない。色々な方向から攻める!
支援をお願いする、要望をする際、ついつい、いつも同じ部署の同じ担当者に話をしていませんか? 確かにその支援を管轄する部署はそこかもしれません。
でも、子育て・福祉の大きな枠組みの中で考えれば、色々な関連性がある、幾ら行政が縦割りと言ったって、関係ないわけではない、と私は考えていました。
そこで、1つの何か実現したい要望があったら、あらゆる場所でいつもその話をしていました。我が家にやってくる訪問看護やヘルパーさん、療育センターの主治医、看護師、リハビリの先生、担当の保健師・・・・。およそ尚くんに携わっている全ての人にいつもその話。もちろんSNSにも書いてみたりして、完全なワンパターン?!
(私、しつこいんですよ・・・。)
でもね、いつでもどこでもその話をする私がいたら、実現しようとしている本気度が伝わるでしょ? それに、色々な人がそれぞれの立場から解決策を考えてくれる・・・かもしれません。完全な解決策ではなくても、何かアイディアが出てくるかもしれません。解決するための方法は1つではありません。
ちなみに、出来る限り頑張ってそれでもどうしてもクリアできなそうなときには(私の場合、3カ月ぐらい頑張っても全く進展のない時)、必要に応じて、議員さんの力を借りたり、署名活動をしてみたり、声を上げる方法はいくらでもあります。自分達だけの力で頑張るよりも、多方面から働きかける方が物事はスムーズに進みます。

3.実現するまで諦めない
さて、上記1で説明したように、「前例がないから・・・」と言われることがは、よくある話で不思議でも何でもありません。でも、この一言であなたは諦められますか?
以前からそうだからという理由だけで、わが子が、そして支援を必要としている人が支援を受けられなくていいのでしょうか?
支援の必要性を説明して理解して貰うこと、そのために頑張ることは決して我が儘ではありません。要求している間は孤独ですが、あなたが必要だと感じるものを、他の誰かも同じように必要だと感じている、きっとその方が普通です。一人の戦いではないのです。

でも、できれば「戦う」のではなく、理解の上で「味方」になって貰うことが望ましいです。
別に意地悪しようとして「ダメ」だと言っているのではない、と私は感じていました。実際の大変さがまだ十分に伝わっておらず、今までそうだったから、それを超える何か(必要性やら緊迫性やら・・・)をこちら側から提示しないと、認めにくいだけなのです、きっと。

4.自分だけ、わが子だけにしない
これもきっととても大切なこと。ここには諸所の事情により具体的に書くことは出来ませんが、ある時、「〇〇〇〇という条件でなら、今回1回だけ何とか対応できるようにします。その代わり、口外しないでくださいね。」と言われたことがあります。喉から手が出るほど、この条件を飲んでしまいたかったです。それぐらい逼迫していました。でも、先のことを考えると1回だけ何とかして貰っても意味はない。それに舐めて貰っちゃ困ります。わが家だけ取りあえず何とかなれば・・・とは思えませんでした。それに、口外してはいけないだなんて、私にはムリ。
よくよく聞いてみると、今まで同様の対応をしてきたことがあるそうです。今までやむに已まれぬ事情でその約束の元に対応して貰っていた方がいたのでしょうね。でも、だからこそ、それで終わっていた。そこから先の動きがなかった。
わが家は、一方で要望していた途中で一度もそんなことを口にしていないのに、「あなたの家庭だけ特別に対応することは出来ませんから・・・」というような事を言われました。あの〜、誰が、我が家だけ特別に対応してほしいって言いました??と心の中で思いながら怒りをやり過ごしたこともあります。
自分が前例になる、そんな意気込みでぜひ、実現するまで粘って欲しいです。
それは、自分たちのためだけでなく、次の誰かのためにもなるのです。決して自分達だけでも・・・と言う気持ちにならずに、根気よく粘って欲しいです。

では、ここで必要なステップをまとめます。
何らかの要望をした際にNOと言われたら、
@法的根拠を確認する(ローカルルールじゃないのか?)
A他の自治体の状況を調べる。(ローカルルールだった、他の自治体で前例があるなど)
B実現できるまで頑張る。理解して貰うように何度でも説明、多方面の力を借りる。
ぜひ、あなたが、前例になってください!
記録をとること(第1回)[2017年02月16日(Thu)]
Facebookでもお知らせしましたが、これからしばらくの間、尚くんを育てる中で私がしていた具体的なことを書いてみることにしました。

ブログをスタートして以降、何を書こうかとずっと考えていました。
幾ら精神論を綴っても、私の想いを綴っても、それだけでは助けにならない。頑張ってと言う言葉も、頑張ってるねと言う言葉も、気持ちの支えにはなっても具体的な助けにはならない。それを誰よりも実体験してきたのが、私自身です。
だからこそ、少しでも役に立つことを発信していきたい。そう思っています。

考えて出した結論は、役に立つかどうか、工夫と言えるかはともかくとして、私のしていたことを細か〜いことも含めて、なるべく書き出すこと。
もしかしたら、私には当たり前だったことが、誰かの今の生活を助ける工夫になるかもしれない。そんな願いを持ちながら新企画のスタートです。
まぁ、私のしていた事なんて、大したことないよ、当たり前だよ!なんて結果になるかもしれませんが、必要ないレベルの内容の時は、スルーしてくださいませ。悲しいけどもうやだ〜(悲しい顔)

それでは第一回目、今日は、
「記録をとること」についてです。

記録をとる、それはいつでも、どんなことでも、負担のない範囲で色々な形で記録することです。って、なんのこっちゃ?!

これでは分からないと思うので、私のとっていた記録についてお知らせしますね。
この「記録をとる・とり続ける」ということ、私が一番大切だと思っていることなので、第一番目に書いてみます。

1.日々の記録
2.発作の記録
3.病気その他の変異の記録
4.旅行の記録

[1.日々の記録]について
これは文字通り、その日その日の記録です。
とは言っても、ムリして毎日記録する必要はありません。大きく心揺さぶられる出来事があった時などに、それを日記やメモにとるのです。ノートにでも、SNS上の日記(公開・非公開)でも大丈夫。
これを続けていると、皆さまよくご存じ(?)の、私の書籍「あなたは、わが子の死を願ったことがありますか?」のように、別の何かに発展するかもしれません。
大変だったら、全て詳細に記載する必要はありません。心を揺さぶられた事ですから、見出しやキーワードだけでも記録しておくと、すぐに記憶が蘇ります。

ちなみに我が家では、尚くんが産まれた時からずっと出産時に病院でもらった育児日記というノートを付けていました。最初の6カ月が前期、残りの6カ月が後期として2冊に分かれていて、睡眠の時間やうんちやおしっこの回数、ミルクや離乳食の回数と量などを記録するこのノート、通常は1歳で終了します。前期だけで終わりにする方もいるでしょう。
わが家では亡くなるその日までずっと記録をとっていました。嘔吐や発作の回数、毎日の体温なども記録していました。
後から振り返ると、体調を崩す前兆が表れているような、いないような・・・。

[2.発作の記録]について
尚くんには痙攣発作がありました。その様子は成長に伴って変化していき、その様子を口頭で説明するのは大変。そこで、いつもと違うタイプの痙攣発作が出た時は、それを動画で撮影し、次の診察の時に主治医に見せていました。そのためにビデオまで購入した我が家です。

ちなみに、尚くんに痙攣が出始めたのは生後3カ月になる少し前。寝入りばなや寝ている時に、体がピクッ、ピクッとするのです。最初はしゃっくりでもしてるのか・・・と思うようなその姿が痙攣だとは思ってもいませんでした。
ただ、いつもと違うその様子、気になったので動画で記録して医師に診せたのです。すると、痙攣だという事でした。今まで痙攣を見たことがなかったもので、分からなかったのです。

いつもと違う何かを発見したら、ともかく動画で記録する。それを誰かに見てもらう。それが早い発見に繋がることでしょう。
今はスマホなどですぐに撮れますし、便利ですね。

[3.病気その他の変異の記録]について
こちらは、動画ではなくて写真の話。写真を撮ることだって記録の1つです。
どんな記録かと言うと、病気の時のウンチやおしっこの形状や色、嘔吐物の状態、発疹の様子など、何でもとりあえずパシャッと。
ちなみに、そのままおむつや嘔吐物をビニール袋に入れて診察に行くこともありました。嘔吐物に血液が混ざっていたらそれがどんなものなのかなど、実物のがいいかと思って・・・。(やりすぎ??)
発疹などが出ている場合は、一時的なもので診察に行くと消えていたり、あるいは時間の経過で増えたか減ったかなど、客観的にみることが出来ます。

とにかく自分の体の状態を当然、自分で説明することも出来ず、号泣も日常的。そんな状態だから調子が悪くて泣いているのか、いつもの泣いている状態なのかの区別がなかなかつきませんでした。
そんな時、気になったことをパシャッと1枚写真を撮るだけで後から役立つ事があります。
障害児に限らず、乳幼児の場合にも有効な方法かな・・・と。実際、長女の時も次女の時も同じようにしてました。

[4.旅行の記録]について
わが家は、尚くんを連れてよく、日帰り温泉旅行に出かけていました。宿泊はなかなか大変だったのであまりありませんでしたけど・・・。
で、そんな時、いつどこへ行ったかなんて細かく記録するほどに私はマメではありませんが、場所が分かるようなところで必ず写真を一枚パシャ。
私の撮る記録なんてこんなものです。でも、ちゃんと日付の設定をしているデジカメやスマホなどで写真をとれば、それがそのままいつどこへ行ったかの記録になります。
ほら、簡単でしょ?!

こんな感じで、「いつでも、どんなことでも、負担のならない範囲で色々な形で記録する」
ただこれだけの事ですが、色々な場面で色々な形で役立てることが出来ます。
東京都女性活躍推進大賞受賞の海老原宏美さんの手紙(英語版)[2017年02月12日(Sun)]
My friends on Facebook, Ebihara Hiromi is a great activist in Japan.
She wrote a letter to the Governor of Tokyo. This is a letter I felt for the first time that a child with severe physical and mental disorders has not been left behind.

Now I got her permission on posting here. I will share it so that many people will read it.
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To my English speaking friends;
A blog article I wrote last week was shared awfully a lot, over 500, and was commented over 300.
It is about that I handed a letter to Ms. Yuriko Koike, the Governor of Metropolitan Tokyo.
I received the Womans’ Social Participation Award from Tokyo Metropolitan Government the other day, but I wanted to say something about "social participation" to the Governor.
After I handed the letter to her, I opened its content on my FB. Then lots of people gave me their sympathy and approbation, and some medias picked it up.
My friend, Akiko Fukuda translated it into English version for me.
Now, let me share the letter with you all. We need to expand this kind of values all over the world, for ourselves to survive.
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Dear Ms. Yuriko Koike, the Governor of Metropolitan Tokyo,
It is such an honor to receive the Womans’ Social Participation Award.
I have never aware whether I am playing an important role or not in everyday life. Even at the time when I was nominated as one of the award recipients, I could not imagine at all that activities I have done so far were recognized this much. I truly appreciate.
There are people with disabilities such as Paralympians with great performance, artists who create unique art pieces or entrepreneurs who start up own business. But there are many others with much severer disabilities never spotlighted or widely-seen in a society. I believe, as a person with severe and progressive disability, my mission is to establish the value of such people’s existence in this society.
In the world we live, there are many people with severe disabilities including myself. Some cannot sustain their lives without a ventilator or tube-feeding. Some cannot communicate through any language. Some are not even sure if they are fully awake. Many of them are forced to live in institutions or long-term care hospitals because their family members faced difficulties to continue to care on their own, and shortages of human resources who can provide highly-specialized care in their local communities. This situation violates the article in the UN Convention on the Rights of Persons with Disabilities mentioning that “persons with disabilities are not obliged to live in a particular living arrangement.” The government of Japan has ratified this convention.
It is not just about the shortage of human resources.
“Isn’t it too selfish to demand living longer with life support such as a ventilator and tube-feeding?”
“What a waste of our tax if it is spent for keeping the bed-ridden people alive but in vegetative state?”
“I feel pity for them being alive like that.”
Such oppressed view prevailed in a society put us away and away to the darkness in communities.
What is the value of our existence, people with severe disabilities?
I do not think that there is a distinction between worthy person and worthless person, or who is better, or who positions higher. I believe that value is created and applied by people’s mind.
One can be touched by seeing a thousand-year-old ancient Jomon cedar even though it is nothing but just a tree.
Or, on a winter day, one can feel refreshed by seeing Mr. Fuji covered with snow against clear blue sky even though it is just a lump of soils and rocks.
Value is created in the mind of human beings. This ability might be a gift only given to us human. When we realize this fact, it has to be possible for us to accept a person who breathes with a ventilator, eats through feeding tube, or just exists in front of you, as one precious person. We should be able to respect them with dignity and protect them because we are human beings. When we forget this, tragic event like Sagamihara massacre may happen.
There is no distinction between worthy person and worthless person, but between a person who can identify values and a person who cannot.
Again, what is the value of our existence, people with severe disabilities?
Existence of people with severe disabilities in public may provide opportunity to seek the answer to such a question, “what is the meaning of their existence?” People around them will realize their value of their existence. As more people realize it, our community will be more safer and securer place for everyone to “exist.”
Without existence of people with severe disabilities, no one questions “why?” and a society never have a chance to embrace diversity and broaden their insights on values. Isn’t it a value of existence of people with severe disabilities?
Can we say that they are socially active just by being in a community?
I am hoping to create more opportunities for people with severe disabilities to be active in a society, which would be designed for every single citizen can exist without any fear no matter how severe our disabilities are.
During recent years, social trend has become harsher and harsher for us who have severe disabilities to survive. You may recall on-going discussions in the Diet to legalize a Death with Dignity law. It is reported that over 95% of the mothers chose abortion when they found their unborn babies had some sort of impairments in prenatal testing. A member of Education Committee in one of the prefectures stated that “the number of children with disabilities should be minimized.” One member of the Diet commented that “I would rather choose death with dignity in order not to be a burden of social security expense.”
Dear Ms. Governor, I sincerely wish you to put weight on dignity not only in people who are economically productive, or who can inspire others with remarkable achievement but also people who just exist there quietly, and lead future Tokyo to be the city where every citizen is not labeled worthy or not, but is able to participate actively in society regardless of their differences.
May we, people with severe disabilities, be included in your policy “Tokyo citizens First.”
Lastly, I pray for the continuing growth and prosperity of your administration.
Thank you very much for reading my long message till the end.
January 18, 2017
Hiromi Ebihara
Citizen of Tokyo

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